第一部 8話 不思議なパーティは既視感のある戦闘をする
俺たちは依頼を受けて、近くの森までゴブリン退治に来ていた。
ゴブリンは緑色の魔物だが小柄で非力だ。群れがあっても対処できるはず。
今戦っているのは三匹のゴブリンだった。
ゴブリンは最弱の魔物と言って良い。数が少なければ怖くない。
「待て! もう少しで出そう」
「ギャギャギャ!」
俺が言うとゴブリンは何事かを叫んだ。
言葉は通じないのに何を言っているのかは分かった。
きっと『待つわけねーだろ』だ。
ゴブリンの振るう木の棒を俺はひらりと避ける。さらに数回。
職業によって差異が生まれるのはスキル、魔法、奇跡、そしてステータス。
勇者だった頃の俺は筋力系ステータスが異常に高かった。
しかし今はただの魔法使い。
筋力系ステータスは大幅に低下している。魔法系ステータスは少し上がった。
それでも避けることは難しくない。
実際に剣を握れば勝てそうだとは思う。
「出るって何が!?」
カイが叫ぶ。
「火球。すぐそこまで出かかってるんだけど……」
「魔法はお婆ちゃんの物忘れじゃねぇんだよっ!」
カイはゴブリンの持つ刃物と競り合っていた。
嘘だろ、腕力が互角……なのか? いや、少し負けている?
話している間もじわじわとカイはゴブリンに押されている。
ひょいと俺は目の前のゴブリンが振り下ろした木の棒を避けた。
「仕方ない、やるぞ! ファイアボール!」
「早くしろ……っ!」
腕を伸ばす。俺の前に炎が集まっていく。
やがて人の頭くらいの大きさになり――ぽとりと森の地面に落ちた。
「線香花火を出してどうするんだよ!? 落とすんじゃねぇ、飛ばすんだよ」
「……だから言っただろ」
俺の言い草に苛立った様子で、カイが俺をきっと睨んだ。
さらに「何を?」と訊く。
「待てって言っただろ」
「うるせぇっ! 待っても変わらねぇよ!」
焦げた地面から目を離し、カイを睨みつける。
いつの間にか、カイはゴブリンに追い詰められていた。
樹の幹に背中を預けて、荒く息を繰り返している。
……どんだけ体力ないんだよ。
「おい、さっさと次の魔法を撃て! 今回は待ってやる。成功させてみろよ?」
その状況で良く喋るなぁ。
「あんたたち、お互いの装備を間違えて来たの?」
ニコの質問に俺たちは答えなかった。
「カイから離れてぇ!」
ナイフ片手にアリアがゴブリンへと走る。
相変わらず目は瞑ったままだ。
「なんであの子、視覚情報を捨てながら敵に居場所を教えて突っ込んでいくの?
ハンデか何かなの? 達人なの? 違うよね」
アリアがゴブリンに到達するより早く、こけた。ごろごろと転がる。
しかし――迎え撃とうとしたゴブリンはアリアに躓く。
「うっ」
よろめいたゴブリンが転び、地面の岩に頭を強く打って気を失った。
アリアはこういうことが良く起こる。
「なにあれ? 鑑定スキルなんてないけどさ。
どう考えても幸運のステータスが異常に高いよね?」
ニコが俺とカイを見た。俺たちはさっと目を逸らす。
そう、女神の寵愛を一身に受けるアリアは幸運値が凄まじく高いのだ。
「ニコ、助けてぇ……」
アリアは呻くようにニコへと手を伸ばす。
「大丈夫!?」
ニコが慌てて駆け寄る。カイはニコを庇うように前へと出た。
転んだだけに見えたが、大きな怪我でもしたのかもしれない。
「みぞおち、蹴られた……」
「そう、それは痛かったわね」
アリアの言葉にニコは明らかにほっとして見せる。
大事にならなかったからだろう。
ニコが祈りを捧げる姿勢を取ると、アリアを白い光が包んだ。
回復士として奇跡を行使したのだ。
ニコは回復士としては平均的な能力を持っているようだった。
奇跡というのは天界の力を下界に持ってくる力を指す。
俺も詳しくは知らないが、いくつか種類があるとは聞いたことがある。
回復などは祝福、呪いなどは呪詛、持ってくる力によって変わるようだ。
「うぐぐ……」
鍔迫り合いながらカイが唸る。
俺はゴブリンの攻撃をまた避けた。
「もう良い?」
ふよふよと浮きながら、シルが訊いた。今日はやけに早いな。
そうか、カジノに行きたいからか。
シルが風の刃で残ったゴブリンを倒した。
何か既視感があると思ったら、これって養殖じゃねぇか?
ギルドで金を受け取ると、その場でカイが分け前を渡していく。
こういう時は宿代を除いて等分とルールは決まっていた。
「じゃ、じゃあ、少しその辺りをぶらついてくるかなー」
「おい」
分配が終わり、ギルドを出るとシルが言った。
どう考えても嘘だ。既にカジノがある方向を見てたもの。
追及されたくないのだろう。すぐにシルがぱたぱたと飛んでいく。
「よし、行ったな」
「……あのさ、ひょっとしてシルって」
ニコが言いづらそうな顔を見せた。
分かるぞ、精霊だからな。
「スロカスだ」
しかしカイは容赦なく言い捨てた。
さらに今後の方針について続ける。
「とにかく貯めるぞ。シルに存在を知られないことが重要だ。
金があると知ったらあらゆる手で使おうとするだろう」
その通り。本来、相手は頭も口もよく回る。経験だって豊富だ。
さらに俺たちをよく知っている……ほんと、頼りになる仲間だったのに。
「それじゃ、私もそろそろ……」
ニコが言った。
「騎士団の詰所に行くんだったか」
「行っちゃうんだね……」
俺が言うと、アリアはあからさまにしょんぼりとしていた。
随分と仲良くなっていたからなぁ。
「ええ、昨日は助かったわ。ありがと。
何だか不思議なパーティだったけど、組めて楽しか――」
その時、カンカンカン、という音が鳴り響いた。
すぐに街が騒がしくなる。
「何だ?」
「街の警報……余程のことがなければ鳴らないはず」
直後、街全体に魔道具を通して声が響いた。
『緊急連絡です! 魔物の暴走が確認されました。
依頼を発令しますので、冒険者はギルドに集まってください』
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