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第4話 不可能は俺の好物


 デグリア雑国ざっこく、通称“タコ壺”


 バーリアの説明では、元々は人間が管理していた施設で、犯罪者のブタ、いやオークたちを収容して、隣接する魔石鉱山で働かせる強制収容所だった。


 そのあと、オークの国家・ボブランド大国の支配下に入り、さらに現在はゴブリンの新生国家・デグリア雑国に占領されている。



 俺は、そんな“タコ壺”に収容されてから1ヶ月が経った。


 夜明けとともに目を覚ますと、坑道の最下層へ向かい、暗闇の中でひたすら荷車を往復させる日々が続いている。


 夕暮れになると作業は終わり、地上へと戻って、待ちに待ったスライム尽くしの食事タイムが始まる。


 ガスター券の引き換えに向かったバーリア隊長を除く三人は、中央広場で今日の献立の中から目当ての料理の列に並んでいた。


 ガタイの大きなトルベは、当然のように焼きスライムの列。

 タブラは彼が好きな、ライス風味のスライム炒めの列。

 そして俺は、比較的空いている列に並んでいる。


(人が少ないところに並ぶなんてバカじゃね?)と俺の心のアンチが騒いでいるが、それはちょっと違うんだ。


 確かにこの料理の列は人気がない。だが、配給量も少ないため、一番に並ばなければ手に入らない。


「おお、コーヘイの兄ちゃんじゃねぇか!」

「ああ、例のブツはできたか?」


「もちろんですぜ。木の実を主食とする森スライムを天日干しにしてロースト。砕いたものに兄貴が開発した甘味粉かんみこを混ぜ合わせて、乳化スライムに振りかけた、名付けて『ちょいニガ牛乳ゼリー』。どうですかな?」


 彼は、そのゼリーの一切れを串に刺したサンプルを渡す。


 それを手に取り一口食べてみると、チョコレートのような風味と生クリームのような甘さが広がる。確かに、まだ薄味だが予想以上の仕上がりだった。


「まだまだだけど、悪くないね!」

「そうか、じゃあお礼に皿一杯に盛ったから、腹一杯食ってくれ!」


 気がつけば、甘味スライムが山盛りになっていた。

「デザートは腹一杯食うものではないんだけどな……」


 オークの大半は塩辛い味付けの肉が好みだが、一定数の甘党もいる。彼はその需要に応えていた。


 最初は『甘味スライムの切り身』という、薄味のゼリーみたいな料理だったが、二人で改良を加えて『スイーツ』と呼べるくらいには甘くなってきた。


 ちょいニガ牛乳ゼリーを手に抱えて小屋へと戻ると、床に料理が沢山並んでいて、すでに始まっている夕食に参加した。

 

 山盛りになっていた様々なスライム料理はガンガン減っていって、全ての皿が空になっていった。


 *


 食事を終えると、自由時間となる。


 俺は、彼らとは違い人間なので、さすがに服と体を洗わないと色々とキツい。だから鉱山入り口の広場にある水場に行くと、排水溝の近くで体を洗った。


 そして、濡れたままパンツだけ履いて、小屋の前で体を乾かす。


 そのあとは、しばらく“タコ壺”内を散歩する。この街にはオークが300人ほど暮らしていて、すり鉢状の段差に立ち並ぶ小屋で寝泊まりしている。


 だから、この場所はオークの密度が高く、どこを歩いても誰かがいる。この時間に外にいる者は、大抵タバコを吸うか酒を飲んでいた。


 ここには一つを除いて娯楽などない。


 その一つとは、炊き出しをする“料理班”が片付けを済ませて撤収すると、中央広場に“楽器隊”と呼ばれる一団が現れる。彼らは木をくり抜いた笛や、鉄板製のスチームドラム、その他パーカッションなどを使って演奏を始めていった。


