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本日のお宿

「ここがこの世界の中心となっている、街のような場所です」


 そういってヒカリが指差した先には、確かに街と言える風景が広がっていた。

場所的には学校の校庭であり、その広さは10キロはありそうだった。

現在俺たちは学校の中庭というか玄関から出た場所におり、街のような校庭からは階段でつながった上に位置する。


「こりゃすごいな。この世界には街はここしかないのか……?」


「はい、ラン様。この世界では、この領域がすべてです。校庭と中庭、校舎を含めた空間を、ドーム状の壁が包んでいるのです……」


「なぁるほどね……。でもさ、そのわりには空とかが見えてるのはなぜだい?」


「あれはこの世界をつくった神が映し出しているものです。ちゃんと夜になれば暗くなって、星が見れますよ?」


「へぇ……そうなのか。興味深いな……」


「とりあえずはまず……宿をとりましょう、ラン様。それとも、換金が先でしょうか?」


「そうだなぁ……どうしようか? この世界の宿の相場ってわかるか? 手持ちの金で足りるなら、腹も減ったから宿に行きたいかな……」


「この世界の相場は、一泊あたり10000円ほどになっています。朝と夜の二回食事付きで、頼めば昼ごはんとしてお弁当をだしてくれますね」


「一万か……なら大丈夫だな。宿へ行こう」


「わかりました。ついてきてください……」


 俺の提案を聞いたヒカリは、階段を下りていく。

俺はそのあとに続き、宿を目指した。


・・・

・・


「ここが一番値段もサービスも良いそうです」


 そういってヒカリに連れられてきた場所には、日夜(にちや)の宿と書いてある看板が立てかけてある、民宿のような場所だった。

ほのかに温泉のにおいがしており、温泉街などにある宿がイメージとしては一番近いだろう。


「まさしく宿屋って感じだな。ここは一泊いくらなんだ?」


「一泊の値段は、部屋の広さによって異なるそうで、8000円から15000円まであるそうです。でてくる料理や内装に違いはございますが、かわらないサービスが評判だと書いてありました」


「このにおいって、温泉だと思うんだけど……もちろん入れるんだよね?」


「はい、ラン様。室内風呂と露天風呂があり、各部屋にも個室風呂があるそうです。頼めば温泉は貸し切れるとのことなので、後で一緒に入りま…せんか?」


「それは良い考えだな。二人でゆっくりのんびりするとしようか」


「はい、ラン様」


「んじゃ入ろうか? すみませーん? 誰かいませんかー?」


 俺は扉をあけて中に入ると、大きな声で呼びかける。


「はーい、ただいままいりまーす」


 すると、俺の声に応えるように奥から声があり、ドタドタと走る音がする。


「いらっしゃいまし、ようこそ日夜の宿へ。何名様でしょうか?」


 反応があってから十秒もせずに、女将らしき人があらわれた。

立ったまま一礼すると、そのまま床に正座し、もう一度頭を下げる。

いわゆる三つ折りついた状態だ。


「俺とこいつの二人です。とりあえず一泊したいのですが……」


「お二人様でございますね? お部屋の広さはいかがいたしましょう? 一番小さいものでも三人部屋となっているので、お二人様なら余裕がございますが……」


「うーん……その部屋はいくらで泊まれますか?」


 事前に一番小さい部屋は、8000円だとヒカリから聞いていたが、確認のために聞いてみる。


「一番小さい部屋ですと、8000円からになります。お料理が松竹梅から選べまして、松が10000円、竹が9000円、梅はそのままの8000円となっております……」


「たいしてかわらないのか……。ヒカリはどうしたい?」


「わ、私ですか? ……そうですね、どうせだったらおいしい料理が食べたいですね」


「お前もそう思うか? よし、なら松にしよう。……すみませんが、そういうわけなので、一番小さい部屋の松でお願いします」


「かしこまりました。それでは部屋へと案内いたします。どうぞついてきて下さいませ……」


 そういうと、女将らしき人はそのまま立ち上がって歩き始める。


「靴はそのまま、脱がずにおこしください。部屋の中で脱いでいただくかたちになります……」


 俺が日本の宿のように、靴を脱ごうとすると、やんわりと説明された。

少し違和感があるが、郷に入りては郷に従えだ。

俺は靴を脱がずに後に続いた。


・・・

・・


「こちらのお部屋になります……」


 案内されたのは二階の端の方の部屋で、床が畳だった。

中央に木の机が置いてあり、座布団が並ぶ。

机の上には、お菓子などが置かれており、昔家族で行った旅館が思い起こされた。


「夕食の時刻は18時となっております。時間になりましたら、運んでまいりますので、どうぞごゆっくりお待ち下さい……」


 座布団に座ると、夕食の説明をうけた。

説明が終わると、頭を下げて部屋から出て行った。

現在時刻は17時なので、夕食までにまだ少し時間がある。


「どうしようか? あと一時間あるけど……」


「宿の中を歩いてみませんか? 探検みたいに楽しく」


「探検か……良いかもしれないな。思い立ったら吉日だ。それじゃあさっそく行こうか?」


「はい、ラン様」


 俺たちは、宿の中の探検へと出かけた。


・・・

・・


「これは……すごいな。まさしく日本の良き旅館って感じだ……」


 二階を適当に見て回った俺たちは、二階の部屋の窓から見えていた中庭に来てみた。

古き良き日本の、風情ある中庭であり、こういうのを日本庭園というのだろうか?

池も大きく、中には魚らしき影が見える。


「日本……ですか? それがラン様の故郷でしょうか?」


「あ、あぁ。日本にも似たような場所があるんだよ」


「そうなのですか……」


「それよか、少し中庭を歩いてみないか? サンダルもあるし、出ちゃいけないってわけじゃなさそうだし」


「はい、ラン様。池にいる魚を見てみたいです……」


「んじゃおりようか。足元気をつけろよ?」


「はい……」


 窓の鍵を開け、スリッパからサンダルに履き替える。

そのまま中庭に降り、池の方まで歩く。

池には、金色や銀色に輝く鯉だと思われる魚が泳いでいた。


「これは……きれいだな」


「そうですね。池が輝いて見えます……」


「一匹いくら位するんだろう? 金かかってんなぁ……」


「この種類ですと、一匹あたり数十万円でしょうか? この魚の単価としては、安いほうだと思われます」


「まじで!? 数十万円で安い方なの!? 高いのだといくらになるんだよ……」


「ここにいるものは30センチほどとサイズが小さいので、それくらいの値段だと思われます。高いものは、これよりずっと大きく、1メートルに近いサイズのものもあるそうです。そのサイズですと、一匹で数百万円になりますが……」


「うへぇ……俺には理解できない世界だな。こんなの買うんなら、美味いメシに使うぜ!」


「フフフ、ラン様らしいですね。……それに、私もそのほうが良いと思いますがね」


「だろう?」


「はい、ラン様」


「フッ」


「フフッ」


「「あははははははっ」」


 ふとおかしくなり、二人して笑い合う。

この魚を買うのなんかは、自分たちにはおそらくこの先ずっと関わりのない存在だろう。


「さて、そろそろ戻ろうか?」


 ひとしきり笑いあったあと、ヒカリに戻ろうと提案する。


「そうですね、夕餉までゆっくりしましょう……」


 ヒカリも満足したようだ。

俺たちはサンダルからスリッパに履き替え、自分たちの部屋に戻った。 

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