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戦國鬼神伝  作者: 淡路
始ノ巻
28/64

第二の始まり

俺の目に入るのは、ダンと音を立てて勢いよく的に刺さる矢。


「ふむ……確証は得られませんが……」


俺は今朝の事を家康さんに話した。


なんと、家康さんは一人で書庫に籠ってずっといろんな本を読んでいた。

そのせいで家康さんは寝てないのか、目の下にうっすらとクマができてた。


「おそらく、信長様の鬼術の若返る力が最終段階に入ったのでしょう」


「最終って……!じゃあ信長はもうすぐ寿命ってことか⁉︎」


「いえ、鬼術を完成させた者に寿命は無いので心配はいりませんよ。私達の様な『なり損ない』と同じ、ただの若返りです」


そう言って家康さんは微笑んだ。


「それならまぁいいんだけど……」


「……ただ、」


家康さんは俯く。


「ただ?」


「ここまで若返るのに、信長様は遅すぎる」


「どういうことっすか?」


「信長様は既に本能寺の変で亡くなり、自害したため鬼術は既に完成しているはずなんです。鬼術が完成したなら、若返りも止まるはずなんです。藤次郎殿のように異例もいるようですが……信長様は、異例中の異例ですよ」


「ってことは、つまり、」


「信長様は、ここまでの進行が遅過ぎるんです。ただの遅れだといいのですが……」


そう言って家康さんは湯のみに入っているお茶を一気に飲み干そうとした。


したけど、すげぇスピードと威力で俺と家康さんの間を何かが通った。

俺と家康さんが座っていた縁側の、俺達の背後の部屋の襖にそれはものすげぇ音を立ててぶち当たった。


風圧がすげぇ。飛んできたのは一本の矢で、ビーンって音を立てながらまだ振動してる。


それを瞬きしながらきょとんとしながら見てる家康さんと、一本でその威力を発揮した矢に顔を引きつらせて青ざめてる俺に話してくる奴がいた。


「考えている暇があるのなら体を動かせ」


……マジかよ。これ、一人の人間が出せる威力かよ。


この矢は信長が放ったらしい。

俺が知ってる奴より断然若い信長だ。声も少し高くなった気がする。

黒い癖のある髪の毛は前みたいに頭の高い所でしばっている。


「……若返ったばかりなので力が有り余っているみたいですね……」


はは、と笑って家康さんが言う。

まさか、この2ヶ月ちょっと静かだった分を全て発散してやろうとかじゃねぇよな?


「そうだな」


すると、俺の心を見透かしたかのように信長が言う。

その一言に、さすがの家康さんも青ざめる。


「犬千代!」


「はぁーいっ!」


信長が呼ぶと犬千代がどこからかしゅたっと忍者みてぇに身軽に降りてくる。


「十兵衛!」


「お呼びですか」


また信長が呼ぶと、今度は光秀さんが真顔で信長の背後にある椿やらなんやらの低い木々からがさりと音を立てて、葉まみれになって這い出てきた。


本当に何してんのこの人ら。


なんかもう驚きを通り越して怒りが込み上げてくる。


「鷹狩りに行くぞ!」


「御意」


「やったぁーっっ‼︎」


なんだよもうこの人ら。


「……既に故人の方々ですから、やることが無いのでしょう」


家康さんが呆れながらに笑って言った。

仕事見つければいいじゃねぇか!誰だよ、俺に村の手伝いしてこいとか言ったの‼︎


「おい。何をぼさっとしている、お前も来い」


「はぁ⁉︎俺も⁉︎」


以前の信長より成長したことっていうか……

自己中が増しただけ……


俺ががっくり肩を落とした。


「今の信長様は見た目からするとおそらく織田家の家督を継いだ頃ぐらいでしょうね」


「えぇ⁉︎それってうつけ呼ばわりされてた頃ぐらいじゃねぇのか⁉︎」


「そうなりますね」


「家督を継いだ頃って、いつぐらいだ⁉︎」


俺は家康さんに詰め寄った。


「え、ええと……確か、18、9歳頃だったと思いますけど……」


俺とあまり変わらねぇじゃねぇか‼︎


「……まあ、今は長い物には巻かれた方が良案かと……」


なんなの、もう……

とりあえずついていくか……


「ああ、そうだ。私の代わりと言ってはなんですが、一人供を向かわせましょう」


え?