 次第に暇人が集まって音色を楽しみ、演奏が終わるとガスター券を渡していた。


 俺は今……この小さな世界で暮らし続けている。

 ここは強制収容所であり、ゴブリンの国の奥底にある。


 おそらく、皆は脱走を考えているだろう。だが、石でできた壁は30メートルはあるので、登っていくのは非常に難しい。


 なぜなら登ろうにも手で掴める凹凸はなく、さらには上部に向かうにつれてネズミ返しのように、壁の角度が内側に反っている。


 もし登り切ったとして、上部には大量のゴブリン兵が待ち構えており、彼らを倒して脱出したとしても、国内を隠れながら進む必要がある。


 超絶ハードモードで、今まで誰一人脱走できたオークはいないらしい。


 *


 夜が更け、寝静まった頃、「おい、コーヘイ、起きろ!」という小さな声に起こされ、深夜の会議が始まることになった。


「隊長、周りは誰もいません」

「ああ……では情報交換を始めるぞ」


 酒を飲んで気持ちよく寝ている爺さんを起こさないように、みんなで顔を寄せ合い、小声で話し合う。


 それは、まるで脱獄映画でありがちのシーンでもある。


「じゃあタブラ。この一ヶ月の情報収集の結果を教えてくれ!」

「ああ、この“タコ壺”での勢力図は、前も説明したが覚えているよな?」


 バーリア隊長の言葉に、一番細身のタブラが答えた。


「ああ、“ガスター団”、“第一団だいいちだん”、“肉々にくにくだん”。これが三大勢力だろ?」

「ああそうだ。“ガスター団”は知っての通り、この“タコ壺”の管理をゴブリンから請け負っている。当然だが敵側と考えた方がいいな」


 ガスターとは、初日に処刑されそうになった時、助けてくれた恩人ではある。

「ああ、俺の見立てもそうだ。で……“第一団”はどうだ?」


「彼らは“タコ壺”での最大勢力だが烏合の衆とも言われている。団長はドロムンダ・ボブ。知っての通り元王家で軍の総大将だったが、王位継承に負けて“タコ壺”で過ごすことになっている。老兵の戦士として有名ではあるな……」


「ああ、大国に相当な恨みを持っていることは知っている」

「それに、“ガスター団”と連携しているから、あっち側だな……」

「なるほど、では“肉々団”は?」


「今のところ、俺たちが組めそうなのは第二勢力である彼らだ。彼らは大国側で元兵士や兵士を目指したものを集めて集結したらしい。それに彼らは脱出する計画を立てているので、俺たちと利害が一致している」


「では、俺が“肉々団”に近づいてみるか。だが噂では、奴らは人間を嫌っていると聞いている。まあ、コーヘイをどう思っているのは分らんがな?」

「ああ、だからその辺も踏まえて探ってくれ」


 タブラは昔から剣術よりも交渉や策略が得意だったらしく、“タコ壺”内でもガスター券を利用して様々な人物から情報収集をしていた。


「あと一つ、コーヘイに頼みたいことがある」

「ああ、何でも手伝うよ」


 彼は、次に俺のほうを向いた。


「お前が“転生者”だという噂を広めていいか?」

「構わない。だが、その狙いは?」


「オークの文化には二つの宗教がある。一つは俺たちが信仰する“ポポロン教”、もう一つが人間の“転生者”を女神とする“ディーアム教”だ。彼らは大国で迫害された歴史があり、きっと“タコ壺”には多数潜んでいる」


「なるほど、俺が“転生者”なのを利用して味方につけろと?」

「彼らは古参だろうし、派閥と関係なく分布している。だからこそ、情報も集めやすいし、いざという時の人員確保にも繋がる」


 隊長の言葉通りオークは人間を嫌っている。実際、俺が一ヶ月何もされずに無事なのは、バーリア含め近衛兵の一団と仲間だったからだ。


 料理班のオークと甘味を共同開発したことで、多少の好感度は得ていたが、俺自身にも仲間がいた方が都合がいいのは確かである。


「分かった。でも何をすればいい?」

「俺が噂を広げる。向こうから接触してくるまで、待っていてくれ!」


 確かに、こちらから無理に探るよりは、その方が安全だ。


「とにかく、俺たちの目標は今から1ヶ月半後の新月。ゴブリンは夜目を持つが、真っ暗闇の中なら彼らの探索から逃れることができる」


「ああ、そうだな。とにかく、新月を目標とするか!」

 その隊長の言葉で、今日の深夜の会議は終わった。


 *§*


 数日後、今日も一日が始まり地下深くでの作業は続いている。


 正直、人間である俺にとって、この鉱山の仕事は過酷そのものだった。ただ、近衛兵たちの働きには助けられている。


 自慢の筋肉を持つ隊長とドルベの二人が、掘削マシーンのように掘り進めていくので、残りの三人で魔石を含む土砂を運ぶ作業を続けていた。


 仕事が終わり、食事のために並んで夕食を終えると自由時間を迎える。そのあとは体を洗って半裸で辺りを歩き、この小さな集落の変化を観察していた。


 “タコ壺”の上部に設置されたゴンドラからは、食用スライムなどの大量の物資や新入りのオークたちが運び込まれる。


 逆に、上に昇れる者は限られている。それは、“ガスター団”の幹部か、“建築班”と呼ばれる、この“タコ壺”を支える大工たちの二組だけだった。


 そういえば、あれ以来、人間が運び込まれてくることはなかった。


 気になってタブラに聞いたところ、そもそも、この地域全体では人間が珍しいらしい。どこかから、少数の人間が奴隷として雑国に連れられているという噂もあるが、それは労働力としてではない。


 聞きたくはなかったが、ホフゴブリンなどの上級国民が使用する『玩具』として、需要が存在している。


 「まあ、コーヘイは男でよかったな!」と背中を叩かれると、その言葉の意味を悟り、嫌なところだけ『異世界』だなと痛感する。


 今日も、いつもどおりの散歩コースを歩く。


 最上段にある立派な小屋を巡り、中段に並ぶボロボロの小屋の路地を抜け、最後に最下部の中央広場の片隅に座った。


 相変わらず、“楽器隊”が演奏を続けていて悲壮感を演出している。


 ただ最近、少しだけ様子が変わってきた。それは、オークたちの視線を感じるようになったことだった。


(“転生者”という噂が広まっているからかな?)

