第7話 好機への分水嶺
数日後、俺はタブラと共に中央の広場で待っていた。
「コーヘイ様、お待たせいたしました」
しばらくすると教徒の一人が現れて、“タコ壺”最上段の壁沿いにある立派な小屋へと案内される。
「やはり大工の小屋は立派だな……」
タブラは、この“タコ壺”の建物を建てる役割をしている彼らの本部を、見上げながら呟いていた。
そう、今日は“建築班”に属する“ディーアム教”の教徒の招きで、班長と面会する日だった。
小屋の中は作業場になっていて、様々な建材や道具が並んでいる。さらに、建設途中の扉や柱も置かれていた。
奥には大きなかまどがあり、鉄を溶かしてツルハシを作っている様子だった。
「班長、我々オークの新しい導き手を連れてきました」
その奥には、三人の巨漢のオークが座っていた。
「よう、人間の“転生者”。俺はタガドギ、“建築班”の班長を務めてる。こいつらは設計士のギリノと、とび職のゴーマだ。よろしくな!」
三人はすでに酒を飲んでおり、少し酔っているようだった。
「今回は、この“タコ壺”からの脱出法の手がかりを求めて来ました。こちらは同じ班のタブラで、大国の近衛兵をしています」
その言葉のあとで、俺とタブラは軽く頭を下げた。
「お前たちのことは知ってるさ。有名人だからな。ただ、俺たち“建築班”は“ディーアム教徒”だから会ってやってるが、“ポポロン教”の連中とは口をきかねえぞ!」
彼を連れてきたのは俺の判断だった。
この先、この“タコ壺”から脱出するには宗教関係なく絆を深める必要がある。
「そもそも俺は人間で、どちらの教徒でもありません。それに、敵は異教徒ではなくゴブリンではないでしょうか? その為には団結すべきでは?」
「……ガハハハ! 人間のくせによく言うな!!」
言葉を選んだつもりだったが、うまく説得できなかったか?
「それに、俺は“転生者”でもあります。復活の神殿のことは聞いていますか?」
「知らん、知らん。俺は信仰心が薄いからどうでもいい。だが聞く、お前ら新人に何ができる? 何もできないから、こうしてやってきたんだろ?」
“建築班”の連中は、たしかに“ディーアム教徒”ではある。だが、俺をここに誘ってくれた教徒以外は、説法には興味がなさそうだった。
「はい、だから様々な……」
「脱出計画はまだ思案中だ! だが、まずは“肉々団”を仲間にした。彼らに案はないが戦闘時の人員としては優秀だと思う!」
俺が説明に躊躇していると、タブラが割って入ってくる。
「ほうほう……そうか、お前は近衛兵の参謀か。まあ、“ガスター団”や“第一団”と対抗するには“肉々団”の力は必要だろうな。だが奴らは露骨に活動しすぎて、すでに全てから目を付けられているぞ!」
「だったら、ブラフとして使えるのでは?」
「まあいい。それで……どうやって脱出するつもりだ?」
「今のところ、壁を越えるか坑道から脱出するかである。だから、あんたたちに頼みたいのは、あの壁を越える巨大なハシゴの制作なんだ!」
正直、タブラを連れてきて正解だった。
「まあ、作るのは難しくねえ。だが、実際に越えるのは至難の業だぞ?」
「だからこそ、“肉々団”を仲間に入れた。それに、坑道からの道が見つかれば、ハシゴは陽動にも使える!」
「なあ、班長……アレをこいつらに見せてやっても、いいんじゃねえか?」
その時、隣で酒を飲んでいるゴーマが話した。
「まあ、せっかくだからいいか。おい二人、いいものを見せてやる」
そう言うと、三人は立ち上がって天井の木の板を外していった。
そうして大きく開いた天井の穴に小さなハシゴを掛けると「登ってみろ」と言い、俺が最初に登ることになる。
