始まりの日
「この世界には、魔王も勇者もいやしない。
魔王や勇者どころか、神も仏すらもいやしない」
ベッドの上で、愚痴るように呟いた。
ごほっ、ごほっ。
「こっちは風邪で寝込んでるっていうのに……全く。
親すらいないなんて……」
両親は、中学三年のときに事故で他界した。
なんとか家は相続できたが、両親の死後に受け取った保険金の三分の二は、
ほとんど会ったこともない親戚に持ち逃げされた。
「ああ……人類の八割くらい滅べばいいのにな」
誰に言うでもなく、天井を睨みながら呟く。
四十度を超える熱のせいか、思考がぼんやりしている。
現実なんてくだらない。
神も仏もいない世界で、理不尽だけが積み重なっていく。
生きるには金がいる。
金がなければ、誰も助けてくれない。
孤独と貧乏は、いつもセットでやってくる。
それが、この世界のルールらしい。
俺がこのまま熱にうなされて死んでも、誰も気にしないだろう。
たぶん、腐臭が漂い始めた頃に近所の誰かが警察を呼んで、
役所の職員が淡々と処理して、それで終わりだ。
「……それなら、それでもいいか……」
視界がぼやける。
眠い。
熱に沈むように、体が重くなる。
そのまま、すべてが消えてしまえばいいのに。
──ふと、耳元で声がした。
《願いを聞き届けた》
男とも女ともつかない、不気味で機械的な響きの声だった。
次の瞬間、ふっと体が軽くなる。
意識が闇に呑み込まれていく。