《番外編》鬼神の新年祭
俺がタイムスリップした戦国時代の、その年の師走。
「今年も終わりですねぇ」
家康さんがお茶を啜りながら呟く。
俺達がいる安土山はそれなりに雪が積もっていて、城下もポツポツと降っているらしい。
そのおかげで犬千代が本物の犬と大騒ぎしてる。本当に犬みたいだ。
忠勝は、その犬千代を捕まえようとしてる。何か悪戯でもされたのかな。
「あー、じゃあ俺はこの戦国時代で年を越すことになるのか……」
「嫌ですか?」
俺が畳の上に大の字に寝転がってそう言うと、家康さんが微笑んだ。
「いや、嫌じゃねぇんだけど……」
現代が気になる。茜は家に帰ったかな。今、あっちはどのくらい時間が経ったんだろうな。
っていうか俺、家康さんとよくいるなぁ。家康さん見た目は二十代前半に見えるけど、本当は今何歳なんだろ。
っていうか、俺が会った武将って全員若くね⁉︎
なんで⁉︎
「おい‼︎」
「うぉわぁっ⁉︎」
俺が思考を巡らせていると、俺達がいた部屋の、廊下に信長がつっ立っていた。
「信長様、どうしたんですか?」
「大広間に集合しろ」
そう言って、信長は体の向きを変えてどすどすと不機嫌そうに歩きながら行ってしまった。
そ、それだけ⁉︎
「は、離さんかぁぁっ!このほくろ‼︎」
「誰がほくろだっ‼︎この泣きぼくろはそんなに大きくないだろ‼︎」
忠勝が犬千代の襟首を掴みながらこっちに歩いてくる。
「家康様、信長公は何と?」
「大広間に集合だそうだよ。信長様御自ら集合をかけるとは……また何か企んでそうだね」
家康さんはふふ、と笑う。
本当、信長って何考えてるか分からねぇな。
*
「殿、城の者を全て集める程です。何事ですか?」
光秀さんが信長に言う。
最近光秀さんの事見なかったけど、忙しいのかな。
「そう逸るでないわ、十兵衛。別に良からぬ事が起きた訳ではない」
信長は余裕な笑みを浮かべる。
「信長様、また何か企んでおられますね?」
家康さんがさっき言っていた言葉を口にして、大広間にいた全員が驚く。
家康さんはニコニコしてる。俺は家康さんに敵はいないと確信した。
信長は鼻で笑うと、家康さんを見た。
「はん。よく分かっておるではないか、家康」
「と、殿!何をなさる気ですか‼︎」
光秀さんが言うと、信長はまた笑う。
「安土で年越しの祭を開く‼︎」
はぁ⁉︎
*
そして、大晦日。
安土城下の人達は快く引き受けてくれて、この1ヶ月のうちに祭の準備ができてしまった。
「す、すげぇ……」
まさか本当に祭を開催するとは。
信長の行動力って、やっぱ尊敬に値する。
「……ていうか、信長ってどんだけ祭好きなんだよ」
俺がこの時代に来た時も祭やってたよな?
「この前は盂蘭盆会でしたからね」
ああ、確かに。
俺が来た時、この時代は夏だった。でも、現代程暑いとは思わなかった。やっぱ昔はコンクリとか無いからかな?
