第2話 下せ正義の鉄槌
我ながら、完璧な登場シーンだった。
空中で縦に三回転して、アメコミのような着地ポーズ。
おそらく、あのピンク色の馬車の中にいる姫様も驚いているはずだ。そして、目の前のゴブリンどもは、剣がないので拳で粉砕してやる!
これから、俺の『異世界無双列伝』が始まるのだ。
「そこの、近衛兵たちよ……俺に任せてくれ!」
そう言って、俺は振り返る。
「お……おお、お前は。いや人間なのか? だが、加勢は助かるぞ!」
彼らは、突然の登場に驚いていたが、加勢だと理解すると前に出て陣形を組むように剣を前に構えた。
……ん?
今、何か引っかかる言葉を口にしたぞ?
人間?
人間なのか?
人間ってことは?
気になって、すでに横に並んでいる近衛兵に目を向ける。
確かに、彼らは立派な兜をかぶっている。だが、その奥に見える顔は……ブタだ。しかも、大きな牙をもつブタだった。
え?
と……いうことは?
後ろを振り返ると、ピンク色の馬車の窓から覗いていたのは、執事の服を着る者と、フリフリのついた純白の衣装に包まれる姫様が眺めていた。
だが……二人は、いや二匹ともブタである。
ちょっと待ってくれ、この世界にはブタとゴブリンしかいない?
もう、エルフとか猫耳は求めないから、せめて人間は存在してほしい。
!!!
いや否だ、早まるな!!
俺を人間として認識しているならば、人間は必ず存在する!!
「まあいい。この際、ブタ族に恩を売っておくのも悪くないだろう。さあ、かかってこい! 薄汚いゴブリンどもめ!」
最強の体を手に入れたんだ。定番初級モンスターに負けるわけがない!
「俺たちは人間とともに戦う! 姫様は先をお急ぎください!」
「「ありがとうございます。人間様、いつか必ずご恩をお返しします!!」」
後ろから、馬車の走る音と共に姫の太い声が聞こえた。まあ、紳士としては姫を助けるのは礼儀のうちだ!!
「では……私、高橋公平による快進撃を始めようじゃないか!!」
俺は、何かの映画で見た、カンフーポーズを取る。
「「ギエェェェェヤェェェェェッェェ!!」」
その時には、ゴブリンが襲いかかってきていて、一匹が半分錆びた剣を大きく振り下ろしていた。
「「そんなボンクラ、この今の俺には一切効かぬ……チョップ!!」」
まずは、一発で粉砕してしまうのは演出上もったいないので、試しに手刀をかましてみる!!
「ピタ。……」
あれ?
本来なら真っ二つに割れて、地面も炸裂する予定だったのだが、俺の音速を超える手刀は、ゴブリンの額でピタリと止まっていた。
その瞬間、奴の剣が「シュィィィィン」と風切り音を立て、俺の肩の皮膚を軽く切り裂くと、血が噴き出していた。
「「いたあっぁぁぁぁぁぁぁあ!!」」
その時、あまりの痛さが体を巡っていった。俺はダンスをするようにピョンピョン飛び跳ねると、奴らは攻撃の予兆だと認識して数歩下がっていった。
「おい人間……大丈夫か? 包帯ならあるぞ? 渡してやれ!」
数歩下がると、近衛兵の一人が布きれを渡してくれた。俺はそれを肩に巻き付け、深呼吸してから再び前線に戻る。
とにかく分かったことは、俺は怪我をする。
それに、手刀ではゴブリンを倒せない。
どうやら幸い怪我は軽傷で血は止まっている。だが、先ほどのダンスが効いたのか、近衛兵とゴブリンは互いに剣を構えるだけで、膠着状態が続いていた。
(彼らは、姫のために時間稼ぎがしたい。だが、ゴブリン側の意図は?)
