第11話 希望という地下へ
その時、“タコ壺”上部では、相変わらず戦いが繰り広げられている。
近衛兵と“肉々団”の精鋭たちは、陣形を維持しながら、戦意を失いかけているゴブリン兵を殲滅しようと攻撃を続けていた。
「「パーリア!! 下では、ガスターの連中と戦闘が始まっている!!」」
「「想定通りだ。このまま上を制圧するぞ!!」」
“肉々団”の団長・ロジウスは、フチから下の様子を見下ろすと叫び、パーリア隊長はゴブリンを剣で叩き潰しながらそれに応えていた。
確かに、ゴブリンの数は非常に多い。
だが、知能が低いとはいえ、彼らにも感情はある。だから、この状況では突っ込めば殺されると分かっていて、後方から聞こえるホフゴブリンの絶対的な命令にも、今では素直に従えないほどに士気は低下していた。
「「ロゼ!! アダゴ!! ロゼ!!」」
命令の声だけが響くが、ゴブリンたちの動きは非常に鈍い。
「「この勢いを維持するぞ、一気に突っ込め!!」」
オークたちは、動きを止めたゴブリンたちを剣で一気に叩き付けている。
次々に地吹雪が飛び交い、寸前まで活動を続けていた生物が肉片と変わっていく。だが、低脳な奴らは状況を変える術を知らず、考えることを止めていた。
「「今が好機だ!! ここでできるだけ倒すだけで状況が変わる!!」」
だが、オーク側も内心では焦っていた。この機会を逃せば、再び数の暴力で圧倒されかねない。
そう……戦場では、わずかなきっかけで戦局が激変する。
「「ゴーレム!! ギガ!! ギガ!! ロゼ!!」」
その時、彼らの奥から何かが動く気配があった。
それは遠くで稼働を始めた、巨大な3つの塊。
黄色い魔石の光を放ちながらゆっくりと起き上がると、蒸気を噴き出しつつ一斉にオークたちの方角へ進んでくる!!
「「おい!! なぜ、ゴブリンがゴーレム兵を所有してるんだ!!」」
その様子に、オークの一人が驚いた表情で叫んでいる。
それは人間が開発した魔法の兵隊で、オークの二倍ほどある背丈に頑丈な鎧。分厚い腕は長剣を握り、巨大な足が全てを支えていた。
「「俺たち近衛兵で受ける、前に出るぞ!!」」
隊長の号令で、タブラとトルベが一斉に前に出て盾を構える。
そしてゴーレムの長剣が振り下ろされ、「「ドゴオォォォン!!」」という轟音と共に襲いかかる。何とか盾で受け止めたものの、衝撃は凄まじかった。
「「これは何度も防げる攻撃じゃない!!」」
「「おい、このために用意した、とっておきの爆弾を使え!!」」
タブラが構えていた蓋の盾は、鉄の板が張り付けていたが、一撃を受けただけで大きく破損している。隊長が後方の“肉々団”に命令すると、数人の団員が腰に付けていた袋から何かを取り出しながら、前線へと走り出る。
「「ロゼ!! ロゼ!! ロゼ!! ロゼ!! ロゼ!!」」
ゴーレムの一撃によってオークたちの陣形が崩れたのを見て、ホフゴブリンは一斉突撃の命令を下す。
戦意を失っていたゴブリン兵たちは、ゴーレムの登場に再び活動を始め、ボロボロの剣と盾を握って、オークたちへと向かっていった!
*
“タコ壺”の下部でも、未だ激しい戦いが続いている。
すり鉢状の最下層にある広場を始め、各所で武器の交錯する音が響き渡っていて、地吹雪が舞う混乱の中で巨体が次々と倒れていく——
人数的に不利な“肉々団”に課された任務は、“建築班”の小屋の防衛。ここさえ死守すれば、上部を制圧した仲間たちと合流できて脱出できる。
今のところは、順調ではあった。
互いの戦力は五分五分で、精鋭部隊を外した“肉々団”は何とか守っている。
「「そろそろ、用意した兵器を使え!! 火を付けて投げ込むんだ!!」」
どこからか聞こえた号令を合図に、“第一団”のオークたちは、手にした丸い球体の導火線に火をつけ、大きく振りかぶって投げ始めた!
