好敵手
「なっ……なんでだよ‼︎信玄について行けば……‼︎」
ついて行った方が、幸せなんじゃねぇのかよ!
幸村は頭を振って水を落として、キッと俺を見た。
「例え鬼術を習得していようが、今だ生きている者には人生というものがあり申す」
その目は揺るぎない光を宿していたことが暗闇でも分かる。
「……ちょっと待て。お前も、鬼術を⁉︎」
「あの男と対峙するには、人並みの武力では勝てませぬ」
あの男?
「あの男って……?」
「豊臣家を敵に回したあの男、松平次郎三郎家康でござる」
な……
家康さんが?
「あの男は、かつての同盟に囚われたまま織田信長公の背後に付き、豊臣家を裏切った……そして、挙句の果てには鬼術を封印せんと太閤殿を潰そうとしておられる!」
なんだって?
家康さんが、そんな事……
家康さんがそんな事考えてたなんて、一言も聞いてねぇ。
家康さんにも、忠勝にも、犬千代にも、信長にも‼︎
信長は、鬼術で鬼になってまで生き返って、一体何がしたいんだ?
安土にいた皆、俺に何も……
「……大坂からの文に、安土に妙な男が現れたと書かれてあり申した」
俺ははっと、顔を上げる。
俺の事だ。
「そなたの様な男は、能力が未知数でござる……今一度、拙者とお相手して頂きたく申し候!」
幸村が、槍を構える。
無理だろ、普通に考えて。あっちは真剣、こっちは竹とバット。
負けるに決まってーーー……
ダメだろ。
まだ、何もやってないくせに諦めるなよ。
「……ああ‼︎」
何もできねぇじゃ、かっこ悪いだろ‼︎
俺はバットを右手に、鞘に収まった竹光を左手に構えて十字を作った。
家康さんに教えてもらった構えだ。
「いざ、尋常に手合わせ‼︎」
「うらぁあっ‼︎」
俺達は同じタイミングで地面を蹴った。
俺のバットと幸村の槍が重なって大きな音を立てる。
「あぁぁぁああっ‼︎」
俺が必死に両手で持った武器で幸村に食いかかる。でも、全て受け止められる。
「このっ‼︎」
幸村の槍の鉾先が、俺の肩を掠める。幸い、制服が少し破けただけだが、本物の槍に足が竦む。
くそっ‼︎なんで、俺はこんなビビりなんだよ‼︎
「お覚悟召されい‼︎」
幸村は槍を振り下ろす。でも、俺だって諦めちゃいない。
幸村の槍をバットで受け止める。その隙に左手に持っていた竹光で幸村の腹に突く。かなり手応えあった。
「がはっ……」
「「おぉぉぉおおおああっっ‼︎」」
また、俺達の武器が当たる。
「七星殿‼︎そなたは、」
「⁉︎」
幸村の声に、俺は一瞬止まる。
「そなたは何故、戦場にて戦うのでござるか‼︎」
「‼︎」
そんな事、考えたこともなかった。
安土にいる信長達にも、信玄や謙信、兼続さんにも戦う理由ってものがあるんだろうか。
「戦う理由なんて……‼︎」
「拙者は、己と、上田の民の為に」
「!」
幸村の攻撃が止まる。その瞳にはやはり曇りが無い。
「先程も申したように、拙者は戦場にて生き戦場にて死ぬのが本望。拙者は、己の為にただ戦場を奔走する事、己自身が戦う理由でござる‼︎」
言い終わった時、さっきまでとは比にならない程の力で押され、俺は地面に倒れる。
「ただ己を弱き者と捉えるだけで理由も無く戦場に行けば、待っているのは死のみ!」
「!」
「拙者は上田の民を守る為に、例え人として生きる事ができなくなろうとも戦う意志があり申す」
「それは……」
「はい、そこまで」
俺が言いかけた時、廊下から声がして振り返った。
信玄が立っていた。
「御館様……‼︎」
「上田の若殿御自ら説教か?」
「えっ、あ、その、これは……」
幸村が慌てふためくのを見て笑いながら信玄が言う。
「お前も豊臣側だったか。まぁ、無理もねぇ」
「……拙者は、」
「いいんだよ。一度きりの人生だ、誰にも縛られたくねぇのは皆同じだろ?だから俺はお前の人生も縛らねぇ。だが」
信玄はにっと笑って、幸村を見た。
「来るもの拒まず、だからな」
「っ、御館様……」
幸村は、そのまま黙ってしまった。
俺は、俺の戦う理由がどうしても分からなくて、部屋に戻っても考えていた。
*
「んじゃ、世話になったな」
「また、いつでも来てくだされ御館様!」
俺達は安土に向かうために、朝一で本丸を出た。
「……ゆ、幸村!」
気まずかったけど俺は思い切って幸村の名前を口にした。
「その……昨日ずっと考えてたけど、結局分からなかったんだ。……戦う理由が」
「……いつでも、待っているでござる。その答えが出る時を。その時はまた……」
「?」
「その時はまた、お手合わせ願う!」
真剣な顔して幸村が言った。
そっか。昨日は信玄が止めに来て、中断したんだよな。
「ああ!もちろんだ!」
次会う時は必ず、勝ってみせる!
俺達は、上田城を離れた。
信玄がぽつりとこんな事を言った。
「厄介な奴を敵に回したなぁ」
「は?」
「あれは見た目通りの暑苦しさですな」
兼続さんも苦笑いでそんな事を言う。
「厄介な暑苦しい男は、こっちにもいたみたいだがな」
謙信が言った途端、信玄も兼続さんも俺の方を見る。
「坊主、いい好敵手に会ったな」
「はぁ?なんなんだよ、お前ら……」
でも、幸村と戦う事になる時が少しでも遠い事を俺は願った。
安土まで、あと少し。




