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戦國鬼神伝  作者: 淡路
壱ノ巻
3/64

青年、現る

それにしても、この市は人が多い。


そのせいで俺は着物着てる奴らにジロジロ見られる。


ていうか、さっき会った三左さんと犬千代も結構目立ってんじゃねぇのか!?


「おら、どけどけ!太閤様の軍がお通りだぜ!」


後ろから怒声と笑い声が聞こえたんで振り返ると、さっき江与さんを追いかけていた奴らと同じ鎧を着た男達が群れて、市にいた老若男女を退けていく。


「なんだ?」


「……大方、猿の足軽軍だろう。追ってきたな」


三左さんがその足軽軍とやらを一睨みすると、三左さんの予想通りそいつらは俺達の方にやってきて、一番偉そうな奴らが馬に乗って近づいてきた。



「これは、織田家『鬼臣団』の方々。御久しゅうございますなぁ」


「誰だ。名を名乗れ」


「これは失礼しました。某、太閤軍足軽隊の長谷部新蔵と申す」


兜で頭が隠れてるが、顔は如何にも悪代官のジジイって感じだ。


そう思ってた俺の横では、犬千代が犬みたいにフーッと足軽軍を威嚇している。


その後ろから、江与さんが馬から降りて三左さんと同じく前に歩み出る。


「探しましたぞ、三の姫君。ささ、早く大坂へ帰りましょうぞ」


「嫌じゃ。わらわは、叔父上様の城に留まると言っておる」


姫?江与さんはどっかの姫なのか?


「そんな無茶を言われますな。あの御方は既に故人。大坂に行けば太閤様も一の姫君もお待ちになられておりますぞ」


「嫌だと言うておろう!何度申せば分かるのじゃ!」


「……そうですか、ならば」


そこで長谷部とかいうオッサンはニヤリと笑い、後ろで控えてた足軽軍は持っていた槍?を構える。


「力ずくでも、お連れしますぞ!」


その声と共に足軽軍は俺達に一斉にかかってくる。


「犬千代!お前は江与の側にいろ!」


「りょーかい!」


それだけ言って三左さんは持っていた槍を振り回し、足軽達をどんどん薙ぎ倒していく。


な、なんか時代劇みたいな場面なんですけど!


お、おお俺もなんかしねぇとやべぇよな!?せめてなんか、身を守るものを―――!


そう思った瞬間、俺はずっと肩に掛けてたバットケースを思い出した。

この中には、幸い愛用バットが入っている。

ファスナーを開け、バットケースの中から金属バットを取り出す。


その時、すぐ後ろから雄叫び(?)が聞こえて、瞬時にバットを出す。恐ろしくて目を瞑りながらだが。


ガキィンッという金属音が聞こえて、おそるおそる目を開くと、これまたラッキーな事に、相手の武器が刀(!?)で、刀身がバットのおかげで折れていた。


「な、何……!?」


おかげで相手はびっくりしてる。その隙に、俺は野球のバッティングフォームを構える。これなら、相手を倒せる(と思う)!


「うおりぁああぁぁあっっ!!」


懺悔の気持ちも含めながら、相手の腹めがけてバットを振る。

バットは相手の足軽の腹にクリティカルヒット。俺が振り切ると相手は吹っ飛んで近くにいた他の足軽さんに体当たり。いつも使ってるバッティングフォームがすんげーチートっぽい気すんのは俺だけか!?

本っっっ当サーセン。


「っ……樹、お前凄いな!それはなんという流派なんだ?」


そんな事言ってる三左さんの方が凄いと思うのは俺だけですか?

っていうか、三左さんの槍、血らしきもんが付いてるんですけど?


「な……なあ、三左さん?それ、本当の血……なのか?」


俺が聞くと、三左さんは不思議そうに、でも真面目に、



「……何を言ってんだ?

―――本物に決まってんだろ?」



おい、待てって。人は殺しちゃダメだろ。確かに、俺もさっきは正当防衛はしたけどさ、殺すのはアウトだろ。三左さん、捕まるぜ?



「樹!」



俺はぼうっとしてたのか、我に返って後ろを振り向いた時は遅かった。


他の誰かが、俺に槍を降り下ろす所だった。


頭が真っ白になりかけた時、



耳をつんざくような銃声がした。



俺の真後ろにいた奴はそこで槍を落とし、左胸から流血しながらドサリと地面に倒れていった。

その血が俺の制服になってる白いワイシャツの中に着てた黒いタンクトップにかかって、俺も膝をおとした。

制服のワイシャツはボタンを開けてたので、そんなにかかっていなかった。



「『儂の』祭をぶち壊してくれるとは、随分と身分が上になりおったな」



凛とした少し甲高くてよく通る、男の声が聞こえた。


そこにいた全ての人間がそちらを向いて、俺も頭が真っ白になりながらも頭を上げて少し遠くの前方を見る。



そこには、黒いマント、黒い鎧、黒い袴で身を包んだ、さっき舞台で踊ってた美人が馬に跨がりながら火縄銃っぽい、長い銃を肩に一丁担いでこちらを赤く染まった瞳で、鋭く睨んでいた。