あと、暦が現代とこの時代とではズレてるからかも。
「祭があればこの城下も活気が溢れますし、色々なものが出回って景気も良くなるでしょうしね」
家康さんが団子を食べながら言う。
その手には輪投げ用の輪。
「それっ」
家康さんが輪を投げると、その輪は一番上の段にあった竹製の風車のおもちゃにかかる。
観客はおおっと歓声を上げる。国主が城下町の祭に来てるんだから、そりゃ観客が来るよな。
「わぁっ!三河のお殿様、おおきに!」
「どういたしまして」
まだ小学校低学年ぐらいの、風車を欲しがっていた女の子が笑顔で家康さんにお礼を言う。家康さんも笑顔で答えた。
女の子はまた、友達と一緒に俺達に手を振って走ってどこかに行ってしまった。
「輪投げ、得意なんすか?」
「ええ、まぁ。昔信長様とよく勝負したんです。でもどうしても勝てなくて、毎日のように熱心に練習しましたよ」
あはは、と笑って思い出を語る家康さんの笑顔は照れ臭そうだ。
「あっ!家康様!」
「おや、平八郎。犬千代殿は捕まりましたか?」
真冬だってのに汗だくになった忠勝が俺と家康さんの前に現れた。その手は、がっちりと犬千代の襟首を掴んでいる。
その犬千代の手にはお菓子やらなんやらの食べ物がたくさんあって、犬千代の口周りにも少し食べかすが残っている。
「放せ、この泣きぼくろぉぉ‼︎」
「だからその呼び方やめろ!」
2人のその様子に、俺も家康さんも笑ってしまった。
「そうしていると、兄妹みたいですねぇ」
「確かに!」
すると、忠勝の顔がカッと赤くなる。
「なっ、なな、何言ってんだ樹!家康様まで‼︎」
忠勝は怒って、慌てふためく。
「そ、それはそうと家康様、樹!もう少ししたら舞台の方で何か始まるようですよ⁉︎」
「俺も見に行く!」
犬千代が元気よく言うと、忠勝がギロリと睨む。
「お前は、こっちに来い!いいか、勝手に店から何か持って来るなよ⁉︎」
「ぎゃぁぁあッ‼︎放せ、このやろーッ‼︎」
犬千代は忠勝にズルズルと引きずられて行った。
「はは……」
「あれじゃ、兄じゃなくて母親っすね……」
「本当……」
「うぉらぁ‼︎」
突然、家康さんの声に被さるようにして怒声が聞こえてきた。
この声は……
「ふん。流石は織田鉄砲隊に滅ぼされた一族の男。射撃は苦手か」
「て、てめぇ……喧嘩売ってんのか⁉︎この女顔!男なら男らしく振る舞えや‼︎」
上杉謙信と武田信玄が、大人気なく射撃で喧嘩おっぱじめてる。謙信は、今日は男姿だ。
あの2人、なんであんな頑固で負けず嫌いなんだろうか……
「似た者同士って事ですかね」
家康さんが呟く。
「だが、私はお前よりも女子に人気があるようだがな。聞け、耳障りな歓声が聞こえるだろう」
「知るか!確かにお前は美形だ。それは認める。だがお前のその本性を女共が聞いたらさぞかし悲しむだろうなぁ!」
「ふむ。それを眺めるのも悪くないな」
「てめっ、そんな悪趣味してるから生涯不犯なんだよこの童貞‼︎」
「……なんだと?貴様とて恋に良い思い出など無いと思ったがな」
「あぁん⁉︎」
「いいのか?貴様が愛しい恋人に送った文の内容を音読して「上等だてめぇッ‼︎今日こそ決着つけようじゃねぇかくそったれ‼︎」
「捻り潰す」
2人は射撃用の火縄銃をお互いに向ける。
「えぇー……ちょっと、お侍様方、ええ加減に……」
「「黙ってろジジイ‼︎」」
あー射撃のじいさんがしょんぼりしちゃったよ、大人気ない‼︎
「「いざ、尋常に勝負‼︎」」
がちりと火縄銃をセットして、川中島コンビ(これからこうやって呼ぼう)は銃を構える。
その瞬間、音も無く2人の銃が真っ二つに割れて、小さな音を立てて爆発した。
