独眼竜
「寒い寒い寒いっ‼︎」
ちくしょー、なんでこんなに寒いんだ。絶対気温マイナスは超えてる。
俺は今日手伝いに行く村の方向に走った。
「どけよ‼︎このクソ女‼︎」
俺の耳にドスの聞いた声がしたんで、顔を上げると、目の前に人だかりができていた。
なんだ?見せ物……な訳ねぇか。
「あぁん⁉︎誰に向かって言ってやがる‼︎俺を誰だと思ってんだ、毛むくじゃら‼︎」
次に、少し低い女の声が聞こえてくる。
喧嘩か?
俺の目的地はそっちの方向にあるので、時間もないし回り道する訳にもいかないから仕方なくその人だかりの方に駆ける。
人だかりで道が塞がれていた。
あーもう!太助さん家ここから結構距離あるのに!しかも太助さん若いくせにかなりの頑固者で短気なんだよ!
「な、なあ!何してんだよ?」
俺は近くにいた子供連れの小柄な女の人に声をかけた。
「喧嘩らしいで。背が低いあたしにゃ見えへんけど、具足付けた娘とゴロツキの喧嘩やさかい、皆見せ物と勘違いしてか集まっとんのや」
「はぁ……」
俺は人混みを掻き分けて前に出た。
そこには、聞いた通りゴロツキのむさ苦しいおっさんが5人と、座り込んで震えてる中年の男とその娘らしき女。
それを庇うかのように仁王立ちするのは、そこいらの女よりは背が高い女。
紫の陣羽織の中は黒い鎧を着ていて、腰には2本の刀が刺してある。
肌は白くて、顔は結構美少女。つり目気味の大きめの瞳は輝いている。でも、それは左目だけで、右目は眼帯をつけている。
黒い髪はしばってるみたいで、兜から尻尾みたいに垂れてる。
その兜には、三日月を象ってるらしい前立。
あれ?なんかこの兜と眼帯の武将、俺知ってるぞ?
名前なんだっけ?
「金を払え!」
眼帯の女が男達に怒鳴る。
「女のくせに、楯突くんじゃねぇ‼︎」
1番でけぇリーダーっぽい男が女に向かって拳を振り上げるけど女は微動だにせず、睨んでいる。
「っ……ぅるぁぁぁああっ‼︎」
俺は我慢できなくなって、男の背中に向かって走って、飛び蹴りした。
男はその衝撃でよろめいて倒れる。
眼帯の女はきょとんとしてる。っていうか、突然俺が登場したから皆ぽかんとしてる。
「おっ、お前らのせいで道が塞がって通れねぇんだよ‼︎お前らこそ、どけっ‼︎」
俺は全速力で走ったのと、ゴロツキの男達が俺を一斉に睨んできたのにちょっとビビったせいで声が少し震えた。
「なんだ坊主。関係ねぇ奴は引っ込んでろ!」
「今なら殺さずに逃がしてやるよ」
男達は俺にそう言ってガハハと笑った。
偽善だと思われて、馬鹿にされているらしい。
ムカつく。
その瞬間、俺の中の何かがぞわりと音を立てた気がした。
「ーーー……ろよ」
「あぁ?聞こえねぇな」
「怖気ついちゃったか?」
ゴロツキはまだ嗤う。
「その薄汚ねぇ口閉じろよ」
俺は全身の血管が沸き立つのを感じた。
状況が分かってねぇらしいゴロツキ達の1人に向かって走るために、俺は地面を思いっ切り踏み込んで、蹴り飛ばすように走った。
その男の顎に向かって拳を固めてアッパーカットをお見舞いしてやった。
バキッという骨が砕ける音に近い音が聞こえて、男は泡を吹いてぶっ倒れた。
そこで我に返る。
こんなに本気で人を素手で殴ったのは初めてで走ったのもあって、さっきより息が切れて肩で息をしている状態だ。
「危ないっ!」
多分、庇われてた娘の悲鳴に近い声がして振り向いたけど遅かった。
ゴロツキの1人が俺に刀を振り上げてる最中だった。
前にもこんな事あった気するけど、今度はダメだろ、この時代で死ぬのはガチで嫌なんだけど……!
「やるじゃないか」
凛とした声が聞こえた。
ゴロツキの背後に、隻眼の女が抜き身の刀を両手に一本ずつ持っていた。
「はぁっ‼︎」
女が声を出して2本の刀で男の背中を斬りつけた。
でも、血は出ていない。
「峰打ちだ」
そう言って隻眼の女はニッと笑いながら刀を鞘に納めた。
「急いでいるのだろう?ここは俺が始末しておいてやろう」
見ると、既に後の2人も隻眼の女にやられたのか倒れていた。
「悪りぃな、ありがとう」
「お前、名前は?」
女の声に引き止められる。
「七星樹だけど?あ、お前の名前は?」
「俺か?俺は……」
隻眼の女は一拍置いて言った。
「伊達藤次郎政宗。覚えておいてくれ」




