赤備えの武士
「先程は、難儀かたじけなかった」
そう言った真田雪村は深々と頭を下げるが、その時も信玄の隣を外さない。
「改めて拙者、真田源次郎雪村と申す。この上田城の城主、真田昌幸は御父上でござる」
俺達は上田城の客間に入ることができた。
一段上がった上座には、誰も座っていない。
「デカくなったな、弁丸……」
信玄が隣に正座している真田雪村を見て苦笑いする。
確かに、見た目は俺とタメか一個年上ぐらいに見えるけど、俺より背は高そうだ。
俺も現代じゃ中の上はあるんだけどなぁ……
「はい!御館様に教えて頂いた事、今でも鍛錬に使わせて頂いておりまする‼︎」
あ、暑苦しい……
「なぁ、弁丸。俺達を一晩だけ匿ってくれないか?明日になったら尾張を超えて近江の安土に帰らなければなんねぇ」
「一晩と言わずとも、いつでも匿いまする!御館様の為なれば‼︎」
真田幸村はがっしりと信玄の手を掴んだ。
赤い奴2人が揃うと本当、こっちも暑くなる。
「あれは、この戦国の世に稀に見るお人好しと見た」
謙信が呆れながらに呟いた。
「でも、最近は家臣の兵が増えてきて部屋が足りないので、四人一部屋でお許しくだされ」
*
夜。
「一人部屋に野郎四人たぁね……」
信玄が布団に寝っ転がりながら言う。
「大殿、お隣に布団敷いてもよろぼっふぁ‼︎」
「貴様は廊下で寝ろ」
また謙信と兼続さんがコントを始める。あんなぶん殴られてよく平気だな……
「ん?坊主、こんな夜分遅くにどこ行くんだ?」
俺はバットを持って襖を開けようとした時、信玄に呼び止められた。
「……素振りを、しに……」
あはは、と苦笑いして俺はまた襖を開ける。
そしたら、次は謙信に呼び止められた。
「七星樹」
「!」
初めて名前を呼ばれた。
「天は人に二物を与えぬ。だが、天は努力した者を見放したりはせぬぞ」
俺が、戦えなかった事を悔やんで自主練していたのを知っていたらしい。
「ーーー……おう」
「お前に、毘沙門天の御加護があらん事を」
「……ありがとな、謙信!」
俺は謙信にお礼を言って部屋の襖を閉めた。
そして、縁側に置いてある愛用のアップシューズを履く。
高2になってから新調したアップシューズだ。現代はまだ4月だったからまだ新しかったけど、最近ずっと歩きっぱなしだったから少し煤けてきた。
見上げると、俺の頭上には満月が輝いている他に、物凄い量の星が輝いている。
「ーーー……うっし!」
俺は縁側から立って、どこか練習できる所を探した。
どこからか、何か音がした。
少し遠い所で、人影が見える。でも、暗くてよく見えない。
「っ、せいっ……!やぁぁああっ‼︎」
真田幸村の声だ。
「うぉりゃぁぁぁあっっ‼︎」
真田幸村が思いっきり地面を蹴って、人型に立てた枯れた稲を槍で斬ろうとした時、その辺にあった石にでもつまづいたのか、よろめいて、側にあった池に落ちた。
「ふぐぉっ、うぉわぁぁあっ⁉︎」
どばん、という音と共に水飛沫があがる。
「だ、大丈夫か⁉︎」
俺が駆け寄ると、真田幸村が目を見開いて俺を見てきた。
「かたじけない。暗闇であった故、小石と池が見えず……油断していたでござる」
照れ臭そうに笑って、真田幸村は俺に頭をぺこりと下げた。
「して、七星殿は何故この様な時間に?」
「あー……その、俺も強くなりたいなーって思って……」
「七星殿は二刀流でござるか?」
「ああ、これ?こればバットで、こっちは竹光なんだ」
「真剣は持ち合わせておらぬということでござるか!」
「いや、俺には刃物は持てなくて……」
「……いいでござるな」
「?」
俺は真田幸村の方を向いた。真田幸村は、夜空を見上げていた。
「拙者は戦場で生きてきた身であるから、この刃を下ろした事はありませぬ。それに、下ろそうとも思いませぬ。拙者は戦場で生き、戦場で死ぬ事を望んでいるから」
「あの、真田幸村さんは、」
「幸村で結構でござる」
幸村はにこ、と笑う。その笑顔に曇りは無い。
「今は、誰にもついていないんだろ?」
「……昼間、同じ事を御館様に聞かれ申した」
「その、俺達と一緒に安土に来てくれ!今、こっちは人手不足で」
「残念ながら、それは無理でござる」
俺の言葉を全部聞かずに、幸村は答える。
「な、なんで?信玄はお前ならって、信用してーーー……」
「確かに、拙者は御館様の御命とあらば何処にでも飛んで行けまする。しかし、我らはまだすべき事があり申す」
「なーーー……」
「我が主君は只今、武田にあらず」
幸村の口から、とんでもねぇ言葉が出てきた。
「武田は既に織田信長公に滅ぼされた一族。今現在、我が主君はーーー……」
ここから先は聞いちゃいけない気がしてならなかった。
なんでだ、昼間は、あんなーーー……
「我が主君は、太閤・豊臣秀吉公のみ」
また、豊臣秀吉の名前が出た。




