第3話 素晴らしき住まい
俺は、“タコ壺”と呼ばれる場所に送られてしまった。
「まあ、あの時バラバラに逃げたが、すぐに捕まってしまってな……兄ちゃんは崖を上がっていったから、上手く逃げ延びたと思ったんだが、残念だったな!」
結局、姫を護衛していた近衛兵と再会して、彼らと共に過ごすことになった。
「ここは、けっこう昔に人間が作った鉱山らしい。今じゃ、俺たちオークを捕らえて強制労働させる施設らしいな……」
つまりは、監獄だ。
何が間違ってしまったのか、俺は異世界に飛ばされ、囚われの身になってしまった。しかもだ……おそらくこの場所からの脱出は困難だろう。
周囲は、高さ30メートルはありそうな巨大な石組みの壁に囲まれ、山肌側は岩盤むき出しの崖になっている。
全体は、中心地へ向かうにつれて大きな段差が続く、すり鉢状のような構造になっていて、中央には円形状の広場がある。
段差は五段階あり、それぞれが中心を囲むようにボロボロの木造小屋が、みっしりと建ち並んでいた。
「まあ、なんとかなるから安心しろ。まずは、この暮らしに慣れねぇとな!」
俺はバーリアの案内で、“タコ壺”中央の円形広場から放射状に伸びる階段を上がり、三段目にある小道に入った。
「しかし、珍しいな。なんであんな場所にいた? 今じゃ人間の居住区なんて、ずっと遠くにあるはずだが……何か目的でもあったのか?」
「いや……なぜここにいるのか、正直わからないんだ」
正直、彼らに“転生者”だと伝えるのは、まだ早い。とはいえ、この高い壁に囲まれた監獄から、一人で脱出するのは無理がある。
ブタたちがギリギリすれ違える程度の幅しかない小道を進むと、彼は少し崩れかけている倉庫のような小屋の扉を開けた。
「お前ら、英雄が仲間になったぞ!」
中は板が敷かれただけの簡素な作りで、二人の筋肉質な男たちが床に座っていた。
「おお、あの時の人間か!」
「生きてたのか、よかったなぁ!」
そこには、バーリアより小柄な男と贅肉たっぷりの巨漢がいて、俺を強烈に抱きしめてきた。その時、ブタ肌のさわり心地は悪くなかったが、汗の臭いと筋肉のゴツゴツ感は気になった。
「ぐうぅぅぅぅぅぅぅ~~~~」
その時、彼らに反応するように俺の腹の虫が鳴る。
「ハハハハ、そうだ、オークと言えば食事だ食事! ちょうど炊き出しが始まる時間だ。お前ら……今日は祝いだ。たらふく食ってやるぞ!」
「飯は俺たちが取っていきます。隊長は色々と説明をしてやってください!」
近衛兵の二人は小屋を出ていき、しばらくして大量の料理を抱えて戻ってくると、それらを床に並べた。
何の素材を使ったのか、何の料理だか分からないが、匂いだけは食欲をそそる。
「じゃあ、まずはポロロ様に祈りを捧げよう……」
バーリアはそう言うと、皆は目をつぶり手を組んで祈りを始める。
「「では……食うぞ!!」」
そして、目を開くと一気に両手で料理を掴んで口に放り込んだ!!
腹のゲージは0になるほど減っている。だから目の前にある飯にありつきたい。だが、全てにおいて初めて見る食物に少しだけ躊躇が生まれている。
料理は3種類だ。
まずは、野菜の炒め物らしきものがある。
隣には、ブヨブヨの塊を焼いて焦げている存在。
反対側には、緑色のスープに青色の長い筋……おそらく麺類。
「おい、コーヘイの兄ちゃん。食わないと『無限胃袋』のトルベが全部食っちまうぞ!」
「ああ……分かった!」
俺は、バーリアに催促され覚悟を決める。まずは……無難な野菜の炒め物らしきものを食べようと手に取った。
レタスの異種かと思って手に取ると、裏面は赤く、血管のようなものが浮き出ている。恐る恐る口に入れると、食感は確かにレタスだった。
さらには鶏肉のような部位があり、香辛料が効いていて様々な旨味が繊維に染みこんでいる。さらに炒め油が風味を引き立てていて……旨い。
次は、ブヨブヨの塊に挑戦しよう。
柔らかい切り身を一つ手に取って口に入れて噛んでいった。あれ? これはまさしく肉だった。牛と豚の中間のような味がする、旨い。
ブタ?