それらは空を舞い、“建築班”の小屋めがけて飛んでいく——
一つひとつが火花を放ち、炎を吹き出しながら地面や屋根に着弾すると、次々に火の手が上がり始める。
「「“建築班”の企みなど最初から分かっていた。だから、発火爆弾を用意していたわけだ。どうだ!! ドロムンダ、俺は頭がいいだろう!!」」
「「ガハハ!! だから、奴らを二分するために俺たちを我慢させていたのか!! あとは“第一団”に任せろ。下部は全て制圧してやる!!」」
後方から、ガスターと“第一団”の団長が戦況を見渡している先では、次々と投げ込まれる爆弾は炎を放ち続け、“建築班”の小屋はすでに火柱に包まれていた。
「「何とか火を止めろ!!」」
“建築班”の団員は必死に水をかけていたが、焼け石に水である。
炎は徐々に高く上がり、ハシゴに塗られていた耐火コーティングを蝕んでいくと、やがて火が移って燃えさかっていった。
それでも、下部に残った“肉々団”は懸命に抵抗を続けたが、結局は倍以上の人数差がある“第一団”によって、壊滅に追い込まれてしまった。
*
「コーヘイ様……火はハシゴに到達していますね。彼らは大丈夫でしょうか?」
「とにかく、俺たちは役割を果たそう……そろそろ向かうぞ!」
すでに、“タコ壺”上部での状況は分からない。だが、どんな状況になっても、計画の変更は許されてはいなかった。
全ては、俺たちの行動に託されている。
幸い、“ガスター団”によって放たれた火を放つ球によって、“タコ壺”内は煙に包まれ、鉱山入り口前の広場の視界を防いでいた。
「よし、気づかれないように慎重に進んでいくぞ!」
そこからは時間の勝負が始まる。
“ガスター団”の連中に気づかれないように壁際に進んで坑道に入る。最初にある分岐を旧坑道の方角へと向かい、迷路のようなトンネルを進んでいった。
*§*
「あのなあぁぁぁ。ワシがまだ若造だった頃、人間と一緒にこの古い坑道を掘っていったのじゃよ!」
昨夜、あのあとはイエトと共に例の場所へと向かっていた。
まずは旧坑道へと降りていく。“鉱山班”の連中が住む手前にある迷路から、さらに枝分かれして、奥へと進むと鉄格子で塞がれている場所に着いた。
「この先にあるのじゃぁあぁよ。あとはこの紙に書いた道順を辿るとよい!」
そう言うと、彼はズボンから折りたたまれた古い紙を取り出して渡した。
いろいろな臭さが混じる匂いがしたが、気にしないで広げていくと、入り口からの脱出経路が地図として描かれている。
「なあ、イエトの爺さん。本当にいいのか? この秘密の抜け道を使えば、住民の大半が脱獄してしまうんだぞ?」
「はは、はぁ……まあ、出入り口は土砂で埋まっているから簡単ではないぞおぉぉ。はぁぁぁぁ、その話を含めてワシの話を聞いてくれんかな?」
酔いが回ったイエトだったが、少し悲しげな表情を浮かべている。
「ああ、分かった……俺が人間の文明に辿り着いたら、この“タコ壺”の状況を広めればいいんだろ? “鉱山班”の爺さんにも約束したから伝えるよ……」
「ああ、頼むよ……そうしてくれ……」
*
そのあとのイエトの話は、長々と繰り返していたから要約する。
かなり昔の時代。この地域は人間の支配域で、彼らは新たな魔石を求めて周辺を探していた。
その頃は、人間とオークは敵対はしていなかった。なぜなら平野は人間、森はオークのテリトリーに分かれていたからだった。
互いに助け合いながら山々を調査していたところ、山の麓にある洞窟の奥で赤魔石の鉱脈が発見された。
その噂が各地に広がると、人々やオークが集まって洞窟の周りに村が生まれ、森の奥地にあった鉱山は、次第に栄えていった。
爺さん、いやイエトもその頃に父親と共に移住した。
その時の彼は、まだ希望に満ちていて、人間は頭が良いが力は弱い。だからこそ、オークは皆に頼られ慕われる存在だった。
二つの種族は共に協力を続けて掘り進めると、鉱山からは大量の赤魔石が産出されていった。
そのことにより、村は森からやってきたオークで賑わっていた。だが、彼らが幸せな時代は終わりを迎えていくことになる。
赤魔石の力は絶大で、人間たちはそれを用いて兵器や道具を次々と開発していった。それは鉱山でも同様で、赤魔石爆弾が発掘に使用されるとオークの優位性が徐々に下がってしまう。
戦争のあり方も大きく変わり、かつては強戦士として重宝されていたオークも、新兵器によって不要になる。
こうして人間界において、彼らの地位は徐々に低下していった。
この鉱山も大きく変わり、鉱脈に近い山の中腹に“タコ壺”が生まれ、そこには各地から集まったオークの罪人などが収容されていった。
だが、今ではその人間たちも、ゴブリンの侵略に怯えている。おそらく、それは人間たちが自身の能力を過信した結果なのかもしれない。
*
「ワシは人間に改心してほしいわけじゃないんじゃ。じゃが、お前さんはオークの気持ちは分かるじゃろ? だからこそ聞いてほしかった。頑張っておくれ」
おそらく、イエトにとって“タコ壺”は思い出が詰まった場所なのだろう。だが、この先、どうなるのかは分からない。
それは、俺たちの行いで、ぶち壊してしまうからだった。