「逸る 駄目」
そこには、くないを持った千代女とわなわなと震える兼続さんがいた。
「大殿ぉぉぉぉっっ‼︎某も加勢致しまする!この直江兼続、地獄の果てまでお供致しますぶるぅぅぅうっっ‼︎」
その兼続さんの顔にいつものように謙信の鉄拳……いや、今日は回し蹴りが入った。
「黙れ。折角の祭に、暑苦しい」
「申し訳ありまぜぬ……」
そのやり取りを見た千代女がぼそりと、
「やっぱ 浮かれてる」
と言った。その言葉に信玄が笑う。
「そりゃ、祭だからな‼︎皆浮かれるに決まってんだろ‼︎なぁ、謙信」
信玄が言っている間に、謙信は兼続さんと去って行こうとしていた。
「行くぞ、与六。酒が欲しい」
「は、はい、大殿!」
「聞けよ‼︎」
謙信もやっぱ浮かれてるみたいだな。
「置いてけぼりでしたねぇ、私達」
「本当っすね」
俺達は痴話喧嘩しか見ていなかった。
「さ、そろそろ舞台の見せ物が始まるみたいですし、行きましょうか」
うわぁ、信玄の事を全く気にせずあっさりスルー。この清々しさは逆に裏があると疑うぐらいだ。
まあ、昔敵同士だったからかな。
「舞台ってどっちだ?」
「こっちですよ。安土城下は広いですから」
家康さんが微笑んだ。
*
ポンと太鼓の音が聞こえる。
「始まっているみたいですね」
舞台では既に舞手が踊ってる。
「また、信長が舞ってるのか?」
俺が言っても家康さんは舞台を見ながら微笑んでいる。
信長といい家康さんといい、何考えてるか分からねぇよ。
「舞手の顔が見えますよ」
「えっ?」
俺は顔を上げた。
信長?観客が多くて舞台から少し遠いせいであまり顔が見えない。
けど、俺が見る限り信長だ。
「もう少し前に行きますか?」
「え?はぁ……」
家康さんはひょいひょい人を避けて(どっちかっていうと人が避けてる)、俺は苦し紛れに人混みを掻き分けて、さっきよりはまぁ見やすい場所に来れた。
後ろを振り向いてみると、かなり大勢の人達が見に来てた。屋台も放ってるんじゃないかってぐらいだ。
俺が目に入ったのは、来賓席っぽい座敷。あそこに謙信と信玄達が酒を飲みながら見てる。
確かあそこは、俺も紛れて組み立てたんだっけな。
それで、また俺は舞台の方に向き直る。
そこにはまだ、優雅に舞う信長の姿……あれ?
なんか、微妙に違う……?
「江姫様ですよ」
「はぁ⁉︎」
気づかなかった……だって、めちゃくちゃ信長似てたぞ⁉︎
侮れないな、叔父と姪も……
すると、お江が舞台の右側に入る。
終わりか?
その途端、一層歓声が上がる。
また誰か出てきたようだ。
真っ白で模様も何も描かれてない着物。顔は半透明の布のせいで見えねぇけど、白い肌が見える。昼間の太陽に反射して銀髪が輝いている。
俺は息を飲んだ。
布を取ったその顔は、俺達がいたこの場の時間がその一瞬止まったかと思う程美人だったからだ。
白い肌に、真っ赤な瞳と口紅が目立つ。
その後の舞の動作も綺麗で、綺麗すぎて皆歓声どころか溜息をつくぐらいだ。
「だ、誰だ?あんな美人安土にいたか?」
「……貴様の目は節穴か。よく見てみろ、クソジジイ」
「てめぇもジジイだろうがよ!」
「見ろ」
「……ん?あいつ……」
「信長っ……⁉︎」
俺はびっくりした。家康さんは笑ってる。
そうか、家康さんはこの事を知ってて……!
「私も信長様の口から少し聞いただけだったので……女装とは、驚きました」
「殿、美人だな!」
俺達の目の前に犬千代と忠勝がいた。
「当然じゃ」
「う、うわぁッ⁉︎」
舞をやめたのか、信長が俺達を舞台の上から見下ろしていた。
「殿の女姿二回目!」
え?二回目?
