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第6話『みここバスター』


 三日後。今日は彼らの暦では安息日らしい。


 だが、当然“タコ壺”の住民には休みはない。だから、一日中地下で荷車を運ぶ作業を続けて終えると、夕食のあとに例の場所へ向かっていった。


 そこは、教会として使われているボロ小屋で、周りには薄い布を巻き付けたオークたちが集まっている。彼らは、互いに手を合わせてお辞儀を続けていた。


 中に入ると、すでに教徒たちが室内いっぱいに並んでいる。


「皆さん、聞いてください。ディーアム様への願いが、とうとう叶いました!」

 神棚の前で祈り続けていたポルム司祭は、皆が集まると小さく叫んだ。


「ああ、噂は本当だったのですね!」

「ああ……あの、甘味の方が“転生者”だったとは!」


 その言葉に、教徒たちは一斉に俺の方へ向いて祈り出した。


「では、女神様の遣いであるコーヘイ様。私の隣で説法をお願いします!」

 皆の眼差しが眩しい中、緊張しながら進むと司祭の横で振り返る。


(まあ、カルト教団の救世主様か……じゃの勇者としては悪くないな!)

 その時、この場のために語るべき物語を、頭の中でめぐらせていた。


 *§*


 それは、甘酸っぱい話でもあった。


 あれは7年前。相変わらず職場でスパゲッティコードとの格闘をしていると、スマホに珍しい人物からのメッセージが届いた。


(みここバスターの映画版見に行く?)

 数年ぶりの一文に、少しだけ驚き、少しだけ心臓が高鳴る。


 メッセージの主は、大学時代に知り合った腐れ縁の女友達。俺のような、ぼっちオタクにも気軽に話しかけてくれる、珍しいタイプの女性だった。


 天真爛漫で、誰とでも仲良く付き合え、女性としても魅力的でありながら、男の噂が少ない。それこそ女神のような存在だった。


 本当は、すぐに返事をしたい。だが一時間だけ待って「忙しくて最近アニメ見てないけど、休みを取ってみるよ」と、内心ウキウキしながら返信した。


 当日、俺はシネコンの前で彼女を待っていた。

 準備は念入りに行っており、万全だった。


 まずは、忘れかけていたストーリーを思い出すためにTV版を一通り復習する。次には、髪を整えサウナに通い、貯まった匂いは全て洗い落とした。


 そうして、贅肉の多さ以外は完璧な装いで、数年ぶりの再会を楽しみにしていた。


 *


 『みここバスター』


 主人公は、寡黙で地味なメガネの少女。ある日、宇宙人のペペによって超能力を授かってしまい、敵対する能力者と戦うことになるバトルアニメだった。だが、深夜枠でしか放送できない理由がある。


 それは、宿敵がイケメン国民的アイドルなのだが、その地位を維持するため、週刊誌の記者やネットのアンチを、目から出る光線で次々と真っ二つにする内容なのだ。だから、活動家からの批判が根強く物語終盤で制作中止になってしまった。


 さらに、変身後の衣装が大変、素晴らし……いや、いかがわしく、ある主義者からの攻撃対象になったことは、ネットで話題になっていた。


 高度なオタクの俺は、熱狂的ではないが録画して全話視聴していた。だが、大学内で話題にすれば当然、白い目で見られるのは分かっていたので隠していた。


 だが、あるきっかけで、彼女との繋がりが生まれる。


「あれ……公平君。“みここバスター”見るんだ?」

 あるゼミの時。偶然となりの席に座っていた彼女に、買うか迷っていた円盤のパンフレットを見られてしまったのだ。


 当然、その時の俺は全身の血が沸騰するほどの絶望を感じていた。だが、(いや、なんで知っている?)との疑問も生まれていた。


 つまりは、次の回答が天国と地獄の分かれ道でもある。


「あ……まあ、そうそう。友達にすすめられて、貰ったんだ」

 俺は、ロボットのような口調で答えていた。


「へぇ〜〜〜〜DVD出るんだ。私も欲しいな〜〜。そうだ、予約するなら一緒にしよ!」

 それから、俺と彼女は『みここバスター友』まで進展する。


 とはいえ、もう作品自体はすでに終了している。そのあとは、続編どころか制作中止以後の展開は何もない。だから当然、世間の関心はすでに別の作品や話題に移っていっていた。