*§*
迷路のような旧坑道。
何層にも分かれた坑道の先は、いずれも鉄格子で塞がれていた。その百を超える道筋の一つに、イエトから教えられた洞窟への扉があった。
頑丈な鋼鉄の鉄格子は、巨大なボルトで地盤に固定されている。
「よし……外そう!」
俺たちは“建築班”に作ってもらったバールのようなものを使い、テコの原理を利用して無理やり鉄格子をこじ開けていった。
簡単な作業ではなかったが、彼らは痩せているとはいえオークの集団だ。時間さえかければ外せないはずがない。
ボルトが岩盤から半分外れると、あとは思い切り蹴って鉄格子を倒す。そして、俺はイエトに教わった道順を辿り続けた。
そこからの道のりは単純で、いくつかの分かれ道を抜けると、突き当たりにレンガで覆われた壁が見えてきた。
「ここが出口へ繋がる入り口だ……」
その場所は通路がレンガで塞がれており、俺たちはツルハシを使って破壊すると、奥には広めの空間が広がっていた。
「話通りなら……この、天然の洞窟が出口へと続いているはずだ」
とはいっても、簡単には出ることはできない。なぜなら、出口は遥か昔の土砂崩れによって完全に埋まっているからだった。
天井からは鍾乳石が垂れ下がり、地面には湧き水が所々に流れている。さらに進み続けると、突き当たりが土に塞がれていた。
「「この先が出口だ!! みんなで掘るぞ!!」」
あとは時間との勝負だった。
*§*
その時、“タコ壺”の上部では、ゴーレムとの戦闘が続いている。
「「純度の高い爆弾はまだか!?」」
隊長たち近衛兵の三人は、奴らの攻撃をなんとか盾で受けていたが、剣で攻撃しようにも鋼鉄でできた外装には傷一つ付かない。
皆は、彼らを何とかして手助けしたかった。だが、“肉々団”の前線にも、相変わらず大量のゴブリン兵が盾で圧力を加えていた。
爆弾は空を飛び、ゴブリンは爆風で吹っ飛ばされ炎で焼かれるが、奴らは量と圧力で押し続けている。
「待ってくれ、運ばせているのだが、前線が一杯で到達できていない!」
「「ロジウス! ならばまずは俺に向かって投げろ! あとは何とかする!」」
高純度の赤魔石爆弾を運んでいるのは数人で、後方からロジウスの近くまでは辿り着けたのだが、ゴブリン兵による前線の圧力により近衛兵までは辿り着けない。
「分かった、受け取れ!!」
彼は、周りの何体かのゴブリン兵を一気になぎ倒すと、赤魔石爆弾を受け取り前線へと大きく放り投げていった
「「ガアァギィィィン!!」」
隊長は、ゴーレムの長剣を自身の剣で受け流すと、後方から投げ込まれた爆弾をノールックで受け取り、そのまま足の関節へと埋め込む。
「あばよ、人間が作った機械!!」
そう言って、後方へと退いた直後、「「「ドゴォォォォゴォォン!」」」という轟音と共に爆弾が爆発し、関節どころか片足全てを失ったゴーレムは姿勢を崩す。
それからの鋼鉄の塊は、ただクルクルと回って剣を振るだけの無能な機械へと変わってしまい、周りのゴブリン兵だけが犠牲になっていった。
「「よし、全ての爆弾を渡せ!! 残りの二体を駆逐してやる!!」」
隊長は一度後退して数個の爆弾を手に取ると、残るゴーレムたちの関節を次々と破壊していった。
*
「“肉々団”も、結局は大したことなかったな……」
“タコ壺”の上部ではまだ戦いが続く中、下部では“第一団”の連中が“建築班”の小屋周辺を制圧していた。
“肉々団”の団員たちは地面に座り両手を広げ、降伏の合図を示している。
二本の巨大なハシゴが設置されていた“建築班”の小屋も、今ではすっかり焼け落ちてしまい、黒焦げの残骸が残っているのみだった。
「ガスター。上の状況はどうなっている?」
「まあ大丈夫だろう。もしかしたらゴーレム兵が倒されたかもしれない。だが、所長はすでに本部に向かい援軍を要請している。数時間後には到着するはずだ」
そう。今起こっている騒動は、オークの国から遠く離れたデクリア雑国での出来事だった。だから全てを制圧できても、逃げることは簡単ではない。
“タコ壺”の正門から崖に沿って道が続いた先には、無数のゴブリンの集落が存在している。そんな中を無策に逃げ続けても、鼻がきき大量に生息する彼らから逃げ切るのは非常に難しい。
おそらく、近衛兵の三人は各個撃破しながら進めるので生き残ることはできる。だが、“肉々団”の面々は途中で捕まり、また“タコ壺”に戻されるだろう。
それほどまでに、この地域からの脱出は困難だった。
「ガスター様! 住民からの報告ですが、この混乱に乗じてディーアム教派の信者たちが鉱山へと向かったようです!」
「なに? 旧坑道から外に出ようって作戦か?」
「分かりません……でも来てください。まだ新しい足跡が残っています!」
一人のオークの住人が報告すると、ガスターはドロムンダ率いる“第一団”の十数人と“ガスター団”の部下たちを連れ、鉱山入り口へと向かっていった。
「おい、ガスター。何が起こっている?」
「おそらく、旧坑道にある出口に関する情報を得たのだろう……だが、聞いた話では、あそこは土砂崩れで完全に塞がれている。急ぐぞ!」
そう言い残し、彼らは坑道の奥へと突入していった。