と……考えていると、遠くから大軍勢が現れる。
「「ジオ! バサイ! ヤックス!」」
その中から何か大声が聞こえていて、大量のゴブリンたちは、その指示に従いながら俺たちのもとに迫っていた。
「人間よ、聞いてくれ……もう役目は果たした。だが、あの軍勢では俺たちは敵わない。だから皆で四方八方に逃げるぞ!」
「ああ、逃げるなら俺も得意だ!!」
本来なら、無双してレベルアップしたかったが、剣もない状況では無理がある。十分に人助け……いや、ブタ助けをしたし、今は立ち去るのが正解だろう。
「「ありがとう!! 感謝するぞ人間!! またどこかで会おう!!」」
俺は、彼らの声を後ろに、飛び降りてきた崖を駆け抜けるように這い上がる。そして一度森に戻ってゴブリンの魔の手から逃げようと考えた。
*
あれからしばらく、俺は走り続けていた。
十分にゴブリンの追っ手から逃げたと感じると、今度は街道が見渡せそうな丘を目指していた。
とにかくLV1の俺では、たとえゴブリン相手でも素手では無双できない。だが、足の速さと体力だけは自信がある。
しかも、錆びたとはいえ真剣の一撃を受けても軽傷なのだから、経験値さえ得れば無双できるだろうと気軽に考えていた。
そうして、見晴らしの良い丘にたどり着いた頃には、疲労と眠気が襲ってきた。
「慎重に進むために、まずは一休みするか……」
腹は減っていたが、人生初の長距離ランニングは思ったよりも疲れる。それに、空は夕暮れに包まれていて、夜が近づいていた。
「まあ、明日の朝になったら湖で魚でも釣るか……」
何か妙な達成感に包まれながら、心地よい風に吹かれていると、次第にウトウトと意識が遠くなっていく。
(なあに、明日になってから本気を出しても遅くはない)
そう思った頃には、本格的に眠りに入っていた。
*§*
「「おい!! 人間!! 目を覚ませ!!」」
その時、頬に冷たいものが触れる感触があった。
「「人間!! 金目のものは持っているか?!」」
この、やかましく低い声に、俺は目を覚ましていた。
「「死にたくなかったら、抵抗しないで金目のものを渡せ!!」」
めんどくさいので、目をこすって開けると、そこには大きなブタの顔があり、奴が構える剣先が、俺の頬に軽く触れていた。
(ああ、金目のもの……いやスマホは?)
気になってワイシャツやズボンのポケットを探るが、何も入っていない。
「「だから動くな!! 動いたら殺すぞ!! ひき肉にするぞ!!」」
ああそうだ、ブタは雑食性だったな……
「ああ、道に迷ってしまって……」
さすがに、食肉になるのは嫌なので、その場で両手を上げた。
「まあいい、そのまま立て!!」
言われるままに立ち上がると、彼らによって両腕を後ろで縛られる。
こいつらは、近衛兵たちとは違うブタで、おそらく盗賊だろう……まあ、これも定番イベントだなと感じながら、山道を歩いていった。
丘を降りてさらに森に入ると、洞窟がある拠点に辿り着く。そして、壁際にあるボロボロの檻に入れられることになってしまった。
作りも悪いし錠も壊れかけているので、ブタどもが寝静まった時を狙えば簡単に脱出できる。だから、それまでは休んでいるか……
まあ、そう考えていた時だった。
突然、洞窟内に何かが投げ込まれ、煙が蔓延していくと——そのまま、俺の意識は暗闇に包まれていった。
**§**
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ああそうだ。あの時、捕まってしまい、気がついたら処刑される寸前だった。
「「ギュウガラ! アレスタ! ゼゴ!!」」
目の前に立つゴブリンが、大きな斧を振りかざしている最中だった。
さすがに、あの大きさの斧が首に落ちれば、俺でも死ぬ!!
こんなところで死ぬのは、絶対にイヤだ!!
何をすればいい??
どうすれば助かる???
「「「ちょっと待て!! 俺は“転生者”で人間だ!! 人間だぞ!!」」」
俺の叫びによって、ゴブリンは少し迷い斧の動きを止める。
「「ニンゲン? ギャガ! ゴモ?」」
「「「そうだ!! 俺はブタではない人間だ!! どこかの王国の貴族だ!! 公爵様だぞ!! 責任者を出せ!! クレームだ、モンスタークレーマーだ!!」」」
とにかく、威勢を張れ、そうすれば何とかなる!!
