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第5話 筋肉の超集合体


 深夜の“タコ壺”。


 空には、二つの月が浮かんでいる。差し込む光は、それぞれ長さも色彩も異なる二本の影を生み出し、互いに背を向けるような角度で伸びていた。


「ほら、上がれ! 何だ、こんな夜中に呼び出しやがって!」


 中央の広場に降りていたゴンドラに、片牙の男が乗り込む。すると、上部で一生懸命ハンドルを回すゴブリンの原動力によって、ゆっくりと上がっていった。


「「ジュル!! ベオ!!」」

「はいはい、分かったよ。まったく、低脳どもが!」


 到着すると、何かを叫ぶゴブリンに悪態をつきながらゴンドラを下りる。その後は、“タコ壺”の縁を歩き続けて、比較的立派な石組みの建物に入った。


 「相変わらず趣味が悪いな」とぼやきながら通り抜け、奥にある扉を開けると、そこには机に座っている一人のホフゴブリンがいる。


「遅かったな……ガスター」

「ゲジゲ、お前たちが住人を増やすから、仕事が増えてるんだ!」


 彼は他のゴブリンとは異なり、制服のような整った服を着ていた。


「なら、なぜ人間を救った? 気分で救ったのか?」

「あの時は、男でも価値があると思ったからだ。お前たちだって共和国と貿易してるだろ? 交渉材料に使えるとは思わないのか?」


 その言葉に、彼は薄笑いを浮かべた。


「ああ、だからお前の意見を尊重した。だが、人間は悪知恵が働く。だから見張っておけ……何やら、大国の近衛兵とつるんでいると聞いているぞ?」


「はぁ……だったら、近衛兵を処刑しろ。彼らは連れてこられたときに、一番の不穏分子だと警告しただろ?」


「ダメだ。奴らは今では一番の稼ぎ頭だからな。言っただろ、雑国では新しい侵攻が計画されている。だから黄色魔石はできるだけ産出したいんだ!」


「ああ、分かった。だが、俺の要求も通してもらうぞ。お前らだっていずれオークを支配した際に、代理の支配者が必要になるだろ?」


「ああ分かっている。その選定は進んでいるし、推奨はしているさ!」

 それだけ話すと、ホフゴブリンは立ち上がってコートを羽織った。


「おい、それだけか?」

「私は本部に戻る。ふっ、今回は生娘が回ってくるらしい。だから久々の宴が始まるんだ……まあ、お前たち原始的な種族には分からないだろ?」


「クソ、勝手にしやがれ! いいか、俺がいないとオークは支配できないぞ!」

 ガスターは怒りをあらわにしながら建物から出ていった。


「ギャ~~、ギャラ~~、ガババ、ララ~~、ガギャガヤ!!」

 辺りでは、仕事の合間に合唱をしているゴブリンたちの歌声が聞こえていた。


「「ああああ~~~~うるせえ、うるせえ!!」」

 彼は半分欠けた耳を手で覆いながら、早足でその場をあとにした——


 *§*


「おい、起きろコーヘイ」

 その日も、恒例の深夜の会議が始まった。


「さて、二人とも進展があったか?」

「ああ接触は済ませたぞ!」

 