 だが、数年後。何かの気まぐれで海外での配信が決定すると、過激な内容が妙にウケて人気が急上昇する。そして、ついに完結編が劇場版として制作されることになってしまったのだ。


 まさか、長い年月が経った今、こうして再開するとは思わなかった。


「ああ、いたいた……公平君!」

 沢山の人々がスマホを眺めている中で、彼女は俺を発見する。


「どうしたの、ずいぶん大きくなったね!」

 まあ、昔は多少痩せていたので、そう言われても仕方ない。


 逆に彼女はすっかり大人になり、眩しかった。だが、今は映画に集中するため券を買って席に座った。


 ストーリーは総集編から始まり、みここの仲間たちは次々と捕らえられて、拷問の末に殺されてしまった。


 宿敵は、公然と殺人を続けながら国家権力を掌握して総理大臣へと成り上がる。次に世界へ宣戦布告すると、能力者による統治を宣言した。


 正直、思ったより低予算でストーリーも粗が多い。だが、彼女は感動で涙が止まらなかった。おそらく、今までの青春がフラッシュバックしたのだろう。


 映画が終わると、少し街を歩くことにした。


 通りがかったアニメショップに入ると、映画の公開記念で“神聖みここ”のフィギュアが積んであったので、それを購入した。


 そして、彼女にプレゼントすると喜んでくれた。


 なんとなく良い雰囲気になって街を歩いていると、「いい雰囲気だ、これデートでは? いっちゃえ!」「いや、これまで脈がなかっただろ早まるな!」との心の声が交錯し続けていた。


「ねえ、ご飯を食べにいかない?」

 その言葉に「あひゃ、いいよ」と声が裏返っている。


 向かった先は、通りにあるファミレスだった。


 彼女は、何度かメッセージを送っていて、突然振り返り「会わせたい人がいるの」と真剣な眼差しで話すと……俺は何かを察してしまった。


((そうだ。これが俺の青春の結末なんだ!))

 そりゃそうだ。彼女が独り身のわけがない。薬指に指輪がないことに安心していたが、言い寄る男は五万といるだろう。


 所詮、俺はオタク会話ができる男友達の一人でしかない。だからこそ、気があるそぶりは全力で禁止していた。


 この先のストーリーなんて、分かっているさ!


 おそらく彼女は、アニメで一番好きなキャラである、宿敵のアイドルのようなイケメンを紹介するのだろう。


 そして、彼氏公然のオタク仲間として細く長く続いていくのだ。


 まあ、それでも彼女の行く末を見られるのなら悪くないと感じながら、ファミレスの中に入って席に向かっていくと、そこには中年の男が座っている。


「え? お義父様?」

((いや、まじか。これはジェットコースターのような大逆転劇なのか!))

 その瞬間だけは、心の中で大ファンファーレが鳴り響いていた。


「川本さん、彼が高橋公平君です。久々に会ったけど大切な友達なんです!」

「そうですか……ぜひ座って私の話を聞いてください」


 ……あれ?

