第13話 結局は、そうなのね!
『あの時から、30分前の“タコ壺”』
近衛兵と“肉々団”の面々は、すでに上部を完全に制圧していた。
3台のゴーレムはすでに破壊されてガラクタとなっている。あれほどいたゴブリン兵は、ホフゴブリンの討伐により正門から逃げていった。
「「よし! 急いで降りるぞ!」」
ハシゴはすでに炎で消失していた。だが、彼らは持ってきていたロープをどこかに結んで、降りる準備を始める。
“タコ壺”の下部は煙に覆われていた。
音を立てずに慎重に、“ガスター団”や“第一団”に見つからないように、壁を蹴りながらゆっくりと降りていく……
すでに、炎は全て消火されている。だが、“建築班”の建物とその周りは炭と化していて、残っていた“肉々団”は“第一団”に捕らえられていた。
しかし、連中は上部から降りていくオークたちに気が付いていない。
炭鉱前の広場で、ロープでグルグル巻きにされた“肉々団”を笑いつつ、勝利を祝って酒盛りを始めていた。
「「お前ら、降りたら一気に攻めるぞ!!」」
隊長が静かに叫ぶと、すでに降りた近衛兵と“肉々団”の精鋭部隊が、一気に攻めかかり、酔っ払っている“第一団”を簡単に制圧した。
「隊長、大変だ。ガスターとドロムンダは洞窟に向かっていった!」
「そうか……頭がいないから、戦いの最中にアホみたいに酒盛りを始めていたのか。よし、急いで準備をして、俺たちもあとを追うぞ!!」
“第一団”を拘束して、縛られた仲間の拘束を外して手当をすると、一行は急いで地下へと向かうことにした。
*
それからは、コーヘイに貰った地図を頼りに、迷路のような旧坑道を小走りしていった。壊れた柵を越えて、さらに進むと壁が破壊された跡がある。
その奥には、天然の洞窟が広がっていた。
「この洞窟の奥に土砂崩れが起きた出入り口がある!!」
「「分かった、すでにガスターたちは辿り着いている。戦闘態勢を取りながら走るぞ!!」」
タブラの言葉で隊長は剣を構えながら、洞窟の奥を進み続ける。すると、突き当たりにある土砂の手前で、何かの騒ぎが起きている最中だった。
「「隊長! いいところに来てくれた。彼らを制圧してくれ!」」
「コーヘイ、何があった?」
どうやら、直前まで戦闘が起きていたらしい。すでに、“ガスター団”と“第一団”の連中は、コーヘイに何かをされて降伏をしている様子だった。
「お前たちが遅かったから、俺がドロムンダと戦う羽目になった。ただ、なぜか魔法が使えて勝ってしまったんだよ……」
確かに、手を上げて戦意を失っている連中には、ドロムンダの姿がない。地面には魔法の爪痕なのか、一直線にえぐれた溝だけが残っている。
「魔法……か。見たことがないが、凄い威力だな」
隊長はその跡を進んでいくと、奥の壁にはえぐれるように開いた穴があり、そこには一人の巨漢のオークが埋まっていた。
「なるほど、これが“転生者”の力なのか。ガハハ!! お前を味方にしてよかった!! よし……タブラ、トルベ。持ってきたロープで全員を縛るぞ!」
こうして、彼らは“ガスター団”と“第一団”の連中を縄で拘束していった。
*§*
それからは、再び全員で土砂を撤去していった。
大きな洞窟を完全に埋め尽くすほどの土砂だったが、常に炭鉱を掘り進めていた巨漢のオークたちにとっては楽な作業で、数時間もすると外へと繋がった。
周囲には、完全に朽ち果てた村の跡があり、ゴブリンの気配をまったく感じさせない森が広がっていた。すでに、辺りは明るく朝日が昇り始めている。
「「よし!! 各派閥ごとに別々の方角へ逃げるぞ!!」」
俺たちはリスク分散のために、四方八方に逃げることになっていた。
「パーリア! ありがとうな! “肉々団”を代表して礼を言わせてもらう。大国に辿り着いたら、皆で軍に入隊する予定だ……また会おう!!」
「ああ、絶対に逃げ延びろよ!」
騎士を目指していた彼らは、大量の怪我人を抱えながら森へと消えていった。
「コーヘイ、バーリア隊長。俺たちも進む。じゃあな!」
“建築班”の連中も別方向へと向かっていった。
確かに俺たちは“タコ壺”から脱出できた。だが、この地はギアスデス殲滅国の奥地なのだ。おそらく、すでに“タコ壺”には援軍が届いているだろう。
だから、これからは新たな脱出劇が始まる。
「コーヘイ、俺たちも行くぞ!!」
俺は、近衛兵の三人と共に、“ディーアム教徒”を連れて進むことになっていた。まずは、遺跡の方角から逆方向の山奥へと向かう。
「なあ、タブラ。一つ聞きたい」
「なんだ、どうした?」
その時、今まで気にしていなかった疑問に気が付く。
「この世界にタコって存在するのか?」
「ああ、存在するぞ……ちょうど、あの“タコ壺”くらいの大きさだ。人間は罠を作って捕らえるらしいが、俺たちは見たことがないな……」
「そうか……旨いのかな?」
「そんな思いをして捕るんだから旨いだろ?」
そこからは、ただひたすら山の斜面を登る。
**§**
あれから数日後。
俺たちは、山脈の峠を越えた先の森を歩いていた。
ここは、ゴブリンすら近寄らない魔物の巣窟。だが、巨大な狼や熊のような魔物に遭遇しても、近衛兵の三人によって食材に変わる。
俺も魔法で参戦したかったのだが、あの時以降、魔法を使うことができない。今となっては、あの時の声の正体も、魔法を扱えた理由も分からなかった。