その先には、分厚い柱でできたハシゴが蛇腹折りのように畳まれており、それは天井いっぱいに組み込まれた精巧なカラクリのようだった。
「どうだ凄いだろ! これは長年かけて設計、建築された脱出装置だ。だが、作ったはいいが、いまだ使う機会がなかったんだ……どうだ、使えそうか?」
「最高じゃねえか! これは自動的に掛かる仕組みか?」
タブラは俺に変わって覗くと、彼に問いかけている。
「ああ。鉄のバネを使って、左右両方のハシゴが一気に掛かる仕組みだ。ただし、これだけで脱出できる保証はねえぞ!」
「分かっている。だが仕組みとしては素晴らしい……さすがだな頭領!」
タブラが覗き終えると、三人は再び天井に板を張り戻していった。
「まあ、俺たちが納得できる作戦があれば話に乗ってやる!」
「分かったぜ、絶対にお前たちを納得させてやる!」
タブラと班長は互いに顔を近づけて言い合うと、俺たちは小屋に戻ることにする。
*
そのあと、俺たちは深夜の会議を開いた。
「お前ら、話し合いはどうだった?」
「ああ、大収穫だった。“第一団”は馬鹿でかいハシゴを用意していやがった。しかもカラクリによって一瞬で壁に展開する代物だぞ!」
隊長の言葉に、タブラは小声で答えている。
「おお! それは大進展だな……だが、まだ弱いな」
「ああ……だが、これで作戦は組みやすくなったぞ!」
「それで、何か案はあるのか?」
「ああ、妙案がある……」
彼は小屋の端に隠していた、小さな石のすり鉢を取り出した。
「当然のことだが、俺たちは黄色魔石を掘っているよな?」
「ああ、そうだ……それは分かっている」
次に、黄色く光る魔石の欠片を取り出すと、すり鉢に入れ、石の棒で叩いて砕き、さらに擦って細かくしていった。
「さて、これくらいでいいか?」
さらさらの状態になった魔石の粉を、酒の入った器の中に少量ずつ入れていく。すると「パチパチ」という音と共に強い光を放っていった。
「ふむ……爆弾の代わりか」
「そうだ。黄色魔石だけでは爆発力は得られないが、光は放てる。もっと細かな粉状にして純度の高い酒と掛け合わせれば、目潰しとして使えるはずだ!」
たしかに、身近な材料で作れるから数は用意できる。
「分かった、“ディーアム教徒”に掛け合って作らせよう!」
「それは助かるな、あと“鉱山班”の班長との連絡は取れそうなのか?」
今回、“建築班”の班長との面会はすぐに成功したが、鉱山班はまだ返事すら来ていない。教徒の話では、一番の古参で警戒心が強いらしい。
「いや、まだ返事を待っている段階だ……」
「どうやら、“タコ壺”の坑道はかなり古い。迷路の奥底に旧坑があると聞いている。だから彼らの情報は必要で、できるなら赤魔石の鉱脈を見つけたい!」
「そうだな、赤魔石があれば爆弾を作ることができる!」
タブラの話に、隊長は大きく頷いている。
計画はまだまだだったが、今日はかなり進展した。
そのあと、俺たちは爺さんの酒を拝借して軽く祝い酒をしたあと、満足した気分で睡眠に入った。
**§**
それからは、坑道での仕事をこなしつつ、新月に向けて準備を進めた。
隊長は“肉々団”と連携して黄色魔石を集めると、“ディーアム教”の教会に運ぶと、教徒たちがそれを粉砕していった。
さらに、皆でガスター券を集めて、できるだけ純度の高い酒を手に入れる。
次は、どうやって発光現象を起こすかだが、まず薄いスライム製の革袋に酒を注いで、魔石の粉が入るペットボトルほどの小さな酒瓶に詰めて封をした。
これで、投げて割れれば二種類の素材が交わるだろう。
試しに坑道の仕事場で放り投げてみる。すると、壁に当たった衝撃で割れ、巨大な音と共に、しばらく視界を奪うほどの閃光を放った。
