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戦國鬼神伝  作者: 淡路
道ノ巻
44/64

同時刻、安土城《後編》

「武王……太公に問うて……曰く……将は何をもって……威となし……何をもって……明となし……」


家康の部屋から呪文のような言葉が廊下にまで響き渡り、そこを通る人はそそくさと走り去って行く。


お茶出しがてら様子を見に来た忠勝が静かに障子を開けると、家康は文机に突っ伏しながら寝ていた。


「太公曰く……将は……大を……誅するを……もって……」


(家康様が寝言でも愛読書『六韜』を……これはもうだめだ、手に負えない)


忠勝はお茶を置いた後家康に合掌し、音を立てずに静かに部屋を出て障子を閉めた。

突っ伏しているからこそ分からないが、きっと目の下には大きなクマができているのだろう。そう思うと目頭が熱くなってくる。


大広間に出た瞬間、それは吹き飛んだ。


「何の騒ぎだ?」


「忠勝!外、外見てくれ‼︎」


犬千代が袖を引っ張ってくる。放しながら外を見ると、安土山にも城下にも大軍が押し寄せてきていた。


「は⁉︎どうしたんだよ、これ‼︎」


「三左が門番頭やってたら急に……‼︎」


「信長公の結界は⁉︎まさか、若返ったせいで切れたのか⁉︎」


「しかもさっきから門外で石田三成って奴がうるさいんだ‼︎」


忠勝は犬千代が出したその名にぎょっと驚いた。


石田治部少輔三成。太閤豊臣秀吉の側近であり、三成自身も秀吉を心酔している。


「なんでそんな奴が直々にこんな所まで……」


「今光秀と蘭丸が、石田三成が操る土の兵と普通の兵と戦ってる!」


「待て待て、二人と覇術と大軍じゃ多勢に無勢だろ!」



「あと、初姫さまも‼︎」



「……は?」





「このっ……無礼者‼︎」


女はズバズバと握り締めた薙刀で敵を斬っていく。


「初姫殿、ご無理なさいますな!」


蘭丸も負けじと敵を斬り、初を追いかける。


「私はこんな所で死ぬ訳にはいかぬのです!私には……果たすべき使命がまだ」


「あれ?浅井の二の姫じゃねぇの?ここにいるってことは……北政所様もいるんだろ?この城に」


「石田……三成‼︎」


三成は馬に乗って近づいて来た。童顔で成人した男にしては身の丈は低い。

だが、明らかにそこらの兵とは気が違う。さすがは太閤側近の男といった所か。


「太閤殿下がご心配なされている。さあ、大坂に「ふざけるな‼︎」


三成の言葉を初が遮る。初は肩が震えていた。


「太閤は……おね様が跡取りを産めない体だと知ってから、おね様に冷たくあしらった‼︎それを私が許すとでも思ったか!大坂に帰るなど私が許さない‼︎」


沈黙がしばらく起きる。

おねと初は、大坂での生活が苦になり逃げてきたのだ。

豊臣秀吉に何も伝えずに。


「……あっそ。じゃあここで殺してやるよ‼︎俺の覇術『土蜘蛛』で悶え死ね‼︎」


土の兵達が合体していき、大きな蜘蛛を象っていく。それは初を頭上から覆い被さるように襲いかかる。


「くっ……最早、これまで……!」


初は覚悟を決めて目をつぶる。

その時、眩しい光が瞼の裏で輝いた。


「んなっ……どういうことだ⁉︎」


三成の驚いた声と共に目を開けたときには既に蜘蛛は土に戻っていた。


「私の覇術『射光』はこんな使い方もあるんですよ」


そこには、泥一つついていない笑顔の家康がいた。


未だに残っている兵達が雄叫びを上げて迫って来るが、家康は足を上げ、力強く蹴り飛ばした。


「何事ですか、全く」


そして何事もなかったかのようにさらりと言った。


その顔を見た瞬間、三成の顔は嫌悪に歪む。


「そうとは言え、十兵衛殿の覇術が水属性で助かりました」


「え?あ、実はこの覇術使うのは二十年ぶりですがね」




「徳川……っ家康ぅぅぅぅぅ‼︎」


三成は馬から飛び降り、家康に向かって両手に円月輪を構えて襲いかかる。


「俺はてめぇを許さねぇ‼︎ぶっ殺してやる‼︎」


「おや……お久しぶりですね、治部少輔殿」


「てめぇのことは忘れねぇ‼︎てめぇは……太閤殿下を裏切った‼︎」


「おかしいですね、確かに太閤殿の天下統一事業には協力するとは言いましたが、門下に入るとは一言も言った覚えはありません」


家康はそう言いながらひょいと三成の攻撃を笑顔でかわす。


「それにしても貴方は変わりないですねぇ、太閤殿への忠誠心も……その自己中心的な性格も」


「ふっ……ざけんなぁぁぁぁぁぁ‼︎」


とうとう堪忍袋の尾が切れたのか、三成が円月輪を持った両腕を振り上げた。


「待っていたんですよ、……貴方が私の覇術の射程距離に入ってくれることを」


「なっ……‼︎」


「『瞬光』‼︎」






「てめぇ……俺の急所を外しやがったな」


地に倒れる三成が独り言のように呟くのを、立ったまま家康は聞いていた。


「それでも……俺はてめぇを許さねぇ……いつか、天下分け目の戦いで……‼︎」


「天下……分け目」


家康がそう呟いた時にはもう既に豊臣の軍はいなかった。


「家康様!家康様?」


忠勝が何度呼んでも、家康はその場に立ち尽くしたままだった。


安土山には、無惨にも倒された兵と切り倒されたり土が動いたために倒れた木々ばかりだった。


「平八郎……お前は、赤が見えますか?」


ぽつりと家康が妙なことを言った。訳が分からず、忠勝は思わず首を傾げた。


「勿論、目は良いので赤は見えますが?」


「そうですか……」


家康はそう言って瞼を閉じた。

しばらくは風の音しか聞こえなくなる。


次に家康が目を開けた時には、纏っていた気が急に変わったような感じが忠勝にはした。





「平八郎、半蔵を信長様の所へ走らせなさい。天下分け目の戦いはもう既に……始まっていますよ」




半蔵が信長達の元へ着くのは、それから二日もかからぬ内だった。



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