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戦國鬼神伝  作者: 淡路
壱ノ巻
2/64

時を越えて

「う……」


意識が朦朧としている。えっと……俺は確か、試合の後、茜と骨董品屋に寄って……それで……


「うわっ!」


「うぉわッ!」


俺が顔が上げると、目の前には炎が……じゃなくて、男がいた。

体は羽織っているもので見えないが、日焼けした肌を持つその顔はなんか、いかにも体育系で、モテそうな男。髪が赤くて、目が琥珀色だ。右目の下と、左頬の側面に傷痕がある。


「坊主、大丈夫か?」


「え?あ、ああ……」


「そうか、ならいいんだ。ここを下って真っ直ぐ行きゃ市がある。そこまでいけばいいだろ」


男はそう言って俺の前方の彼方をを指差した。


「俺は急いでるんで、またな」


そう言って男は俺に手を振ってどこかに行ってしまった。


俺はその間、茫然としていた。

だってここ俺が知ってる景色じゃねぇ。


俺が見たのは、俺が倒れてた草が生い茂った丘の下の、一面の田んぼ。その中に点々と小屋ぐらいの家らしきものがある。


「お、おお俺の知ってる日本じゃねぇ……」


俺は思わず声に出してしまった。もしかして俺は、事故ったせいでおかしな夢でも見てんのか?それとも、ここは天国か!?いや、この状況はどう見たって地獄だろ!



取り敢えず俺は、さっきの炎みたいな男が教えてくれた市とやらに向かう事にした。

市に行けば大丈夫とか行ってたしな。


というか、歩くのが辛い。なんか、嫌な目でジロジロ見られてんだけど……


つーかマジで、ここはどこだ?

俺が住んでる愛知でもこんな景色見たことねぇぞ。


「待ちやがれッ!!」


はッ!?俺!?


呼ばれたと思って、後方からさっきの男とは違う野太い声がしたんで振り返ると、目の前に馬が一頭空中を切って……


う、馬!?なんで!?


「あッ、危ねぇ!!」


馬に踏まれる前に、俺は真っ先に右に転がる。


「す、すまぬ!」


さっきとは違う女の声がした。

馬に乗っていたのは、白髪の癖まじりの長い髪を持った結構な美少女。

薄い水色の襟つきマントを羽織って、灰色の鎧が上半身を包んでいる。下に穿いているのは濃い赤色の袴。


なんで、こんな格好してんだ?コスプレか?


「いたぞ、捕らえろ!」


さっきと同じ野太い声がする。


「すまぬが、私について来てはくれぬか!?」


美少女が焦りながら俺に向かって言う。


「後ろについておるだけで良い!」


そう言って美少女は馬を走らせた。

俺にどこまで走らせるんだ!?


まあ、野球部で鍛え上げたこの俊足見せつけてやるぜ!


結構馬速いな!キツいなこれ!


「待ちやがれ!」


さっきの声がまたしたんで振り返ってみると、なんかさっきより人数増えて、むさ苦しい男達が追ってくる。


「お、おい!お前なんで追われて」


「話は後じゃ!」


じゃあ俺をその馬に乗せてくれませんか!?


さっきの丘からどこまで走っていたのか、いつの間にか人が多い場所に入っていた。


そこで、美少女が乗っている馬も速度を遅め、止まる。


「ようやく観念したか。さあ、一緒に来ていただきますよ」


「無礼者!その方をどなたと心得ての狼藉か!」


その瞬間、また違う声がどっからしたんで、俺は勿論、そのむさ苦しい男達も辺りを見回すが、誰もいない。


「バーカ、上だよ」


そう言われて上を見た瞬間、逆光で眩しかったが、槍を持ったおさげの少女が、男達の上に跳躍していた。


「んなッ」


「うわぁあッ!」


俺達がその少女に目を奪われている隙に、他の男が、また槍を持った黒い長髪の青年に薙ぎ倒されていく。


「この国はあの御方の国だ。次はてめぇらの顔と左胸に風穴が空くぜ!」


「一昨日来やがれ!」


青年と少女が言った後、男達の中で「覚えてろ」とぼそりと聞こえたんで、少女が、


「あぁん!?負け惜しみかッ!」


と怒鳴って、男達を払う。それに青年が静かに制す。


「やめろ、犬千代」


おさげの少女はまだ唸る。本当に犬みてぇだな。


「その方、巻き込んでしまったな、すまなかった」


さっきの白髪の美少女が俺に話しかける。


「あ、いや……俺、元々市に来る予定だったし」


「そうか。ならば良い、ここが市じゃ。付いて来てくれてありがとう」


美少女はそう言ってにっこりと笑顔をこっちに見せる。なんて眩しい笑顔、可愛い!

口調が顔と合ってないのもなんか許せる。


「なんだ?お前。見ねぇ顔だな」


振り返ると、俺の目の前にさっきの長髪の青年がずん、と立っていた。そのせいで俺はギョッと驚く。寿命三分縮んだぞ、コラ!


ていうか、この男の格好めちゃくちゃ派手!

黒い長髪を上でポニーテール?みたいにまとめてしばってるのはまだいいとして、黒い弓道用みてぇな服?を着てて、サラシを巻いてる。

白い毛皮つきの袖無しの赤紫の上着は膝ぐらいまであって、赤い袴は右足の方に長い切れ目が入っていて、黒い脛当てがちらちら見える。

手に持っているのは、青年より少し長い槍。

歌舞伎役者か!