「俺たちでこれなら、夜目が利くゴブリンはもっとキツいだろうな!」
出来は上々で、タブラも満足げだった。
そのあと、この“発光弾”を“建築班”に見せることにした。
「おお、これは使えるじゃないか!」
彼らの前で発光させると、彼らは興奮した様子で反応していた。
「よし! 確証は得られんが、俺たちも腹を割らないといけない。我々“建築班”も脱走計画に参加しよう!」
それからは、班長のタガドギと“タコ壺”の情報交換をした。
彼らは、“タコ壺”上部にある施設のメンテナンスも請け負っており、坑道内部以外の全体の事情を知っている。
「だが、発光弾だけでは確実ではないぞ。上部ではゴブリン兵が待機している。さらに“ガスター団”や“第一団”を相手にしないといけない!」
確かに、彼の言うことは正しい。
我々、“肉々団”と“ディーアム教徒”、“建築班”だけでは人数が足りなかった。
タブラによると、“ガスター団”は18名だが“第一団”は74名もいる。
対して、“肉々団”は36名で“建築班”は16名。“ディーアム教徒”は他と重複するので換算が難しいが30名ほどだと思う。
さらに上部には100匹を超えるゴブリン兵がいる。
「そうだな、まだ考えることは沢山あるな……」
「そうだ! 俺たちが一番警戒しているのは火事だ。二つのハシゴは当然木製なので、火を付けられたら終わりだし、当然相手も火矢を使うだろう」
「なるほどなぁ……消火用の水も必要か……」
“建築班”の班長やタブラの言葉通り、まだまだ課題は多かった。
*
それからは、さらにできることを進めていく。
人員は多いほどいい。だから隊長の提案によって、食事班の炊き出しが終わったあと、中央の広場で模擬戦の稽古を始める。
最初は、近衛兵と“肉々団”との対決から始めていくと、次第に見学者が集まって、新しい『娯楽』として広まり賑わっていった。
そして、終わり際に「俺たち、“肉々団”は団員を募集している! ぜひ参加してくれ!」と募集をかけると、腕を上げたい男たちが賛同する。
**§**
ある日の夜、ガスターが歩いていた。
相変わらず機嫌を悪そうにしながら、“タコ壺”の最上段にある大きな建物に入ると、沢山のオークが酒盛りする中を進んでいった。
「おお、ガスター。どうした?」
「お前らは、のんきでいいな。最近行われている、衛兵たちの稽古の話は知っているのか!」
酔って顔を赤らめている男の前で座ると、彼らの部下が飲んでいた酒樽を強引に奪って、そのままグビグビと飲み始める。
「面白いからいいじゃないか。俺たち“第一団”の部下たちも挑んだがやられてたな、ガハハハ!」
「おいおい、何を考えてやがる! 大国の兵士はお前の敵だろ?」
ガスターも顔を赤らめると、男に迫っていった。
「知らんな。確かに、前王には復讐をしたかったが、息子には恨みはないし奴は孫娘の近衛兵だろ? 別に感情は何も沸かない!」
「だがドロムンダ、お前は今も政治犯だぞ、戻れると思うな!」
「ハハハハ、まあ今の“タコ壺”は気に入ってるから戻る気はないさ。それで、お前の危機感は“肉々団”が脱走を試みているからだろ? そんな噂くらい俺の元に入ってくるさ!」
その男は、王族らしく長く綺麗な牙をこしらえている。
「いいか、お前らは、こちら側だぞ! 分かっているよな?」
「ああ、分かっているぜ。こちとら、騒動が起きないと退屈で仕方がねえ。どうせ、次の新月が決行日だろ? 公然と戦争ができるんだ。久々の祭りじゃねえか!」
「まあ分かっているなら、文句はねえ! ハハハハ!」
そのあと、二人は酒を飲み明かしていった。