第六天魔王と独眼竜
「伊達藤次郎政宗!家康公の命令で参上仕った!」
なんか前よりも波乱の夕飯になりそうです。
「やっと起きましたか、独眼竜殿」
家康さんはニコニコ笑ってる。凄く嬉しそう。でも、政宗の横に控えている片倉さんは鬼の形相っていうか、もう見るに見れないような顔してる。
「ああ。俺の国は雪国のせいでかなり目覚めが悪かったぜ、狸のオッサン」
ほ、本人に向かって言いやがった‼︎どんな神経してんだよ‼︎
家康さんの横で夕飯食ってる忠勝も鬼の形相っていうか、ガチの般若……!
政宗の方を見ると、余裕な笑みを浮かべている。
その背後の襖の裏が、キラリと瞬いた。
廊下に、誰かいる。
ばちりとその人物と目が合った。
その瞬間、その目は外の暗闇に紛れて無くなり、気配も消えた。
誰だったんだ?
「……それで、やはり貴女は」
家康さんが話を逸らすように、伊達政宗の隣にいた奴に話しかけた。
つい先程まで伊達政宗と名乗っていた女だ。
話を振られて、今日の朝と同じくおさげにピンクの小袖に着替えた女は家康さんに頭を下げた。その右目にはもう眼帯は無い。
女の代わりに、佇まいを正した片倉さんが答えた。
「こちらは田村家の御息女であり政宗様の御正室にあらせられる、愛姫様にございます」
せいしつって何⁉︎
それを小声で隣の蘭丸に問いかけると、小声で答えが返ってきた。
「つまり、愛姫様は伊達政宗殿の奥方様という事だよ」
「おっ……⁉︎」
まさか、まだ二十歳前後に見えるのに⁉︎よくあんな奴と結婚できたな!
俺が驚いている様子を見て、蘭丸は呆れている。
「何を今更。いつも朝餉や夕餉をお作りになっているのは信長様の御正室である濃姫様なんだよ?」
「っ、マジで⁉︎」
俺はつい大声を出してしまった。
ああ、なんか厳粛なムードがぶち壊し……すいません。
「くくっ……何だよお前。空気読めねぇ奴だな。面白れぇ」
一番言われたくない政宗に笑われた。
お前人の事言えねぇだろ。
「まぁ、挨拶し終わったから俺は飯を食わせてもらうぜ」
政宗は自分の席にどかっと座って箸に手をつける。
あ、言い忘れてた。
こいつ、これで飯30杯目。
どんだけ食うんだよ‼︎
「失礼致します」
その時、廊下から襖を開けて長い銀髪の女が入ってきた。
めちゃくちゃ美人!袖のない露出度高めの着物は紫だ。左の二の腕には青紫の蝶のタトゥーらしきものがある。刺青って言う方がいいのか?
「濃姫様」
蘭丸が言った。
この人が信長の奥さん⁉︎
あ、でもちょっと似てる気する……
いや、でもやっぱあの信長に奥さんって、なんか変……
「よく食べる殿方ですわね」
姿とは裏腹におしとやかで凛とした声だ。
「おい」
あれ、なんかこの声……
はっと戸の方を見ると、そこには銀髪の癖っ毛に赤目、色の着流しに上着を羽織っている色白の美青年が戸にもたれて立っていた。
「の、信長!」
「殿!」
すげぇ久し振りに見た。
最後に見た時とあまり変わっていない。
変わったと言えば、少し痩せた気もする。
まだ体調が良くねぇんじゃねぇのか?
「織田信長公。御初に御目にかかりまする、伊達藤次郎政宗にございます」
政宗は箸を置き、家康さんの時とは打って変わって、かなり丁寧に挨拶した。
「挨拶は良い。それより貴様……」
え?久し振りの登場なのに最初から機嫌悪いの?
「何杯食らう気じゃ」
ああ、そっち……?