いやでも、彫りの深い顔は結構イケテるぞ!?


「どこから来た?変な着物着やがって」


おいおいおい!お前はどこぞのチンピラだよ!ガン飛ばしてくんな怖いだろ!


「成敗だ!」


さっきの赤毛のおさげ少女が俺の前に立つ。意外と背は高くて、俺の肩より上くらいの、首の真ん中ぐらいはある。

こいつもまぁ、結構ド派手で、彫りの深い美青年と同じように弓道用の服?を着てて、こっちは片方しかねぇから、左胸にサラシを巻いてる。冬は寒くないか?って程ヘソ出しで、こいつも赤い袴かって思ったらスリットが入ったミニスカに改造されてた。そして極めつけの黒タイツ。


「な、なんなんだよお前ら……」


俺は思わず声に出してしまう。

辺りを見ると、こいつらよりはまだ派手ではないが、着物着てるし。そこらへんに建ってる家やら店やら、全部木造じゃねぇか。



俺は一体、どこに来たんだ!?



「……お前、名は?」


青年が俺に話しかける。


「……七星樹だけど」


「樹か。俺の名は森三左衛門可成。三左と呼んでくれ」


そう言って三左さんは俺に向かって微笑む。

あ、もしかしてこの人結構いい人か?


「で、こっちの犬みてぇなのが前田又左衛門利家。通称は犬千代」


三左さんは赤毛の少女を指差す。

見ると、こいつ自分より二倍以上はある槍持ってんじゃねぇか!長ッ!


っていうか、なんか利家って聞いたことあるような気もしないでもないぞ?なんだったっけな……


「犬千代でいいぞ!」


犬千代は二ッと笑顔になる。


「で、こちらが……」


「私の名は江与。以後お見知り置きを、樹殿」


「あ、ああ。よろしく……」


そこまで言った瞬間、少し遠くの方から歓声が上がる。


「な、なんだ?」


俺が言うと、三左さんがニヤリと笑う。


「見に行ってみるか?」






三左さん達についていってみると、そこには大勢の人が集まっていた。

俺は堪らず、その人だかりの中をかき分けていくと、一番前に出た。


そこには簡易的な舞台があって、踊りが始まるところだったらしい。


鼓がぽん、と鳴る。


そこで登場したのは、白い衣を頭に被せて顔を隠している人。衣と同じ白い着物を着て、赤い角帯で留めている。


また鼓が一つ鳴ると、優雅にその布を左手の甲でゆっくりと上げてその顔を見せる。

その瞬間、観客の歓声も一際大きくなる。



時が止まったかと思った。



何故なら、その布の下にあった顔は、めちゃくちゃ美人だったからだ。

白い肌、整った顔のパーツ。切れ長の瞳の色は真紅だ。

被っていた布がはだけて、頭も姿を現す。

白く輝いている髪はウェーブがかかっていて、頭の後ろの高いところで三左さんみてぇにまとめてしばってる。


また鼓が鳴る。


すると美人は、ゆったりと舞い始める。

美人が右手に持っていた扇子をぱん、と開くと紙吹雪が起こる。


舞もめちゃくちゃ上手かった。動作の一つ一つが優雅で見てて飽きない。

いつもは、日本舞踊とかそういうのは全く興味なくてよくわかんねぇけど、この美人がめちゃくちゃ上手いってのは、なんでか分かる。


その時、その美人と俺は目が合ってしまった。ドキリと心臓が高鳴った瞬間、



微笑んだ。



心臓が破裂しそうだった。美人が俺に向かってフッと微笑んだのだ。


そこで演目が変わったのか、音楽が変わる。


美人が初めて口を開き、その姿とは想像がつかなかった声に、俺は初めてこの美人は男だったと気がつく。


って、男かよ!


そう思った瞬間、また鼓が鳴る。




人間五十年下天の内を較ぶれば


夢幻の如く也


一度生を稟け


滅せぬ物の有る可き乎




なんか、聞いたことのある言葉だ。

なんだったっけな。なんか、めちゃくちゃ有名だったような。


そこで歓声がわっ、と上がる。

いつの間にかその美人は舞台から下がっていっていた。


「全く、また悪ふざけを……」


こっちもいつの間にか横にいた三左さんが、呆れたようにはぁ、と溜め息をつく。


「さ、三左さんはあの美人の知り合いなのか?」


「え?ああ、まあな……」


三左さんは俺より背が高いんで、一応さん付けしてるが、あの女子二人をどう呼べば……

犬千代、でいいのか?


「三左さん達は仕事は何をしてんだ?」


見たところ歌舞伎みてぇだけどな。


「ああ、ひ―――いや、江与の護衛だ」


「護衛?」


「あいつは身分上、狙われやすいからな。さっきの兵も他の国の足軽だが、江与を捕らえに来た。全く、あの猿はしつこい」


「猿?江与、さんは猿なんかに狙われてんのか?気の毒だな」


俺がそう言うと三左さんはポカンと唖然としている。

俺なんかマズイ事言った?


「ッ……ははは!確かに、気の毒だな」


なんでいきなり笑われたのか、意味が分からない。


「確かに、気の毒だ。

今からあの御方と対面する事となる、猿の家臣どもは」






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