「おい! ちょっと待て……そいつは山賊ではなくて人質側だ。それに人間だから何かの交渉に使えるかもしれん! ニンゲン! ゴモ! ゴモ!」
その時、別の場所から響く声に、ゴブリンは斧を下ろした。
「「ああそうだ、俺は人間だ……処刑だけは勘弁してくれ!!」」
「そうか、まあ運が悪かったな、ようこそ人間。ここはお前の先祖が作った通称“タコ壺”だ!」
俺は首を上げて声のする方を見ると、そこには牙が片方折れているブタが話しかけている。
「新入りを入れてやれ! ゴロロ!! ガゼ!!」
奴はゴブリンに命じると、俺は両手が後ろで縛られているロープを引っ張られて無理やり立たされ、尻を蹴られて前へと歩かされた。
横に並ぶ石の台座には、首のないブタたちの死骸が横たわり、地面には無惨な生首が転がっている。
「ブタだ……これはブタだ……ここは養豚所だ!」
とにかく一瞬、吐き気を催す。だが、頭の中で念じ続け必死に耐えた。
一呼吸して周囲を見渡すと、ここは山肌に沿って造られた構造物の上側。地面は石畳が敷かれ、周囲には多くのゴブリンたちが何かの作業に追われていた。
「おい人間……死にたくなかったら、ついてこい!!」
俺は、両腕が後ろで縛れたロープを引っ張られながら、歩いていく——
進んだ先には巨大な大穴があり、そこには鉄製の大きな橋が架かっていた。
「ギリク! 新入りだ……連れていってやれ!」
「はい、ボス!」
もう一人のブタが現れると、次は彼に連れられ橋を渡されていった。中央には、巨大な滑車があり、そこから伸びるワイヤーには鉄製のゴンドラが吊るされている。
「「ゴゾ! レギア!」」
「ああそうだ、ダーグ!」
「「モゴ! ダーリア!」」
ブタは、橋の脇に立つゴブリンに命令する。すると、奴らは近くのハンドルを一斉に回し出して、ゴンドラがゆっくりと上がってきた。
「おい、これに乗るぞ!! モゴ! メダス!!」
後ろを歩いていたゴブリンに槍で尻を突かれ、一緒に乗り込むことになる。そのあと、滑車に繋がるギアの固定が外され、ゆっくりと下降していった。
穴はとてつもなく大きく、深さはおそらく30メートル以上ある。下へ行くほどに広がり、底にはまるで街のように小屋が密集していた。
ゴンドラが地面に着地すると、ブタは「行くぞ人間」と言って降りる。そして「「オーイ、皆集合しろ! 新入りが入ったぞ!」」と叫んだ。
次に、後ろ側で縛っていたロープを外すと尻を強く蹴る。俺は、その勢いで広場の中央へと突き出されてしまった。
そこは街の中央にある広場らしく、次第にブタたちが集まってくる。
「だれか、人間の面倒をみる珍しいやつはいないか?」
それは、全てが男性だったが様々な体格の者が集まっていた。
「人間か……めんどくさいな……」
「臭えから嫌いだ!」
「肉にして食わないのか?」
だが、皆は首を横に振っている。
「じーさん、悪いがもう一人住人を増やしていいか?」
「ああ、いいよぉぉぉ」
そんな中で、一人のブタが老人に確認をとっていた。
「「おい、じゃあ俺たちの班で面倒を見るぞ、いいか!?」」
「チッ衛兵隊連中かぁ、まあいい……じゃあ、そいつらの言うことを聞けよ!」
人混みの中から近づいてくる男は、他のブタたちよりも体格が大きく、筋肉質で、まさしく戦士のような風貌だった。
「よう人間、一日ぶりだな! どうやら無事でよかった!」
彼の声は、なぜか聞き覚えがあった。
「まさか……あの兵隊か?」
「ああ、俺たちも捕まっちまった!! ガハハ!!」
あの金属の鎧は纏っていなかったが、姫を護衛していた騎士の一人だった。
「俺の名はバーリアだ。お前の名は?」
「……高橋公平だ、よろしく」
「タカハシ。でコーへイが家名か、じゃあ貴族なのか?」
「いや、まあ、貴族ってわけじゃないけど。コーヘイでいいよ」
「じゃあ、コーヘイ。お互いに牢獄に来てしまったが、よろしく頼むな!!」
俺は、バーリアと名乗る上半身裸のブタと握手をした。