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『オリエンタルアート』シリーズ。

黄金旅程のその後で

『オリエンタルアート』シリーズ。ナンセンス物語です。

『夏の始まり』という趣のある日の事、これまでに歩いたことのない不慣れな道を歩いている青年がいる。GPS機能で位置を確認しながら少し小高い場所にある背の高い洋館とも言える建物の門の前で立ち止まった彼の名は何を隠そうバンデンラ・ゴジジウこと吉岡末吉である。午前でも近辺とは違う妙な静けさのある場所で、門の中には番犬が居るのが分かる。敷地内に茂木々もどこか日本的ではなく、ゴジジウのような庶民感覚では気後れがしてたまらないようなシチュエーションだけれど、今回は取りも直さず館の主が直々に彼に面会したいとの事である。



「よし…」



意を決してインターフォンを押す。しばらくして、



「今遣いを向かわせますので」



という家主のものと思われる声が聞こえてくる。そこで少し気が緩み、



<立派な家だなぁ>



とか普通の感想が心の中に浮かんできた辺りで突然番犬が「ワン」と鳴いてまた気が引き締まる。



「そうだ。今日は『商談』なんだから、気合入れないと」



紙面でアート作品の依頼という話を受けてからというもの、彼の中で勝手に『ビジネス』感覚が立ち上がり彼なりに今回の件を整理した結果、本日この館で報酬も含めた会話が交わされるであろうという事が想像された。今朝祖父である「かつらーむき」にも、



『第一印象で決まるからな』



と参考になるのかならないのか微妙なアドバイスを貰って、やる気に満ち溢れてはいるが、具体的な事はあまり考えてきてはいない。




そんな彼の前に現れたのはいかにも『執事』といういでたちの男性である。その洗練された動作と風貌に圧倒されながらも家の中に案内され、おそらくは客間と思われる部屋に導かれたバンデンラ。そこも赤い絨毯に、大きなテーブルに、シャンデリアという『これでもかテンプレート』が待ち伏せていて、いよいよ己の中に「場違い感」がやってくるのをこらえ切れなくなってきた。



「すぐに旦那様がいらっしゃいますのでお待ちになっていてください」



「は…はい」



案内された席に座り、緊張しながら待っていると館の主がゆったりとした歩みで部屋に入ってきた。おそらくは高齢の男性で、非常に立派なスーツを来て現れ、朗らかな表情でバンデンラを見つめてから、



「お待たせいたしました。本日はお越し頂きありがとうございます」



と恭しく頭を下げた。



「いえいえ、こちらこそこの度はご依頼いただきありがとうございます」



それに倣うように、立ち上がって一例をして主が席に着くのを見守る。そんな風にして順調に始まったかに見える商談ではあるが、ここからがまたこの物語らしい展開になってゆく。一通り自己紹介が終わり、主の名が『マイケル飯田』という事からどうやら少し珍しい生い立ちである事が想像されはしたが、とにかく温厚な人柄であるという事が了解され、ゴジジウはほっと胸をなでおろしていた。ただマイケルの特殊性…あるいは奇特性はここから発揮された。



「確か、オリエンタルアートを目指されているという事ですよね。それも過去にあったオリエンタルアートではなく、新しいスタイルのオリエンタルアートという事だそうですが、それが具体的にどういうものか少しご教授いただきたいのですが」




「つまりですね、オリエンタルなアートというものは和の心を大事にしたアートで、日本的なものは生活の中に現れますから、そういうところからアートなものを引き出してくるという事ですね。ですが、オリエンタルという事は何も日本だけにはとどまらないわけで、オリエンタルなものとして日本の中にあるものを見てゆくという事ですね」



相手は流石に芸術の分野の知識があるらしく、バンデンラの説明でも一人うんうん頷いて「なるほど…そうか、その辺りがシュルレアリスムに通じるのか…」など納得しているようす。この辺りで気を良くしたバンデンラは最近製作している蝉の抜け殻を使ったアートで具体的に説明してみる。



「蝉の抜け殻は日本的なものですよね。そこに何かを見るという事をオリエンタルな発想だとするなら、つまりはそこにストーリー性があっていいと思うのです」



「なるほど。素晴らしい。幻惑的ですな!」



この辺りで勘の良い読者は気付かれるかも知れないけれど、マイケルは『オリエンタルアート』の『オリエンタルアート』性というよりも、そこからの発想が突飛すぎて『シュール』になってゆく様態に関心があるのだ。それは少し前に脱オリエンタルアートのコンセプトで製作したものが評価されたのと大した差がない。そんな齟齬にバンデンラが気付く様子はなく、とにかく自分の作品が評価されているのだという事を前提に今回の作品の依頼の詳細が取り交わされる。




「それでですね、今回は是非『絵画』の製作を依頼したいのです」



「どういうものをご希望ですか?」



「そうですね上手くは言い表せないのですが、私は『カミ』に興味があります」



「紙?ペーパーですか?」



アクセントの関係で思わず聞き直したバンデンラに対してマイケルはこう言った。



「いえ、『カミ』、つまり西洋でいう所の『GOD』というか、オリエンタルアートの中で神がどういう位置づけになるのか知りたいのです」



「ゴッドですか…。それは『八百万の神』の発想でも構わないという事ですか?」



バンデンラは一応確認したのだが、後者だった場合にバンデンラの手に負えるかどうかはそれこそ『神のみぞ知る』である。



「かまいません。むしろ貴方が思う『カミ』を表現していただければ私は満足です」



「なるほど…大作になりそうですね」




というような話から、報酬、その渡し方など、或いはちょっと世間話的な事をして『商談』は無事(?)終了した。帰り際、バンデンラは再び門の所まで送ってくれた執事にこう訊ねる。



「執事さんのお名前は何て言うんですか?」




特に訊いた理由はなかったものの彼はこう答えた。




「古城=ミハエル=セバスチャンです」



念のためもう一回発音してもらってからバンデンラは館を後にした。

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