「ああ、確かに生前に尾張の津島で女踊りをしたのう」
の、信長って本当に何考えてるんだか……
「おや……日が暮れますね」
家康さんが空を見上げる。
冬はやっぱり日が暮れるのが早いな。
「年をこれで越すのもありかもしれぬな」
信長が呑気に言うが、そんな事されたら見てるこっちがひとたまりもない。
「「「それは、駄目‼︎」」」
皆が一斉に応えた。
*
日も既に暮れて、多分もう夜11時ぐらいだろう。
そろそろ、年が明ける。
「はぁ……疲れた……」
「お疲れ様です」
俺と家康さんはまた犬千代と忠勝と合流して来賓席の座敷に座らせてもらった。
「そういや、今日は安土山には誰も登ってないみたいっすね」
「確かに……何故でしょうか」
「本当に、戦国時代で年を越すのか……」
「今年もお疲れ様でした」
「え?あー、そんな凄い事してないけど……お疲れ様でした」
「樹!そろそろ年が明けるぞ!」
犬千代が元気よく言う。
除夜の鐘はもう何回も鳴って、今何回目か分からない。
「次が最後の一回か?」
忠勝が言う。え?もう?早くね⁉︎
ごーん、と重たい音が響く。
年が明けた。
「明けましておめでとうございます、平八郎、犬千代殿、樹殿」
「おめでとうございますっ!」
家康さんが一礼した後、犬千代がにぱーと笑って言った。
「「おめでとうございます!」」
俺と忠勝は、ハモった。
その様子に家康さんと犬千代が笑って、笑うなよって言ったら、それもハモってしまった。
「こんな平和な元日はいつぶりで……」
家康さんは言いかけたのに止めて、安土山の方を見て驚いてる。
「家康様?」
「どうしーーー……うぉわぁあっ‼︎」
俺は思わず大きな歓声を上げた。
安土山がライトアップされてる。
見ると、市場も提灯が凄い数が並んでて、まるで現代のイルミネーションだ。
「きれー‼︎」
「安土山に誰もいない理由は、これだったんですね」
「まあな」
後方からの信長の声。振り向くと、またド派手な着物に身を包んで自分が神輿に乗ってる。そんなのアリかよ⁉︎
「着付け、疲れた……」
蘭丸がげんなりしてる。この祭のために前から走らされてたしな、お疲れ。
「おい!てめぇらだけ座ってんじゃねぇよ‼︎手伝え‼︎」
なっ……神輿を担いでるの、信玄と三左さんと光秀と、謙信⁉︎大丈夫か⁉︎
「神輿一つ担ぐなど容易だ」
真顔なので平気みたいだ。ていうか、光秀の方が酷そうだな。
「俺もやるぅぅっ‼︎」
犬千代が神輿の方に駆け寄る。
神輿のまわりには大勢人がいた。
「おい、早う降りて来ぬか」
「お、俺達も⁉︎」
「当たり前じゃ」
「……じゃあ、私達も行きますか‼︎」
家康さんがやる気を出して神輿の方に駆け寄る。大丈夫なのか?
「……俺達も行く?」
忠勝が俺に話しかける。
ええい、もうヤケクソだっこの野郎‼︎
「神輿でもなんでも担いでやるよ‼︎」
俺の声を聞いた血気盛んな人達が歓声を上げる。
「それでこそ儂の兵じゃ」
信長が不敵に笑う。
とりあえず、楽しい年越しができたのでよかったとする‼︎
今年もよろしく、戦国時代‼︎
*
同時刻、大坂城。
「年が明けましたぞ、太閤殿」
『ダメだよ幸村様』
『今は太閤様に話しかけちゃダメだよ』
「何故でござるか?年が明けたのは目出度い事」
「……見ろ、真田殿」
「うぉっ!そこにいたでござるか、森殿!蝋燭の火を顎の下で灯らせるのは止めてくだされ!」
「……太閤殿下を見てみろ」
「いやでも、暗くてお顔は見えませぬぞ」
「……っ、ふっ……」
「太閤殿?」
「ーーー……もう許さぬ、絶対に許さぬぞ信長様……」
太閤殿下の声は、微かに震えていたそうな。
この小説にて、新年のご挨拶とさせていただきます。
今年も宜しくお願い致します。