 と考えながら、彼らの奏でる音色に耳を傾けていると——


「人間よ、あなたが“転生者”という噂は本当ですか?」

 その時、痩せたオークが突然声をかけてきた。


「それは、本当だ。でもどうする? もし、俺に何かあったら近衛兵たちが容赦しないぞ?」

 非常に情けないが、一応は予防線を張っておいた。


「きっ……危害を加えるつもりはない。頼むから、ついてきてくれないか?」

 彼は、オークにしては細身で、薄い布を体に巻き続ける格好をしていた。


 中央の広場から一つ上の段にあるボロ小屋へと案内されると「入ってくれ」と言われていたので、中に入っていった。


 そこは床もない土の空間で、壁際にはたくさんの黄色い魔石の欠片が並べられ、部屋を淡く照らしている。


「ディーアム様……我々を導く可能性のある者を連れてきました」

 奥にある簡素な神棚に祀られた像を拝み続けて、しばらくすると戻ってきた。


「すみません、貴方のお名前は?」

「高橋公平です、コーヘイと呼んでください」


「分かりました。私はこの“タコ壺”での司祭を務めさせている、ポルムと申します。では是非、ディーアム様の像をご覧ください」


 彼に連れられ数歩進んでみると、淡く照らされた石像が見えた。

 ただ、それは確実に見たことがある造形だった。


「これは……『神聖しんせいみここ』のフィギュア?」


 ああ知っている。これは深夜アニメ『みここバスター』のヒロイン。あの、はだけた巫女の姿を忠実に再現したフィギュアを、模して作られた石像だった。


「な! なんと! やはり“転生者”様は、女神様の御神体をご存じですか?」

 彼が仰天した表情を浮かべている。


 しかし……これは、どういうことだろうか?


 少なくとも、女神とされている“神聖みここ”が“転生者”であるはずがない。なぜなら元の世界でもアニメキャラなので、現実には存在しないからだった。


 ということは、“転生者”はアニメのファンかフィギュア原型師で、彼か彼女が像を造ったということか?


 宗教がなぜ生まれたか知らないが、彼女の造形が大変素晴らしく、長い時間をかけて女神として信仰されていって、やがて弾圧の対象となる。


 おそらく、そんな経緯だろう。


「確かに、転生元の世界でも彼女は皆の希望でした……」

 これは嘘でも誇張でもない。実際に一部のマニアの希望でもあった。


「なんと! やはり、お美しかったのでしょうか? 私たちは、この像を千年祈り続けて女神様の復活を夢見ております!」


 彼は、俺にすがるように祈っている。

 さて……この状況は悪くない。だが、どう扱えばいい?


 彼らの信仰心は十分利用できそうだ。だが、俺は“ディーアム教”を詳しく知らない。宗教の話はデリケートだから、下手したら逆効果になってしまう。


 だから、ことは慎重に進める必要があった。


「確かに私は、彼女を知っていますが、この世界での足跡は知りません。ですからまずは、彼女が残した歴史を教えていただけませんか?」


「ああ、はい! 女神の教えなら全てをお話します!」

 彼は、目を輝かせながら『伝説』を語り始めた。


 * 


 そのあと、2時間にわたって説法を聞いた。


 古代の時代、各地で奴隷として暮らしていたオークたちは、突然現れた女神によって森の地に集結し、一つの国家を築いた。


 彼女は、それまでのオークたちが持っていた凶暴性や無秩序を禁じ、皆が平和に暮らせる新たな世界を導いていった。


 やがて、女神の教えは経典として残される。


 時が進み、彼女は「次に現れるのは、新たな導き手となる“転生者”が生まれたときです」と語り、天へと姿を隠す。


 そして彼らは「私は貴方の中で生き続けます」との言葉を信じて、自分たちのディーアム像を描きながら祈りを続けていた。


 時は進み、王国によって再び人間に支配されるが、トロンと呼ばれる英雄がボブランド大国を建国すると、“ポポロン教”が国教となった。


 そのあとも“ディーアム教”は細々と信仰されていったが、先代王トロン・ボブ12世は、たとえ“転生者”とはいえ、人間を女神とする宗教を危険と考え弾圧する。


 こうして、多くの教徒は“タコ壺”のような強制収容所に送られていった。だが、それでもなお、彼らは女神の復活を祈り続けていた。


 彼の説法が終わると、毎週末の安息日に行われるミサへと誘われた。

 当然、俺は快諾して小さな小屋をあとにした。


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