「お……叔父上様!」


江与さんがその美人に向かって叫ぶ。そうか、この美人は江与さんの親戚な訳ね……どおりで江与さんも美少女な訳だ。


「この市に入るな。次入ったら……貴様らの首はその体に付いていないと思え」


美人はさっき舞台で見た印象とは全く違う、厳格な態度で足軽達と俺達に近づいてくる。


「分かったのならばとっとと去れ。目障りじゃ」


低く言ったあと、足軽達をまた睨むと足軽達は震え上がり、長谷部とかいうオッサンの声と共に市からそそくさと逃げていった。


「殿!」


三左さんがその美人に近づく。


「お江は無事か」


「は。犬千代に任せております故」


「殿様ーっっ!」


そこへ美人に向かって犬千代が元気よく、江与さんと一緒に駆けてくる。


「お、叔父上様……大事ありませぬか」


「うむ。して、彼奴は?」


美人が俺の方を鋭い眼差しで見てくる。


「あ、七星樹と申しまして、我らもこの市で会ったので素性は全く分からず……」


「……そうか」


三左さんには短く返して、馬に乗って俺の方に近づいてくる。俺は、美人に思ってた事をぶちまけてやった。


「……お前ら、なんなんだ?ここはどこだ?なんで人殺しが当然の様にできるんだよ!そんな銃やらぶっぱなしやがって、捕まるぞ!ここはどこだ、教えろ!」


俺はもう精神状態が限界を超えていて、何もかも必死だった。

早く俺は普通の、いつもの日本に帰りたいんだよ!


「お前も儂の敵か」


美人は、美青年は低く呟く。


「はぁ?じゃあ聞くが、お前は、俺の敵なのかよ!さっき俺の後ろの奴をその銃で殺した癖に?なんなんだよ、もう!」


「ま、待て。落ち着け樹」


「これが落ち着けるか!」


焦る三左さんにも敬語も使わずに言う。

それを見ていた周りの野次馬とか美人が連れてた数人の鎧を着た兵とか、犬千代も江与さんも俺を見て焦るのが見えたが、そんなの知らねぇ。


「さっき舞台で踊ってたお前を見てた観客までお前は敵だと思ってんのか?観客はそうじゃないだろ、お前を頼ってんだろ?

さっきの江与さんだって犬千代だって三左さんだって、お前の事慕ってるんだろ?

なのにお前は周りにいる奴全員敵とか言うのかよ、それっておかしいだろが!」


俺の頭は既に真っ白と言うか、怒りに満ちていた。なんかもう服についた返り血とかどうでもいい。


「ならぬ、それ以上は―――!」


江与さんが俺に叫んだ途端、美青年はくく、と小さく笑い、そのあと高笑いをした。


その場にいた奴全員が唖然として、俺も何がなんだか分からなかった。


「貴様、儂に説教とな。面白い奴じゃ」


ニヤリと笑った美青年を見て、俺はもう我慢できなくなった。


「お前、何者なんだよ」


「変な着物を着て、鉄の塊を見たことのない形で振り回す貴様の方こそ何奴じゃ?少なくとも人間ではなかろうて」


かなりバカにされながら返された。なんか傷つくな。ていうか、俺らの事見てたのかよ。


「……人間ですけど?」


「奇妙な男じゃ。儂は、全ての人間を敵と思っているのか、と言ったか」


「ああ」


美青年は俺を見た後ふん、と鼻で笑う。


「儂は今も昔も敵に囲まれておる。全て信じていたらまた、同じ過ちを繰り返す。昔は全て信じていたという訳ではないが、以前の儂は甘かった。人間五十年、普通ならばとうにその年を過ぎておる。

確かに儂は嫌われておるようだが、儂はそれでよい。こちらも願い下げじゃ。またこの身が果てるまで儂は己しか信じない。

だが、儂の為に尽くす者には儂も全力で尽くしてやろう。それが今の儂ができる全ての事だからな」



その言葉は、長かったが俺のバカな頭にもしっかり染み付いた。

それは三左さんも犬千代も江与さんもそこにいた兵とか野次馬も同じだったらしい。


でも俺は、なんか違和感を覚えた。そう、さっきの足軽の頭の長谷部とかいう奴も言ってたが―――


「……なぁ、『普通なら』とか、『またこの身が果てる』とか……その『また』ってどういう意味だ?さっき長谷部とかいう男は、お前の事を『故人』とか言って、死人扱いしてた。

お前は誰なんだよ?」


「……儂や、この地の事が知りたいか」


「ああ」





「儂の事が知りたいのなら、儂の兵となるがよい」





「―――は、ぃ?」


いきなり言われて頭がこんがらがる。

この男、俺の事怒ってんじゃねぇのか?


「お、俺があんたの兵、に……?」


「何じゃ、不満か。なら良い、飢え死ね。ただし、この地で死ぬなよ、骸を片付けるのは面倒じゃ」


そう言い捨てて美人は兵と三左さんを連れて帰ろうとする。

こんな知らねぇ所で飢え死にすんのはごめんだぞ!


「え、ちょ、まッ待ってくれ!

お前らの事教えてくれるんだろ?」


俺が叫ぶと、美人は止まって目をこちらに向ける。

くそ、こうなったらヤケクソだ!



「なってやるよ、兵にでも、なんにでも!」



「言葉を慎まぬか、小僧!」


「よい」


美青年よりも少し年上の、黒い髪の袴姿の男が俺に言ったが、美青年がそれを制する。


美青年は二ッと俺に微笑み、馬の上から言う。



「戦国は貴様が思うておるものよりも厳しきものじゃぞ?」



その言葉に俺も同じように笑い、言い返す。



「お前が誘った癖に!」










どうやら、俺が普通の日本に帰れるのはもう少し先になるらしい。










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