第10話 真っ暗闇の決行日
新月。それは、永遠の暗闇。
それは、三ヶ月に一度だけ訪れる特別な夜。いつもは必ずどちらかの月が浮かぶこの世界に、光が一切消える夜がやってくる。
見上げれば、ただ一面に星空だけが浮かんでいた。
仕事を終えた俺は、教徒に出会うと何度もうなずき合い、いつも通りに夕食を終えると、静かに夜を過ごしていた。
決行の時間は、深夜。
その時が来ると、隊長たちは小屋に隠していた剣と盾を装備して、発光弾と爆弾が詰まった布袋をロープで腰に縛りつけた。
「さて、俺たちは先に出る。コーヘイ頼むぞ! 爺さん……さらばだ!」
「ああ、達者でなぁぁ……」
近衛兵の三人は特攻役として、一番最初にハシゴを登る役目を担っていた。
俺は、彼らが小屋を出てから、しばらく待機していた。そして、小屋の扉を「コンコン」と聞こえる合図と共に外に出ることにする。
「さて、俺も出るよ。イエトさん……ありがとう!」
「ああ人間よ……頑張っておくれぇぇぇ」
扉をゆっくりと開けて、一人の教徒と共に隊長たちが向かった反対側へと隠れながら慎重に進んでいく。
行き先は、“ディーアム教”の教会。たどり着くと、中では準備を終えた教徒たちが待機していた。
「コーヘイ様、問題が一つあります」
「どうした?」
彼らの中から、ポルム司祭が俺に何かを伝える。
「まだ坑道へは向かえません。“第一団”の連中がツルハシを持って待機しています。おそらく、私たちの脱出計画が漏れていたのでしょう……」
「大丈夫、それも計画のうちだ。彼らがいなくなるまで待機していよう」
鉱山入り口の周辺は、彼ら“ガスター団”のテリトリー内にあるため、すぐに入れないことは承知の上だった。
そもそも“肉々団”の活動は筒抜けで、公然と模擬戦を行い団員を勧誘していた。それに、新月を選ぶことは、誰が考えても明白だろう。
だが、その彼らの活動がブラフとして機能してくれることを祈るしかない。とにかく、俺たちは外の様子を監視しながら、その時を待ち続けた。
*
そこは、“建築班”の小屋の前。
暗闇の中、近衛兵の三人と“肉々団”の面々が集まっている。
「お前ら……準備はできたか?」
「全員完了です、ロジウス団長!」
「「よし、お前ら! 俺たち、“肉々団”の戦力を見せてやるぞ! ゴブリンと裏切り者のオークを蹴散らしてやろうぜ!!」」
「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!」」」
その言葉に応え、盾を構える団員たちは同時に剣を掲げた。
皆は熱気に満ちており、鍛え抜かれた自慢の筋肉を震わせながら、互いに成功を祈って視線や言葉を交わしている。
「よし、我々“建築班”も始めるぞ!」
“肉々団”の大声の中、彼らは屋根に登ると木槌で板を破って引き剥がしていく。その奥からは、蛇腹折りで並べられた太いハシゴが姿を現した。
同時に室内では、大きな滑車に繋がるハンドルを必死に回していくと、奥にある巨大なゼンマイが「キシキシ」と音を立てて巻かれていく。
全てが作動するように、各所に取り付けられていた支えを外すと、皆は屋根裏から地面に降りた。
「「よし、準備はできたぞ。パーリア! 始めていいか!」」
「「ああ、始めてくれ!!」」
“建築班”の班長は外に出て隊長に向けて叫ぶと、彼は返事をする。
全ての準備は整った。
ここから先は、もう引き返せない。
「「よし、お前ら俺たち“建築班”の最高傑作を見せてやれ!!」」
「「オオオォォォォッォ!!」」
彼らの一人が、レバーを引くと——
ゼンマイに繋がるギアの留め具が外れて「ギュイィィィィン!」と一斉に回転を始めると、「ギシギシ」と響き渡る木材のきしみと共に機械が動き始める。
やがて「ゴオオォォォォォオ!」と響く轟音と共に、ゆっくりと折りたたまれていた巨大な二本のハシゴが、ゆっくりと広がっていった。
「「よし、まずは俺たち三人が先行する。状況を見てお前らも上がってこい!」」
隊長はタブラとトルベと分かれ、それぞれ両脇に向かうと、“建築班”が設置した屋根上への階段を上り、伸びるハシゴの最下段にたどり着いた。
