試練
弥生。戦国時代だと旧暦で3月だけど、俺が生きてきた現代では4月。
桜の花がそろそろ満開を迎える頃だ。
1ヶ月程前、伊達政宗が安土城に来た日の夜を最後に、信長の姿を俺達は見ていない。
蘭丸と濃姫が飯を運んでるみたいだけど、あまり食べてねぇみたいだし。
「殿、大丈夫かな……」
犬千代がショボンとしてる。ご主人様にお預け食らった犬みてぇだ。
「そういや最近は家康さんの姿も見ねぇな……」
俺が呟くと、信長に貰ったとかいう黒い短筒を大事そうに磨いている江が言う。
「家康殿なら、最近は書庫に籠っているみたいよ」
「な、何のために?忠勝知ってるか?」
「……聞いて、ない……」
家康さんの側近の忠勝もこんな感じである。
どうしたもんかなぁ……
俺が溜め息をついた直後、蘭丸が膳を持って縁側の廊下を歩いてきた。
「蘭丸!」
「あ、樹。それに皆さんお揃いで」
「蘭丸‼︎今から殿の部屋行くのか⁉︎」
犬千代が蘭丸に駆け寄る。蘭丸はその尋常じゃない速さに驚いて顔が引きつってる。
「ま、まあ、そうですが……」
「俺も行く‼︎」
犬千代が目を潤ませて蘭丸にずい、と近づく。
「私も行く‼︎」
江もずい、と近づく。
「わ、わわ分かりました!」
女子(犬千代はどうかな……)2人に詰められて、蘭丸はちょっと退いて言った。
これは、俺も行かねぇとダメなパターンだな!
「「俺も行く!」」
俺と同じ顔をした忠勝とハモった。
「また同時に言った!」
「あんた達、本当は血を分けた兄弟か畜生腹の兄弟なんじゃないの?」
「「ちげーよ‼︎」」
またハモって、俺と忠勝は黙るけど、3人が笑うので恥ずかしくなった。
そんなやり取りもあったけど、信長の部屋に5人で向かった。
後で江に聞いたんだけど、畜生腹ってのは双子の事らしい。
なんでそんな風に言うのかは聞かなかったけど。
*
「信長様、蘭にございます」
場所は変わって、信長の部屋の前。
蘭丸が声をかけたが、返事は帰ってこない。
「おかしいな……いつもなら返事が一言返ってくるのに」
「まだ寝てるとか?」
「いや、それは無いかな。信長様朝早いし」
「ああ、中身は年寄「この無礼者‼︎」
俺の言葉を遮って江が俺に平手打ちしてきた。マジで痛ぇ。そんな怒らなくてもいいだろ。
「信長公、入りますよ」
俺達を差し置いて忠勝が襖を少し開いた。
「っ、うわぁぁぁああっ⁉︎」
忠勝が叫ぶ。
「ど、どうした⁉︎」
「と、殿ぉぉっっ‼︎」
犬千代が泣きそうな顔で襖を躊躇いなく開けるから、俺達は驚いて「あぁぁっ⁉︎」と叫ぶ。
「「「「えっ、えぇぇぇぇぇぇ‼︎⁉︎」」」」
俺達は全員、一斉に叫んだ。
だって、そこにいたのはいつもの銀髪の美青年じゃなかったからだ。
布団にいたのは、黒髪の癖っ毛を鎖骨ぐらいまで伸ばして、赤目に色白に細身。
って、ちょっと待て。赤目に色白に細身って……
「の、信長⁉︎」
その部屋にいたのは、前よりまた若返った信長だった。