「あー……悪いな、実は20年間寝てて腹の中空っぽのまま安土に来たんでな」
に、20年⁉︎人間ってそんなに寝れるのか⁉︎
……いや、ちょっと待て。
「お前、まさか」
俺が言うと政宗は俺を見てニッと笑う。
「察しの通り。俺は鬼術で寝てたんだよ」
「ご説明致しますと、20年前元服して間も無く鬼術に手をつけた政宗様は鬼術の力の強大さのあまり昏睡状態に陥りまして、今から10年前まで昏睡状態のままご成長なされていたという訳です」
「お、おい!小十郎!何ベラベラ喋ってやがる!」
政宗はいきなり説明し出した片倉さんを焦って止めようとしたけど、片倉さんは無表情ながらもちょっと清々しそうだ。
20年間の恨みからだろうか……20年前はもっと酷かったんだろうな。
「当時は医者に50年は眠り続けると言われていましたが、ご成長されるにつれ鬼術の力に耐えられる御年までにご成長され、鬼術の力の通り成長が止まり、昏睡状態から目覚められたということでしょう」
「小十郎!覚悟はできてるんだろうな!」
「では、まずは箸を止め茶碗を置かれてはどうですか」
「うぐぅっ‼︎」
まだ食ってんのか!どんだけ大飯食らいなんだよ!
「だからと言って……そういう問題の量ではなかろうが‼︎」
俺が思ってた事と同じ事を怒鳴って、信長がキレた。
「ただでさえ食糧も資金も人材も足りぬというのに……貴様‼︎『炎羅』で撃ち殺してくれるわ‼︎」
信長はどこから出したのか、黒塗りの愛銃を持っていた。
これじゃ、「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」が本当になっちまうだろ‼︎
「おおお‼︎それが信長公の愛銃『炎羅』‼︎すげぇ、俺の『心月』とどっちが強いんだろうなぁ‼︎」
政宗は銃マニアか何かなのか⁉︎政宗も今日の昼に持っていたあの銃を構えた。
「ややややめろって信長、政宗っ……」
「やっと外に出たのか、引きこもり野郎!」
俺の声を遮るように声が被さる。
「これから倍以上の仕事をせねばならぬな」
その声は、信玄と謙信だった。
信玄は信長の背中を叩き、その隙に謙信が信長の『炎羅』の火縄を懐刀で手際良く断ち切る。
「……おい」
それを見て信長がこめかみに青筋を立てる。
信玄も謙信も手際良過ぎ。
「そうだな……この飯の礼と言っちゃあなんだが、伊達軍が織田軍に帰順してやらなくもない」
「政宗様‼︎」
政宗のそんな言葉を聞いた片倉さんは片膝を上げ、大鉈を手にした。
「いいじゃねぇか小十郎。戦国最強騎馬隊を誇る武田軍、義心に燃えるとも言われる上杉軍、忠義に厚いらしい三河武士の徳川軍、天下に最も近い織田軍に俺達伊達軍がつきゃ敵なんざいねぇよ」
「それはごもっともな意見ですが、何故帰順などと……!」
「帰順はよい」
政宗と片倉さんの話を信長が制する。
「儂は兵力、食糧があれば何もいらぬ。今の儂に帰順などしても意味が無いじゃろう。帰順ならそこの狸にでもするがよい」
信長は家康さんを見る。家康さんはにこりと笑顔を見せる。
「俺は自分に必要な事しかしないタチでな。まだそれは必要じゃねぇ」
「ほう。儂への帰順は必要なのか」
「ああ。必要だ」
信長はそこまで言うと口の端を上げて笑った。
「だが、儂にはそんなものは必要ないからな。せいぜい同盟じゃな」
「はっ……いいのか?同盟なんかで」
政宗の言葉に、信長の眉がピクリと動く。
「何?」
「同盟って事ぁ……同じ立場って事だろう?もしかしたら……第六天魔王の首に竜が牙を剥けるかもしれねぇぜ」
そう言って笑った政宗を見て俺は、独眼竜の渾名に嘘は無いと確信した。
挑発しているのだ。政宗は、信長を。
「ふっ、ははは!儂に牙を剥けるか。だが、魔王を倒したとしても……その後何が返ってくるのかは、分からぬぞ?」
その時、全身に鳥肌がぞわりと立つのを感じた。
優しい家康さんも、犬みたいに寄ってくる犬千代も、同年代だから話が合う蘭丸も、いつも何気無く当然のように一緒に生活している、安土城に住む人達が今は違う「何か」に見えた。
「我が鬼臣団の存在、忘れるではないぞ」
信長はいつものように、口の端を上げて笑った。
「……第六天魔王を倒しても、第六天魔王の配下が控えているって事か……」
政宗もニヤリと笑っているが、その頬には一筋の冷や汗が伝っていた。
「今を以って伊達は、織田と同盟を結ぶ!条件は……織田に、物資の調達。それでいいだろ?」
「ふん。これまでにない良い条件じゃ」
やっぱり、今日は波乱の夕飯時だった。
それから数日後に、政宗が書状を送ったおかげで安土に物資が届いた。