ひょっとして、あの処刑された山賊の?
……いや、今は考えないでおく。
最後に、おそらくスープ麺。
これは、香りから期待していたが、口に入れると豚骨塩スープの味わいがする。麺はまるでビーフンそのもので、香辛料は強めで中華街の味わいに近い。
「おお、兄ちゃんもいい食いっぷりだ!」
食材は謎なのだが、味は悪くはない。というか旨くて最高だ!!
「バーリアさん、この肉って何の肉ですか?」
答えは聞きたくなかったが、どうしても気になった。
「ああ、これはスライムだぞ!」
「スライム?」
その時一瞬、俺の頭の上には『?』が浮かんでいた。
「この野菜は?」
「スライムだぞ?」
「この麺は?」
「スライムだ。全部スライムだぞ?」
は?
スライム?
あのスライム?
「何で知らないんだ? 様々な品種を生み出したのは人間だぞ?」
まあ、その言葉で何となく理解できた。俺たちの世界でも、人間は植物を品種改良して野菜を生み出し、野生動物を家畜にしてきた。
まあ、旨いなら気にしない。
ダンゴムシやゲジゲジより、よっぽどマシだ。
「しっかし、兄ちゃんは不思議と親近感があるよな! 人間なのは分かるが、随分とオーク味がある。 まるで兄弟みたいだ、ガハハ!!」
いやバーリアさん。それは俺ってただのデブってことでは?
おそらく、この世界の人間はスリムなんだろうな……と考える前に、彼らを信頼する証明として、全て打ち明けてもいいと思っていた。
この、よく分からない世界では仲間は貴重な存在だって分かっている。
だから、その絆は固くする必要がある。
「そうですね、それにはちと理由があって……」
だから、自分の秘密を打ち明けることにした。
「どうした? 兄ちゃん?」
「聞いてください。全てを話します……」
そのあと俺は、彼らに転生の話をする。
*
「なるほど、兄ちゃんは“転生者”だったのか。だから、オークとゴブリンの生息域に現れたってわけか。納得した、ガハハ!!」
俺は軽く説明を済ませると、バーリアを始め三人はしみじみと考え込んでいた。
「この世界には、“転生者”という話があるのですか?」
「ああ、オークが知るほど有名な話だ。“転生者”はこの西大陸で様々な伝説を残している。中には勇者と呼ばれて魔人の王を倒した逸話が有名だがな……」
まあ、彼らにとって良い印象で安心はした。
「おぉぉ人間はもう食事を済ませたぁぁ、かねぇぇ」
そんな、しみじみとした雰囲気の中で小柄で老齢なオークが入ってくる。
「爺さん、もう食事を済ませちまったぞ、いいのか?」
「ああ、いいよぉ。せっかくだから祝い酒を持ってきたよぉ!」
彼は大きな陶器の樽を地面に置くと、部屋の端からトックリのような器を取り出して、一人一人の前に並べていった。
「悪いが、今日のガスター券は使っちまった。いいかのぉぉ?」
「いいさ、いいさ。こうして小屋を使わせてもらってるしな。それに、そんな券なんざ明日にでも倍稼いでやるさ、ガハハ!!」
そして、奥に一つだけある大きな壺を開けると、箸を使って何かを取り出して皿に盛り付け、一つ一つ目の前に置いていった。
「つまみじゃよぉぉ」
「まあ、今日は祝いだ、飲め飲め!」
バーリアは、一人一人の器に注いでいった。
「スライムの卵巣じゃよぉぉ」
俺が、つまみを手に取って眺めていると、爺さんは和やかに言った。
卵巣……卵か。