「大漁ーっ!」


犬千代が嬉しそうにウサギを2羽、耳を掴んで両手に1羽ずつ持っている。


「近くの川で魚も取れたし今夜は久し振りに腹一杯食えそうだな、犬千代」


光秀さんが言うと犬千代がうんうんと頷く。


「信長様、辺りも暗くなって参りましたので、そろそろ引き上げましょう」


「……ああ」


馬に乗って帰る支度をする。俺は、今日は光秀さんの馬に乗らせてもらった。

光秀さんが言っても、信長はどこか違う方向をじっと見ている。


「十兵衛、俺の銃」


信長が斜め左上を見ながら光秀さんに手を差し出す。


「早くしろ」


「え、ははっ!」


光秀さんは大きめの風呂敷から信長の愛銃『炎羅』を取り出し、両手で信長に投げる。


それを片手でキャッチして、信長は銃に目に留まらぬ速さで弾を装填し、見つめていた斜め左上に銃を構える。


次の瞬間、ダァンという銃声が俺達がいた森の中に響く。


「え、ちょっ……‼︎」


ドサリと落ちてきたのは黒ずくめの、俺と同じぐらいの男だった。

そいつは、左の二の腕を押さえながら俺達を睨んできた。


「ってぇ……何すんだよ‼︎」


「仕事を怠ると貴様の主がキレるぞ、忍」


し、忍⁉︎


「はぁ?俺がいつ怠ったってん「その目を使って町娘を眺めている事ぐらいお見通しだ、たわけ」


「うぐぉうっ‼︎何故それをっ‼︎」


な、何こいつ⁉︎

忍は顔の頭巾を外した。


前髪ぱっつんの黒髪が、夕日の光で緑に見える。

俺が見るに、どこにでもいそうな男子高校生っぽい。


「主って?」


「狸に決まってんだろ、頭使え!」


口悪っ‼︎


「狸か。竹千代に言っておこう」


「だぁぁぁああっっ‼︎すいません、申し訳ありませんでした信長様っ、信長公‼︎」


忍は精一杯の土下座を見せた。


「名を名乗れ」


そう言われて、忍はキッと佇まいを正しい、片膝をついて頭を垂れた。


「はッ。拙者、伊賀忍の服部半蔵、松平次郎三郎家康公直属の忍部隊長を務めておりまする」


は、服部半蔵⁉︎


「今日は家康様に代わり拙者が信長公の供として用心棒として仕った次第にござりますれば」


「そうか。じゃあ今日の仕事ぶりは俺が直接言っておいてやろう」


そう言って安土城の方向に馬を向ける。


「あっ、ちょ、さっきの事はご内密にお願いしますよ⁉︎」


「どうかな」


半蔵が焦ってるのを知って意地悪く笑う信長。性格悪い奴だな。


「そういや、魔王さん。話は変わるけど」


「「「誰が魔王だ」」」


俺と半蔵以外の3人が声を揃えて言う。なんか妙に揃うな、この3人。


「……どっかの虎に自分から第六天魔王って言ったのは誰だっての」


半蔵がボソリと呟く。

幸い、信長には聞こえていないようだ。


「で?話はなんだ」


信長は馬の手綱を引いて馬を走らせた。光秀さんと俺、犬千代も後に続く。


半蔵は馬の速度に合わせて木々に飛び乗りながら走ってくる。

さすが忍者、馬の速度に合わせるぐらい簡単にできるのか。


「それが、鬼術に関する事なんだけど」


半蔵がその手にピッと紙切れを出して信長に飛ばす。

信長はそれをキャッチして片手で手綱を持って、片手でその紙を開く。


「奴さん、そろそろ動き出すんじゃない?」


半蔵がまた走りながら言ってくる。


「信長様、何と書かれてあるのですか」


光秀と俺が乗ってる馬が信長の馬に追いつく。


「いや、大事ない。おい、忍!燃やせ」


信長は紙を半蔵の方に向ける。


「ったく、噂通り人使い荒いみたいだね」


「何か言ったか」


「あー何でもない、何でもない!」


半蔵は目にも留まらぬ速さでその紙を取り、指を鳴らしただけで火を起こしてその紙を燃やした。


「御三方、悪く思わねぇでくれよ」


「信長様の命ならば仕方がないことだ」


「何だ?何の話だ?ご飯?」


光秀さんはともかく、犬千代は何も聞いてなかったらしい。


あの紙には、なんて書いてあったんだ?


「十兵衛、夕餉の時間に全員集めろ。話がある」


「はっ」


日は既に落ち、暗闇が空の大半を支配していた。




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