分厚い二本の柱が、三本に折りたたまれていたハシゴの仕掛けは、様々な音を奏でながら真っ直ぐに伸びていく——
「「ガシイィィィッィィィィィン」」
ハシゴが完全に伸びきると、上部の端に設置される音が聞こえる。
「「よし!! 攻め込むぞ!!」」
その頃には、近衛兵の三人が一生懸命ハシゴを登っていった。
上部にいたゴブリンたちは異変に気付き、魔石のライトを“タコ壺”に向けると、いつの間にか巨大なハシゴが架けられていることに気がつく。
「「ガラバ、ダニ!! ダニーー!!」」
一匹が叫ぶと、もう一匹が近くにある鐘を鳴らした。
「「カンカンカンカンカンカンカンカン……」」
その音は各地に響き渡っていくと、休んでいたゴブリンたちが眠気を抑えながら、弓矢や剣や手にしていった。
巨体な三人の身は軽いが、まだハシゴの半分しか登っていなかった。だが、すでに周辺には、鐘の音によってゴブリンが集まってきている。
「「よし、開始だ!! 皆、順番に発光弾を投げ入れろ!」」
“肉々団”たちは“タコ壺”の上空へと次々と投げていくと、「ギュィィィィィン」という音と共に、辺り一面に強力な光が放たれてゴブリンの視界を奪っていった。
「「ドレ!! ドレ!! ドレ!!」」
一人のゴブリンが叫ぶと、一斉に手元にある弓で“タコ壺”に向けて放つが、常に上がる発光弾によって狙いが定まらず、ただ闇雲に飛んで行っている。
「「「よおし、上部を確保するから、お前らあがってこい!!!」」
隊長たちは“タコ壺”の上部に到達すると、剣を握って発光弾に戸惑っているゴブリンをバッサリ切りつけていく——
ゴブリンたちは半分パニックに陥っていた。すでに、何体かは足を踏み外して“タコ壺”へと落下すると、どこかの小屋の屋根を破壊している。
そうしている間にも、“肉々団”から選ばれた精鋭部隊がハシゴを登り始め、次第に上部へと到達していった。
次第に“タコ壺”の縁には、オークたちの一団がハシゴが架かる場所を守るように陣形が組まれ、脱獄計画の第一段階は成功する。
*
“タコ壺”の上部から発光弾の強い光が放たれている中、“建築班”の反対側に位置する“ガスター団”と“第一団”の面々は集結しているが、動きを見せなかった。
彼らはただ、ゴブリンと戦闘を行っている上部の様子を眺めている。
「まさか、あんな仕掛けをしているとはな!! おいガスター。奴らは脱獄をしてしまうぞ、なぜ待機を命じているんだ!!」
“第一団”の団長であるドロムンダは、その指示に苛立ちを見せている。
「焦るな……これは、俺が想定していた展開だ。まずは、奴らを半分上がらせて戦力を二分させる。そうすれば、上下で優位に保てるってわけだ!!」
「だが、下は俺たちが対処できても、上部はゴブリンどもで戦えるのか?」
「安心しろ……そのために、わざわざ用意した兵器がある……」
*
「「ギガ!! アダゴ!! ロゼ!!」」
“タコ壺”のフチでは、ホフゴブリンの命令によって兵隊が現れると、彼らはオークたちを取り囲むよう陣形を組み始める。
いくら、精鋭の近衛兵や連日特訓してきた“肉々団”の精鋭でも、後ろが断崖絶壁という状況は不利だった。
確かに、普通のゴブリンの知能は低い。だが、ホフゴブリンは人間に匹敵するほどの頭脳を持っているため、オークたちの弱点を突くのは容易だった。
ゴブリンの兵隊は身の丈に合わない大きな盾を構えている。下から放たれた発光弾が次々と光を放つが、彼らは盾を利用して光を遮っていた。
さらに、その数は徐々に増え続けている。
「「大丈夫だ!! 力では絶対に負けないぞ!!」」
隊長がそう叫びながらその陣形に突撃し、もう一つのハシゴが架かる場所を守っていたタブラとトルベも、突入して大きく振るった。
そこから乱戦が始まり、盾で何とか防御しつつ圧力を加えるゴブリンと、体重と筋力で強引に押し通すオークたちの激しい戦闘が展開された。
“肉々団”は次々とハシゴを上がっていったが、それ以上にゴブリン兵も加勢してくる。奴らは、盾を構えながら剣を振るうオークの一団へと攻撃を続けていった。