雨をしのげる洞窟を見つけ、そこを仮の拠点に決めると、水場を探して生活の基盤を整えていった。
他の集団も、同じようにどこかに潜んでいるはずだ。
ギアスデス殲滅国を直線的に通過するのは自殺行為に等しい。ゴブリンは夜目が利き、嗅覚も鋭く、数も非常に多い。
だから、奴らの生息域を脱出してから潜み続け、警戒が解けた頃に“ボブランド大国”へと向かう。
だから、しばらく魔物の森で過ごすことになっていた。
*§*
それから、一ヶ月が過ぎた。
焦る気持ちを抑えつつ、魔物を狩りながら潜んでいた俺たちは、十分な期間を得たと判断して、再び進むことに決めた。
そこからは、なるべくゴブリンの勢力圏に入らないよう注意しながら、時間をかけて険しい山道を進んでいった。
その旅路を2週間ほど続けると、ようやくギアスデス殲滅国の境界を越える。
気が付くと、隊長たちと出会った街道が現れる。さらに進むと姫を救った場所に辿り着いた。そこからは山に入り、しばらく登ると遺跡が見える。
「コーヘイ殿、あれが“転生者”の神殿ですか?」
ああ、久々にみるマチュピチュのような廃墟。その光景に、教徒たちは手を掲げて深々と頭を下げていた。
正直、この遺跡が“神聖みここ”と関係あるかどうかは分からない。
だが、“ディーアム教”を作った“転生者”も、どこかの神殿で生まれている。だからこそ、何かしらの繋がりがあるのは確かだった。
「おい、コーヘイ俺たちは異教徒だから、ここで待機してるぞ!」
隊長たちはそう話すと、遺跡の石を椅子にして魔物の干し肉を食べている。
俺たちは、遺跡の階段を登り、神殿の内部へと入っていった。
「この中が、神殿内だ……俺は、あの祭壇で転生したのです!」
壁中が読めない文字で埋め尽くされた空間だが、教徒たちの求める答えがあるかどうかは、俺には分からなかった。
「「おお、ここは……素晴らしい!!」」
だが、彼らは初めて訪れる聖地に感動して涙を浮かべている。
「まあ、この場が“ディーアム教”と関係しているのかは分からない。でも、『神聖みここ』が本当に“転生者”ならば、同じような場所で転生された可能性が高いと思うんだ。だから、何か参考になればいいかな?」
「確かに、ディーアム様に通じるものはありません。でもこれは、勇者様の神殿ですね。覚醒の間と書かれています!」
その時、ポルム司祭は文字を一つ一つ眺めていた。
「読めるのか?」
「はい、所々分からない文字がありますが、何となく予想はできます!」
「何と書いてある?」
「えっと、現代の言葉に置き換えるのは難しいですが……勇者、覚醒する。覚醒の魔力が必要……手形に手を合わせる。ですかね?」
彼が指さした方には、手のひらの形をした窪みがあった。近づいてみると、その縁に細かな細工が施されている。
「やってみるか……」
俺はその場所に手を合わせた。すると窪みが淡く光り出し、何かが体の中に注がれていく感触を感じた。
「これが……力なのか?」
それは、体の中の空のバケツが満たされていくような感覚だった。試しに、軽く両手に力を込めてみると、そこには光の粒子が生まれていた。
「「これは! あの時と同じ力だ!!」」
俺は、とにかくこの力を試したくなり、思わず走って神殿の外へ飛び出し、空へ向けて腕を掲げる。
「「「ファイヤーボール!!」」」
確かに、イタい中年のポーズではある。しかし、掲げた右手から魔法が錬成されると、強烈な熱エネルギーが生まれていった!!
「「「ゴゴコォォドォォォォォォォォォォォォォオォォォォォ!!!!」」」
それは、巨大な炎に変わって爆音とともに空へと放たれていく——
結局、この世界も定番の異世界ではあった。
転生者は勇者として生まれ変わり、ご都合主義なチート能力が授けられ、迫り来る雑魚どもを簡単に駆逐するのだ。
「「おいおい! コーヘイ! やはり、お前は『勇者』だったのか!」」
その光景を見て、隊長が驚きの声を上げている。
「いったい何があった?」
「神殿に“転生者”を覚醒させる仕組みがあった。だが俺はその文字を読めなかったから、ポルム司祭の手助けで、何とか力を得られた!」
俺はタブラの問いに答えつつ、ようやく手に入れた力に感動していた。
「ほえ〜〜凄いな!」
巨漢のトルベは、干し肉を食べながら眺めている。
「「なあ、コーヘイ。大国に戻ったら、もちろん近衛兵の一員になるよな? 今は人間とも交易はしてるから、嫁の一人くらいは見繕ってやるさ!」」
そのあと、俺はパーリア隊長に背中を軽く叩かれた。
正直、ボブランド大国の実情はよく知らない。だが隊長たちと過ごした数ヶ月は、仲間として信頼できる絆は生まれていた。
それに、この魔法があれば多少の困難は対処できるだろう。
「「そうだな、俺たちの旅はこれから始まる!!」」
「どうした? まあ、大国まではしばらく旅が進むがな、ガハハ!!」
俺は……ようやく得た能力に感極まって、打ち切り漫画のセリフを口走ってしまった。まあ、とにかく力は得たし信頼できる仲間も得た。
だからだ。この俺は、この異世界で何とか成果を上げてやる。
まず、大国に到着したら完璧な地位を築く。そして、権力や経済力を利用して人間界に接触したあと、何らかのハーレム天国を目指すのだ。
猫耳でもダークエルフでもブタ肌でも何でも掛かってこい!!
だが、この状況で一つだけ文句を言いたかった。
それは——
「「俺が転生した世界は……ちょっと、初見殺しすぎるだろ!!」」