道中
あの後、俺達は毛利輝元の居城を追い出された。
毛利輝元本人が言うには、「大人数対少人数の戦なんてつまらないし、もう用は済んだだろうから早く帰ってくれ」だそうだ。
つまりは面倒て事じゃねぇか。
まあでも、馬をくれた事はありがたかったけど。
「どういう風の吹きまわしだろうな、長宗我部といい毛利といい」
政宗が馬を走らせながら言う。
馬に乗れない俺はというと、政宗の後ろに乗らせてもらってる。
信長はそろそろ乗馬の練習でもしろとか言うけど……馬って怖いだろ。
「叔父上様、次の目的地を決めないと」
あれ?江って、もうお忍びで旅してる事忘れてるのか?
「次は直江兼続に鬼術の事を吐かせる。だが、直江兼続の居場所が分からん」
「じゃあ、とりあえず越後を目的地にしようぜ。上杉の本拠地だ」
信長も馬を走らせながら言い、政宗もそれに答える。もうお忍びってのは無視なのね。
まあ、既に他の武将達にバレてるしなぁ……
「ていうか、今ここってどこなんだ?」
俺が言うと、皆気づいたように馬を急に止めた。
分かってないまま馬走らせてたの?
でも実は、俺達が安芸国を離れて約2ヶ月は経ってる。と思う。
「そろそろ……若狭か越前に着いてもいい頃だと思うのだけど……」
江が辺りを見渡す。周りは木で囲まれている。
人の気配はさっぱりない。
そんな時、風が吹いて木々がざわめき始める。
そろそろ日が暮れそうだ。太陽が傾き始めてるし。
「……今日も野宿だな」
政宗がポツリと呟く。家康さんにもらったお金は極力使わないようにしてるから、野宿の日がほとんどだ。
「吾妻、木の上まで飛んで様子を教えろ」
信長が肩に乗せていた吾妻を飛び立たせる。
すると吾妻は俺達の上空をぐるりと一周しただけで帰ってきた。
「……何もないという事か」
信長が舌打ちをする。
まず、ここがどこかが分からねぇと……
「……なぁ、政宗。ちょっと……」
「あ?って、おいっ……⁉︎」
俺は政宗の馬から飛び降りて、目の前の木々を掻き分けて行く。
ちらっと目にしたんだけど、この奥になんか……
「樹?何して……」
江も近くの木に馬を停めて歩いてこっちに来る。
俺が木の影から見つけたのは、屋敷の焼け跡だった。
幸い、人は1人もいないようだ。
「火事でもあったのか……?」
「焼かれたんじゃねぇの?この戦乱の世じゃよくあることだぜ、なぁ?信長公」
政宗と信長も馬を降りてこっちに来る。
信長は何も言わずに焼け焦げた屋敷跡をじっと見ている。
「この屋敷……確か……」
信長が何かを言いかけた途端、前よりも強い風が吹き荒れる。
「おい……何かこの風おかしいぜ……」
政宗が辺りを見回しながら言う。
「この風……俺達の周辺しか吹いてねぇ」
え?
言われてみれば、遠くの方はあまり木がざわめいてないような……
そう考えた途端に、強風が俺達を横切る。
何かを切るような、すげぇ音を立てて。
「こんな所で何をしてる?早く帰らないとーーーーー『鬼』が出るよ」
どこからか分からねぇ、よく通る声がした。
その声を聞いて俺達はそれぞれの武器を身構える。
でも、誰もその声の主の姿を目にできてない。
「ちっ……隠れてねぇで出てきやがれ!」
政宗がしびれを切らして怒鳴る。
するとクスクスと笑う声がした。
その笑い声、妙な事に俺のいる場所の近くで聞こえた。
「ここだよ」
ピッと何か小さくて細い物が飛ぶ音がした途端、俺の左頬に鋭い痛みが走った。
何だ⁉︎めっちゃ痛ぇ……⁉︎
おそるおそる頬を触り手に視線をやると、その手には血が少量だけどついていた。
「お前、鈍感なんだな」
振り返るとそこにはいつの間に背後にいたのか、黒髪のウルフカットの美人がいた。透き通るような白人って言っても通りそうな色白の肌に緑色の目。
背は180cm前後ありそうなくらい高いんだけど……
こいつ、男?女?
「……俺の顔に何か付いてるの?」
「え?あ、いや⁉︎」
「貴様、その身なりからして忍だな。飼い主はどこだ」
信長がそいつを睨む。忍はまたふふ、と笑う。ますます性別が分からない……
「あの屋敷跡……躑躅ヶ崎館だろう。貴様の主は武田の敵将か何かか?」
え?武田って……武田信玄?
ってことは、今ここは甲斐国ってことか⁉︎全然越前国でもなんでもねぇじゃん‼︎
信玄達3人は⁉︎
だって、あの3人はそれぞれの故郷を3人で旅して人材とか……
「おい!武田信玄は⁉︎ここに来たんじゃねぇのか⁉︎」
俺は忍に怒鳴る。忍は一瞬だけ驚いたみたいだった。
「信玄公?ここには来てないよ。……へぇ、信玄公も旅してるの?」
あっ……またやっちゃったよ!俺のバカ!
「そりゃあいい事を聞いたよ。
ーーーー……織田信長公」
なっ……なんで信長のこと……!
次の瞬間、俺達4人をどこに潜んでたのか、性別不明の忍の配下らしき忍達ががっしりと背後から捕まえる。
「何をするの⁉︎この無礼者‼︎」
江が忍に向かって怒鳴り散らす。忍の頭領はそれを聞いて江に視線を向ける。
「俺は無駄な殺生は面倒だからしない。主の命は絶対だからね。
織田信長公も浅井の末姫も伊達藤次郎殿も全員生け捕りにしろとの御命だ。
……勿論、君もね。七星樹」
そう言って、次は俺に緑青の瞳をこちらに向ける。
なんで、俺達全員の事知ってるんだ……?
ましてや、俺の名前まで……!