 よく見たら顔も似てないし、彼女の父親とは思えない風貌である。

 ということは……まあ、そういうことか。


 結局、紹介されるのはイケメン彼氏でも、お義父様でもない。一番ガッカリなパターンで、一番めんどくさい状況だった。


 仕方なく二人の前に座ると、彼女と男が真剣な眼差しで俺を見ている。


「あなたは……宇宙への旅立ちを目指しませんか?」

「はい?」


「私は、候補者の選定役です。我々は、旅立ちの師範役となるのです」

「そう……私は色々な友達を推薦したんだけど、公平君が適合者なんだって!」


 そのあと、知らない中年男から宇宙だか銀河だかの真理を聞く羽目になる。


 帰り道「ねえ、次はすぐに会えるかな?」と彼女から聞かれるが「今はプロジェクトで忙しいけど終わったら連絡するよ」と答えて別れた。


 それからは、毎日彼女からメッセージが届くようになった。だが、俺はそれどころではなく、コードとの睨み合いの日々が続いていった。


 だが、数ヶ月後、あるニュースを見かける。


「宇宙共鳴教の本部が火災で焼失。遺体は見つからず、数名が行方不明」

 そこは、彼女が所属していた宗教団体で、それからは連絡が来なくなった。


 *§*


 俺は、“ディーアム教”の歴史を聞いてから考えていた。


 もし彼女があのフィギュアを手にして、この世界の昔に転生していて、『ディーアム』として生きていたら?


 可能性は低いし、ただの俺の妄想なのは分かっている。

 だが、この思いは、“ディーアム教”の伝説を聞いてから、くすぶり続けている。


 だから、俺は決めていた。

 彼女への思いを“みここバスター”と組み合わせて神話にしよう!

 絶対に彼らに響くはずだ!


「さて……まず、貴方たちが崇めるディーアム様。私の世界では“神聖みここ”と呼ばれていました」

 そうして、経典の前日譚を頭の中で構成しながら物語を制作していく——


 *


「そして彼女は、我らの悪魔を倒すと、宇宙へと旅立ち、銀河を超えていきました。そして、この地に降り立ち、新たな伝説を築いていったのでしょう……」


 こうして、俺の長い語りは終わった。


 “神聖みここ”は、混迷する現世に宇宙から現れ、悪の統治者であり世界の王との決着を果たすと、次の世界へと旅立つ。


 一見するとスーパーヒーローのようだが、本当の彼女は違った。好きな物語に涙を流す、ひとりの乙女だった。


 愛は全てに届かず、力は偉大でありながら脆くもある。その矛盾に葛藤しながらも、彼女は前へ進み続けていた。


 俺は……その姿を、遠くから静かに見守っていた。

 そんな思いを、一つの神話として構成する。


「素晴らしい、やはりディーアム様は前世でも様々な抑圧者と戦ったのですね」


「はい、皆がその姿に恋い焦がれていました。だからこそ、悪は彼女を倒さねばならなかった。そして世界は混沌へと進んでいったのです……ですが、彼女は努力、友情を積み重ね、最後には勝利を得ることに成功しました!」


 その言葉に、俺の話を聞いていた信者達は祈りながら涙を浮かべている。


「まさか……ディーアム様の前世の姿を拝聴できるとは……」

「ありがたきことです! 私も一度でいいから、御神体を拝見したい!」


 彼らは、思いを込めた言葉を次々と口にしていた。


「復活の方法は知りませんが、手がかりならあります。それは私が転生した神殿に古代の文字が記されていました。もし皆さんと戻ることができれば、何かの導きを得られるかもしれません。だからこそ“タコ壺”を脱出して向かいましょう!」


「それは……経典にある“誕生の神殿”。それが本当に存在するのですか?」

「私が転生した場所です。存在しないわけがありません」


 ポルム司祭は、俺の言葉に目を輝かせていた。


「私は復活のためなら何でもする。皆で神殿に向かおうではないか!」

「そうだ! その為にはこの“タコ壺”から脱出するぞ!」


 その時には彼らの思いは高まっていて、“タコ壺”からの脱出を願っていた。


「ただ、私は脱出の手立てを知りません。だから何か情報を持っている方は助言をしていただけませんか? できれば次の新月に決行したいのです!」


 そうして、その言葉を最後にお辞儀をして、話を締めくくった。

 

 *


 それからは、ポルム司祭による説法が始まる。その内容は、俺の話が経典と結ばれていて、神殿への旅路が真実への手掛かりになる。などの話をしていた。


 ミサが終わると、俺は様々な教徒から声をかけられた。


 大抵は感謝の言葉だったが、何人からは自分が“建築班”や“鉱山班”に所属しているので、ぜひ班長と会ってほしいと言われる。


 俺はそのあと、十分な成果を土産に、隊長たちが待つ小屋へと戻っていった。

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