とにかく思い切って、囓ってみると。
「これは、なんだ?」
塩で干したものなのだが、少々の臭みに旨みがある。
その時には、連想した食物が頭に浮かんでいた。
「カラスミか……」
ボラの卵を干して加工する高級品。
注がれた酒に口をつけると、臭みの奥からアルコールの香りが立ち上る。
うむ。高梁酒っぽいな。
それは焼酎というよりは、モロコシを原料にした酒の風味に近い。
その頃には、もう何が原料だとか興味は失せていた。どうせスライムを乾燥させてデンプン化し、酒を造ったのだろう。
アルコールは糖分さえあれば何からでも作れる。まあ、異世界といえばエールビールが定番だが、こうした渋い酒も悪くない。
突然始まった宴会は、大いに盛り上がった。
近衛兵の一人、タブラが突然軍歌を歌い始めると、トルベとバーリア隊長が踊り始めて、小屋の中は筋肉と脂肪が繰り出す暴力的な足音が響き渡っていた。
そして、気がつくと——
俺は、彼らの肉布団に包まれて眠っている。
*§*
翌日の早朝。
「「ガン、ガン、ガン、ガン!!」」
鍋を叩く音とともに、新しい一日が始まる。
当然のことだが、この“タコ壺”の住人には仕事が割り振られている。それは、逃げられない義務でもあった。
まだアルコールが抜けきらない頭で起き上がると、多くのオークたちと共に崖側にある鉱山の入り口に入り、しばらくはトンネルを歩き続けた。
いくつかの脇道を抜けると大きな空間に出る。そこには巨大な縦坑が掘られていて、天井からは荷物用の巨大なリフトが吊り下がっていた。
穴の壁面には、ぐるりと回るように木製の螺旋階段が設置されている。俺たちはギシギシと下り続けて、最下部を目指していった。
各班には発掘場所が別々に割り当てられているらしく、どうやら一番奥にある突き当たりが仕事場だった。
そこには、黄色く光る地層が見える鉱脈があり、魔石のランプが無くても辺りを淡く照らしていた。
俺たちの仕事はそこから魔石を採掘することで、ツルハシで掘り進め、産出された黄色魔石を荷車で運ぶ作業が続いていく。
「兄ちゃんは……まあ、運ぶほうが適性だな。頼んだぞ!」
バーリアの言うことは正しい。俺の体重は100キロ弱。だが彼らは200キロはある。それも脂身は少なく筋肉が主体だった。
それからは、ただひたすら荷車に黄色魔石を積んで縦坑まで運び、上部から降りてくるリフトにシャベルで積み込む作業を続ける。
その作業を爺さんオーク、近衛兵の中で最も小柄なタブラ、それに俺の三人で続けていった。
積み込んだ量は管理役のオークが記録すると、産出量に応じて仕事終わりに、出入り口広場で『ガスター券』と呼ばれる紙幣と交換してもらえる。
この“タコ壺”では、食事は一日一回。中央の広場で炊き出し担当の“料理班”によって調理され、無料で配布される。
ただし、酒やタバコ、気持ちよくなるスライムなどの嗜好品は、ガスター券との交換制で、皆は『ガスターの屋敷』と呼ばれる交換所の前に列を作っていた。
その日の夜も、様々な料理が床に並んで腹いっぱいになると、爺さんオークが酒樽を抱えて小屋に戻ってきた。
そして気がつくと、再び大柄な男たち三人のブタ肌に包まれ、彼らのいびきと共に、気持ちよく暗闇に包まれていった。
そしてまた「「ガン、ガン、ガン」」という鍋の音と共に目を覚ます。
まあ、これが俺の異世界の暮らしだった。