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第一部 7話 聖女のよっこいしょはとても美味しかったから

 食事が終わると、早めに就寝することになった。

 長かったが、今朝ハイデに到着したばかりだ。流石に疲労が大きい。


「ニコちゃん! シル! 三人でお話しよう」

「……別に良いけど。私も外について聞きたいし。実は精霊も気になってる」

「えー、そんなに面白いものじゃないよ?」


 女三人はすでに打ち解け始めている。

 一方、男二人はと言うと。


「ち。お前と二人部屋になるのかよ……」

「うるせぇな。金がないんだから仕方ねぇだろ」


 は? あ? 俺とカイは睨み合う。

 昔から俺たち二人はそりが合わない。


 しかし最近は喧嘩が減っていた。

 別に仲が良くなったわけではない。丸くなったつもりもない。


「まぁまぁ、二人とも落ち着きなよ」

 シルが俺たちの間に割って入る。


「……お前が言うな、握り潰すぞ」

「羽をむしって売りさばいてやろうか?」


 俺とカイが同時に言った。

 今は共闘関係にあるだけだ。




「なぁ、金ないぞ……どうする?」

「何とかするしかないだろ」


 思わず後ろのベッドで眠るカイに訊くとすぐに返事が返ってきた。

 俺の言いたいことは分かっているだろう。


 当然、シルにも問題はある……いや九割九分九厘シルのせいだが、そもそも弱い俺たちにも問題はあるだろう。強く出れないのも俺たち自身は弱いからだ。


「……魔法を教えてくれ」

「っ」


 俺の言葉に背中越しに息を呑む音が聞こえた。

 意地になって、今まで俺はカイに教えを乞うことをしなかった。

 

 だが『賢者』の地位は伊達ではない。さらに最高位の第五階梯持ち。本来ならこれ以上の教師はいない。このままでは、いつまでも変わらない。


「分かった」

「じゃあ、この街で落ち着いたら……」


 カイの返事にほっとする。

 しかしカイは続ける。


「ただし交換条件だ。お前も俺に稽古をつけろ」

「……仕方ないな」


 カイも独学で行き詰っていたということだろう。

 流石に断る筋ではないので、俺も頷いた。


「でも当面の金はどうする? その日暮らしだと限界があるぞ」

「……ふむ」


 カイはしばらくの間、考え込む。シルの出費が増えるはずだ。

 やがて俺が眠りに落ちる間際、小さく呟いた気がした。


「よし、小出しにしよう」




 翌朝。朝食は別の時間帯に食べて良いらしい。

 カイはまだ寝ていたので、先に済ませてしまった。

 

「あ、おはよ」

「おう、おはよう」


 部屋に戻ろうとすると、ニコとばったり出くわした。

 どうやら一人のようだ。アリアとシルもまだ寝ているのだろうか。


「ねぇ、アリアがどこにいるか知らない?」

「あー……それなら多分、日課だな」


 確か裏庭があったはずだ。あそこがちょうど良い。

 首を傾げているニコを連れていく。


「あ、いた」

 ニコが指をさした。


 裏庭には大きな井戸があって、アリアはその隣に立っていた。

 水を飲んでいたらしいアリアはその場に腰を落とす。


「よっこいしょ……あ、言っちゃった」

 そんなふざけた掛け声を出しては口元を手で覆う。


 両手を組んで目蓋を閉じた。

 そうして自然体のままで僅かの間、アリアは彼女の女神に祈りを捧げる。


 聖女をやめた後も毎日続けている彼女の日課だった。

 長い銀髪が朝日を映す姿は誰もが見とれるだろう。


「……驚いた。随分と綺麗に祈るのね」


 隣でニコが声を漏らした。俺は黙って肩を竦める。

 元回復士だとは言えない。ましてや『聖女』だなんて。


「よっこいしょ……あ、また言っちゃった」 

 祈り終えたのだろう、彼女は立ち上がる。最後にふざけた掛け声を繰り返した。

 

 あ。

 片手で口元を覆った顔と視線がバチッとぶつかる。


「ニ、ニコ!?」

「アリア! すごい綺麗に祈るんだね!」


 ニコがアリアへと走っていく。

 昨日の内に随分と仲良くなったみたいだ。


「ひょっとして見てたの……?」


 アリアが困った顔を浮かべる。

 まあ『聖女』だと知られるわけにはいかないからな。


「悪いな」

 一応、俺も頭を下げておく。


「アレクも!?」

「いや、俺は別に……」


 関係ないだろ、と言おうとするがアリアは両手で顔を覆ってしまう。


「よっこいしょなんて聞かれちゃった……!」

「アリア!?」


 違う。そこじゃない。

 俺とニコが混乱した声を上げた。


「別に重くないから!

 昨日の料理が美味しくて食べ過ぎたわけじゃないからっ!」


 アリアが勝手に自爆していく。

 最終的に耳まで真っ赤にしながら俺たちに背中を向けた。


「ごめんなさい、本当はとても美味しかったです!」

 脱兎のごとく走り出す。捨て台詞すら律儀である。




「? どうしたんだ?」

「何でもない、気にするな」


 明らかに動揺しているアリアを見て、カイは不思議そうな顔をする。

 すかさず封殺すると、軽く両手を広げて見せてカイは追及をやめた。


「今日はどうするつもりだ?」

「ああ、依頼をこなすしかない。今日の宿代もないしな」


 俺が訊くと、カイは予想通りの答えを返してくれた。

 今は宿の広間に全員が集まっている状態だ。方針を決めようとしている。


「自由時間は?」

 シルが訊いた。


 ……絶対にカジノへ行くつもりだ。カイはどうするのだろう。

 腐っても腐り堕ちても風の精霊、今の俺たちでは止められない。


「依頼が終わったら自由行動で良いと思う」

「やったー」


 シルが両手を挙げる。

 お前もう隠す気もないだろ。


「で、ここからは頼みなんだが……今まで報酬は共同管理してきただろ?」

「? ああ、そうだな」

「それを山分けにしてほしい。実は欲しいものがあってな」

「……!」


 付き合いの長い俺はすぐに気が付いた。

 こいつ、シルに小銭を渡して大半の金を逃がす気だ。


「ま、俺は良いぞ」

「え? 私も別に……」


 言いながら、俺はアリアに目線を送る。

 アリアも俺に合わせて頷いてくれた。


「んー、あたしも良いよー」

 お前はその分け前をカジノで使うことしか考えてないだろ。


「よし、じゃあそれで!」

 カイが最後にぱん、と手を叩く。


「……ニコはどうするの?」


 アリアが訊いた。

 すっかり親近感が湧いているようだ。


「そのことなんだけど、私も一緒に依頼を受けて良いかな?

 今日中にハイデを出て騎士団の詰所に向かいたいんだけど、手持ちが……」


 人数は多い方が儲けも増やしやすい。

 回復士はちょうど不足していたところだ。反対する理由はない。


 俺たちはニコをメンバーに加えることにした。

 アリアが嬉しそうにニコへと飛びついた。


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