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戦國鬼神伝  作者: 淡路
道ノ巻
43/64

同時刻、安土城《前編》

「いやぁ……静かですねぇ」


安土城跡にある屋敷の中の部屋で、書物を読みながら三河国国主、徳川次郎三郎家康が呟いた。


「平八郎、信長様達が出発されてどれくらいになりますか?」


家康は側に控えていた本多平八郎忠勝に話しかける。


「弥生の月にご出発されたので……そろそろ四ヶ月は経つ頃かと」


「そうですか……もう葉月、秋が近づいてきましたね」


「ええ」


そんなやり取りの中、どたどたと乱暴に廊下を走る音が聞こえた。


「家康殿ー‼︎門!門のとこに!」


犬千代だ。顔を紅潮させて興奮しているみたいだ。走って来たせいで息が荒い。


「どうしたのですか?」


「順序を立てて話せよ!」


「門のとこ‼︎」


全力で走って来たせいで上手くものを言えないらしい。

家康と忠勝は顔をお互い見合い、言われるがままに門の方へ向かった。





そこには既に、森三左衛門可成と蘭丸親子もいた。


「何事ですか?」


「次郎三郎殿、実は……」


座り込んでいた蘭丸の側にいたのは、女性二人だった。旅装束の一人の女性が、顔を隠す為の布を被ったもう一人を抱えるようにして座っている。


「これは……一体?」


「俺が門番変わってやろうと思ったらいきなり、あそこの草むらからがさがさーって‼︎」


犬千代が必死に弁論する。家康は少し考え、女に話しかける。


「もし……大丈夫ですか?立てますか?」


家康の声を聞いて、旅装束の女が顔を上げる。その女は、その場にいた者は顔馴染みのある女だった。


「貴女は……」







「お久しゅうございます、徳川次郎三郎殿。浅井三姉妹が次女、初にございます」


屋敷内の大広間に呼ぶことにし、その女は家康に頭を下げた。女は既に、桃色の小袖に黒い帯に着替えている。


浅井長政とお市の方の間の子、浅井三姉妹の次女の浅井初は、艶やかな黒髪と凛とした涼しい目元が魅力的な女だった。


大広間の上座に座るべき城主は今いない。

そのため、上座は空いたままだ。


「本当にお久しぶりですね、お初殿。母上であるお市の方様にとても似てらっしゃいます」


「……皮肉ですね、次郎三郎殿」


「ああ、いえ……そういう意味で言った訳ではないのです」


「天正の頃……我ら浅井家に何があったのか……それを知らぬ訳ではありませぬな?」


初はその凛とした眼で家康を見る。


「それはともかく、何故こんなところに?」


家康は話を切り替える。家康が狼狽えているのを、大広間にいた忠勝達も珍しく思った。


「お江が、ここにいると噂を聞きまして」


初がもう一度身なりをしゃんとし、真剣な眼差しで家康を見た。


「それが……今、ちょうど外出しておられるのですよ」


「帰ってくるのはいつですか?」


「検討がつきませんねぇ」


「はぁ?あの子はどこに行ってるのですか?」


「今頃北の奥州か我が三河国ぐらいにいるのでは?」


「次郎三郎殿⁉︎ふざけておられるのですか‼︎」


「まさか、私が嘘などつく男だと?」


「明らかに今ついておられるではないですか‼︎」


笑いながら言う家康に耐え切れず、初の方が勢い余って立ち上がる。またいつものように家康の方が有利になり、大広間の者達は何故か安心した。


「今、江姫様は信長様達と日ノ本一周の旅に出ておられるのです」


「何故かような事を!」


「鬼術の事について、探りたいようですよ」


「っ……あの子はまた、好奇心任せに行動するのだから……」


初は頭を抱えて座り込んだ。


「では、質問を変えましょうか。貴女は何故、あの方をお連れしてこの安土に?」


「……それは、」


初がそこまで言いかけた時、大広間に入ってきた人物がいた。

濃姫だ。


「次郎三郎殿、目を覚まされましたわ。この部屋にお呼びなさいますか?」


「そうですか、ありがとうございます。では、お願いします」


濃姫は微笑んで、その場を少し離れた。

また戻ってきた時には、もう一人の女がいた。


身分の高い女には珍しいとも言える、短髪の女だった。


「貴女には、聞かねばならない事が山程ありますね……」


家康は微笑んだ。森親子も忠勝も、その場の全員が呆気を取られていた。


何故なら、その女はここにいることが何故許されているのかと言っていいほどの身分であるからだった。





「お久しぶりですね……北政所殿。いえ……」





「豊臣秀吉が正室、ねねにございます」



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