近衛兵の戦力は強力で、次々とゴブリンを切り倒している。だが、ゴブリン兵も何とか盾で耐えながら剣を突き出し続ける。
「「けっこう厳しいな!! そろそろ、いいだろう……奥の手を使ってくれ!!」」
隊長たちは、敵の圧力にも負けず軽々と避けていたが、“肉々団”の数人は突き刺されて負傷していた。
「「分かった!! 爆弾を使うぞ、一斉に投げろ!!」」
登ってきた十数人が、袋に詰めていた中身をゴブリン兵に向かって投げ込んでいくと、放物線を書きながら飛んでいく——
そうして、ゴブリン兵の前線の後ろ側に落ちていくと、一度強力な光を放ったあとに、「「ドゴォォォォォン!!」」と爆音が響き渡り、強烈な炎が辺りに向かって飛び散っていった。
さらに、上部へと登っていた“肉々団”の半数がハシゴを登り切ると、次々と爆弾が放たれ爆発は繰り返された。
ゴブリン兵の陣形内では次々と爆発が続き、炎と共に緑色の肉片が四方に飛び散り、兵隊全体に戸惑いが生まれている。
「「この勢いを利用する。圧をかけて陣地を広げていくぞ!!」」
ロジウス団長の先導で“肉々団”が兵隊に突っ込んでいき、盾を構える彼らを蹴り倒して、剣を大きく振り下ろしていった。
大半は素人だった“肉々団”の連中だが、隊長たちの特訓と体格差を活かして、ぎこちなくもゴブリン兵を倒していた。
爆弾も非常に効果的で、100名を超えていた彼らを次々と爆破し続け、その圧倒的な数も徐々に減っていく。
「「ロゼ!! ロゼ!!」」
後方からはホフゴブリンが叫んでいたが、この状況では突撃しても簡単に死ぬのが見えている。だからこそ、さすがのゴブリン兵たちもたじろいでいた。
「「この勢いを利用して上部を支配するぞ!!」」
「「オオォォォォォォォォォォォオオ!!」」
ロジウス団長の号令とともに、上部の“肉々団”はゴブリン兵に突撃していった。
*
「「よし! 今が好機だ!! “建築班”の小屋を制圧するぞ!!」」
それから数分後。オークたちが巨大な二本のハシゴを登り切るのを確認すると、ガスターが大きく叫ぶ!
「「「おまえら、全員でボコしにいくぞ!」」」
その声に呼応するように、“第一団”の団長も大声をあげた!!
百人近いオークが一斉に、さまざまな道を通って“建築班”の小屋へと向かい、盾を構えていた“肉々団”と交戦状態に突入した。
「「俺たちは、精鋭部隊からは脱落はした。だが絶対に小屋を死守するぞ!!」」
「「お前ら!! 奴に負けるな!! 打ち負かせ!!」」
双方からの怒号が飛び交い、彼らからは剣とツルハシが振り落とされ、それが交じり合って「「ガキーイィィィィン」」という金属音が鳴り響いている。
数の上では圧倒的に、“第一団”のオークが多い。だが、“肉々団”は連日の稽古と剣や盾などの武器により、今のところの戦力は拮抗していた。
巨大な肉体をもつオークは、二つの大きな鼻穴から息を取り込むと、強く吹き出し、鍛え抜かれた体格による武器と武器の激突が戦場を支配していた。
肉と肉が交じり合い、血と汗が噴き出している。
すでに何人かが負傷していたが、双方の味方によって戦線から引きずられるように戻されている。
こうして、“タコ壺”での戦闘は激化していった。
*
その時、俺はポルム司祭とともに小屋の影から鉱山入り口の様子を覗いていた。
確かに“第一団”の全員が戦闘に向かっていったが、“ガスター団”の数人がその場に残ってる。
「なあ、ギリク。俺たちは留守番でいいのか?」
「ガスターはこれから“タコ壺”を半分焼き尽くすんだ。俺たちは水を掛けてガスター様の小屋を守らないといけない……」
彼らは樽を持ち、水場で水を汲むと小屋の方角へ戻っていった。
「彼らは、ガスター直属の部下のギリクとボーレです。おそらく直属の部下に守らせているのでしょう……」
彼らの一人は“タコ壺”へ連行された際に、俺をゴンドラに乗せた男だった。
「そうか。とにかく、彼らに見つかってはまずい。もう少しだけ様子を見て待つしかないな……」
「そうですね。もう少し待ちましょう……」
今の俺たちは、焦る心を抑えて隠れ続けることにした。