堕龍
研究所は科学都市の西の外れにある場所だ。元々は植物の培養実験で使われていた施設だという事もあって、クローンを作るには十二分の施設資材が揃っている。日は殆ど落ちて、夕闇に染まっていた。研究所の前には、シャーナ・ジ・アンケルノが立っている。それを発見するまでに、和馬たちは丸一日を要したわけではあるが、それでもシャナを発見したことに一瞬の喜びを感じていた。
「……なぜ来た、和馬。私なら心配する必要がないほどには強い事くらい分かっているだろう?死にたかったのか」
「違う。お前を殴りにきただけだから」
和馬はそこで自身の龍を解放して、体中に魔力を行き渡らせる。緑色の鱗で覆われた肌は何処か気味が悪い。
「貴公は阿呆か?つい先程理解したと思うていたのだがな。+の龍騎士が-の龍殺しに触れればそれだけで影響を及ぼす。無意識でも貴様の肌が爛れるレベルだ。今意識のある私を殴れば……おそらくはその拳、焼け落ちるぞ?」
「構わない。何としてでも、僕はシャナを殴らないと気が済まないんだ」
「……そうか。二回目、だな。ここで負けてはアンケルノの名が廃るというもの。今回は勝たせて貰おうか、緑龍の龍騎士ッ!」
シャナは地面に手を付けて周囲に設置された魔方陣を展開する。青白い色をした魔方陣は皆、シャナの魔力に呼応するようだ。ふっと息を吐き出して、シャナは言葉を紡ぐ。
「私が下準備をしていた段階で、貴公が対等に戦える道理はない!」
和馬はその魔方陣を無視して地面を思い切り蹴って、シャナに一直線に殴りかかる。シャナが和馬の行動を捉えると、右手を振るって魔方陣を起動。真正面に氷の壁が精製された。和馬は止まる事を考えていないせいで、止まれるはずもなく壁に激突する。
「本当、阿呆だな和馬。折角、私が消えようとしていたというのに、貴様という奴は───滅龍針」
立ち止まった和馬の周囲に新たに黒色の魔方陣が展開されて、魔方陣の中心から魔力の帯びた針が飛び出す。その針が和馬の人間的急所へと次々と刺さった。左右手甲、左右臀部、腹部、心臓部分、額へと黒色をした魔力の針が突き刺さる。和馬がそこで、口から血を吐き出した。
「………」
「物も言えぬ筈だ。私の術式は単に龍を殺すだけが才であれば、ここまで上位にはおらぬよ」
「……シャぁぁぁぁぁぁぁナァァァァァッ!」
和馬が叫び声を上げる。自由を得ようと身体を動かすと、それに対応するかのように針が刺さった場所から血を吹き出す。
緑色の鱗が、黒色へと変化していく。龍の翼が、手へと変貌していく。
「堕ちたか。仕方あるまい。堕龍の烙印を押されたのであれば、私が楽に逝かせてやろう」
和馬の目の色が狂っていく。瞳が純粋な漆黒色だったものが、赤色へと変わっていく。顔面の骨格が龍のソレへと変わっていく。メキメキと骨を軋ませながらも、前進を止めようとはしない。シャナへと殴りかかろうと必死に拳を握った。
「───滅龍の神息」
周囲の魔方陣が展開され、一斉に和馬へと向けられる。青白い色をした魔方陣は与えられた魔力相応の働きをしようとその場で-の魔力を吐き出した。和馬に当たる度、幾度に渡って-は+を侵食し、その存在を強固にしていく。肌が爛れ、魔力を相殺し、和馬の龍のチカラを喰らいつくそうと神の如き息が体中を駆け巡っていく。
黒色の鱗が失われる。翼が消える。魔力が龍を喰らいつくし、龍の姿を取れなくする。人へと戻るも、龍の魂は失われて、その場に残ったのはヒトの残骸のみ。
「……余り責めるな。私が悲しいではないか」
ぴくりと動く和馬の手先、魂が失われても、肉体はその場で生きつづける。
「…シャナ」
「話すな、蛻。紡げる