 いつも通り4人で顔を近づけて話し始めると、タブラの問いに隊長が答える。


「肉々団のリーダーと話した。彼らは脱出を第一に考えているらしく、明日の夜に会合を開くそうだ。そのとき、俺たちも来てくれと誘われている」


「分かった、では参加するとして奴らの人間嫌いはどうする?」

「まあ、その辺は俺が『腕力』で何とかする。だから全員で行くぞ!」


「コーヘイ、お前は何か分かったか?」

 次に、タブラは俺の方向を見る。


「ああ、“ディーアム教”の司祭と接触ができた。次の安息日にミサが開かれるから、参加する予定だ!」


「分かった三日後だな。俺たちはポロロン教徒だから参加できない。頼むぞ!」

「任せてくれ!」


 そうして、俺たちは再び眠りについた。


 **§**


 次の日の夜。


 いつも通り食事を終えて、晩酌を楽しんでいる爺さんを横目に、俺たちは外へ出ていく。そして、“タコ壺”の上段から二段目に建つ、大きな小屋へと向かった。


「しかし、堂々と集会していいのか?」

「よく知らんが『隠さず騙さず』が、奴らの流儀らしいぞ?」


 タブラの疑問に隊長が答えながら進んでいくと、小屋の入り口には、すでに多くのオークたちが集まっていた。


「よく来てくれた、こっちに入ってく……おい! 人間を連れてきたのか?」

 俺たちを見かけた一人が声をかけるが、戸惑っていた。


「ああ、コーヘイは俺たちの仲間だ!」

「そうか……ちと、団長に聞いてくる。待っていてくれ!」


 男は小屋の中へと消え、しばらくして一人の巨漢の男が現れる。おそらく、彼が“肉々団”の団長だろう。


「「バーリア隊長、近衛兵達は大歓迎だ!! だが、人間はダメだ!!」」

「ならば、俺たちは手を貸す気はないぞ?」


 同じくらいの体格の二人が、入り口で睨み合う。


「「では聞く!! なぜお前たちは人間と行動する?! 確かに頭はいいが、奴らは騙したり裏切ったりする! お前たちも騙されているんじゃないのか!!」」


「「「おい!! コーヘイは、俺たちの姫君を救ったんだぞ!! それが騙してるって言うのか?」」」


 彼らは互いに威嚇するように、おでこを勢いよく叩き付けている!!


「「嘘ではないよな!! ボーリエ姫君なのか!!」」

「「「ああそうだ、この上腕二頭筋にかけて誓ってやる!!」」」


 その言葉に、巨漢の男は俺のほうをじっと睨んだ。


「……まあ、許可しよう。だが、まだ認めてはないぞ!」

 そう言い残して、彼は小屋の中へ戻っていった。


「さて行こうか!」

 隊長の言葉と共に中に入ると、何十人のオークたちが詰まるように座っている。


「さて、始めるぞ。今回は我々“肉々団”に大国の近衛兵が参加してくれた! バーリア隊長、挨拶を頼む!」


 部屋の奥に立つ団長が、バーリア隊長を呼んだ。


「ああ、よろしくな。まあ、俺たち第五近衛兵隊と人間の“転生者”であるコーヘイが参加したからには、お前らを大国まで導いてやるさ!」


 その言葉に「人間も連れてきたのか?」「“転生者”?」という声がざわつく。


「「何だと? 魔王を倒したとされる勇者と同じ“転生者”だ、文句あるか!?」」

 隊長は、皆の態度に表情を変えて大きく叫ぶ。


「まさか、伝説の“転生者”が、なあ……」

「だが、奴は砂糖を作っているって話しだ!」

「ああ俺は毎日食っているが甘くて旨いぞ!」

「俺も食べている。たまには甘味もいいよな!」


 次第に、そんな会話が周囲から聞こえ始めた。


「ありがとう、バーリア隊長。我らに『本物の騎士』が味方についた以上、まずゴブリン相手に負けることはない! 聞け、噂では雑国はさらに大国へ侵略を企てている! 我々は『戦士』だ。絶対に、次の新月に脱出してやるぞ!」


「「そうだ!! 俺たちは大国に戻ってゴブリンと戦うんだ!!」」

 その頃には、皆が一斉に声を張り上げていた。


「では、脱出方法を考えよう、良い案を持っている奴は手を上げろ!」

 すると、何人のオークが手を挙げる。


「よし、チョペ! お前からだ!」


「よぉぉぉし、俺は団長に言われた通りに沢山悩んだら閃いた! 俺の案は全員で肩車をして壁を登る。俺たちは鍛えてきた。絶対やってやるぜ!」


 一人の男が立ち上がり、大声で叫んだ。

「なるほど、いい案じゃないか! 明日試してみよう。では次はドードだ!」


「おうよ! 俺は頭が悪いが筋肉には自信がある! あの壁を登るのは難しい。だが、粘着スライムを使えば可能だ! あとは筋肉で登ってやる!!」


 筋肉質の彼は拳を掲げると、様々な筋肉を見せつけていた。

「粘着スライムか。目の付け所は悪くないな。次!」


「俺か、フフフ天才的な案が浮かんじまった。ゴブリンはメスに弱いだろ? だから俺たちがメスになればいいんだ。重要なのは尻の振り方だ、こうして……こうすれば、奴らは我を忘れる。ファッハッハ!!」


 彼は、すでに酔っ払っていて尻をフリフリ振っていた。


 それからは、“肉々団”の面々による『俺の考えた最強の名案』が続いていく。板をジャンプ台にする案とか、ゴブリンの悪口を言いまくる、そもそも壁なんて破壊すればいい。などの『ゴミ』のようなアイデアが語られていった。


 最初だけは、彼らの士気も高くて知恵熱で沸騰するほど燃えていたが、次第に考えることに飽き始めて、今では全員外で酒を飲んで騒いでいる。


「どうだ、これだけ案が出れば完璧だろ? 脱出は確実だハハハ!」

 結局、俺たち四人と肉々団の団長だけが残っていた。


「ふむ。俺はなんとも言えん。タブラ、総括を頼む!」

「ああ……酷評になるが、いいか?」


 隊長の言葉に、タブラは渋い顔を浮かべて言った。


「ああ、いい。そのためのお前だ!」

「じゃあ言わせてもらうが……全部ダメだ!! 壁を登る? 論外中の論外だ。ゴブリンの矢に撃たれて、即終了だ。他はそれ以上に論外!!」


 その強い口調に、団長は少し意外な表情を浮かべる。


「そうか? 肩車は準備が要らないし素晴らしい案だと思ったが……ダメか?」

「ダメだね。ゴブリン以外にも“ガスター団”や“第一団”が敵になる。肩車なんて彼らに迫られたら、軽くスネを蹴られただけで全部倒れる。想像できるだろ?」


 団長は、その答えに何も言えなくなっていた。


「定番は、地面を掘ってトンネルを作る。時間はかかるが、誰にも気がつかれることがない確実な案なのだが、試していないのか?」


「ああ、それはさすがに俺でも思いついたさ……こっちに来てくれ」

 部屋の床には扉があり、団長はそれを開ける。


「頑張って穴は掘ったが、この下にすぐ岩盤がある。これ以上は無理だ。赤魔石爆弾があれば別だがな……」


 掘られた穴は浅くて、その下にガチガチの岩が現れていた。


「なるほど。では……坑道から脱出するのは?」

「無理だ。旧坑道は迷路のようになっていて、さらに先は“ガスター団”に封印されている。忍び込んだことはあるが、迷うだけだった」


「なるほど、やることはやってるな……」

「そうだ、俺たちだってアホじゃない。思いつくことは全て試したさ……だが、皆でメスになる案は、意外とイケるんじゃないか?」


「はぁ……それなら、ゴンドラを呼び出して少人数で上部を制圧するか、ツルハシにロープを括って投げる。それで登るほうが、まだマシだ!」


「おお! お前、頭がいいな! 名前は?」

 団長はタブラの案に飛びつくように食いついてきた。


「おいおい、名誉あるオーク族なら、まずは名乗るのが礼儀だろ?」

「ハハハ、悪い悪い。まだ名乗ってなかったな。俺は団長のロジウス。“肉々団”は元兵士、あるいは兵士志望の者をスカウトしてる!」


 彼は、体中の筋肉を誇張するポーズをとった。


「俺はタブラ、頭脳担当だ。このトルベは近衛兵で一力持ち、彼はコーヘイ」

「そうか、そうか……とにかく、決行は次の新月……頼むぞ!」


 ロジウスが拳を突き出すと、タブラも拳を合わせる。互いに拳をぶつけ合ったあと、ガッチリと腕を組んだ。


「よし、意見は出し合ったし、俺たちは帰るか!」

 そのあと、隊長の言葉で俺たちは小屋に戻った。


 小屋の周囲では、“肉々団”の面々が酔っ払って軍歌を歌い、踊り狂っていた。羽振りの良さから、ガスター券を稼いでいるのだろうか?


 *


「さて……タブラ、“肉々団”はどう考える?」

 部屋に戻ると、すでに寝ている爺さんの横で、隊長が静かに問いかけた。


「ありゃダメだ。彼らだけでは100年たっても脱出できない」

「だが、どうする? 俺たちに妙案がないのは事実だろ?」


 確かに、俺たちには良い案がなかった。


「まずは情報集めだ。どっちにしろ、“タコ壺”の壁を越えるか、坑道から抜けるか。選択肢は、その二つだけだ。コーヘイ、ディーアム教徒は古くからの住民が多い。なんとかして、彼らから情報を引き出してくれ!」

 

「分かった……何とかしてみるよ」

 そのタブラの言葉に、俺は応じることにする。


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