第一部 6話 汚れた精霊は約束を分かっている
「紹介された宿は……遠くないな」
ギルドを出てからすぐに俺は呟いた。
日は傾き始めていたが、暗くなる前には間に合うだろう。
「別の宿にしましょう」
女の子がすかさず言った。
表情からは警戒心が滲み出している。
先ほどのやり取りを思い出してるらしい。
まぁ、気持ちは分かる。怖いよな。
「でも紹介を蹴る必要はないだろ?」
「あの受付嬢を信じるの? 紹介料を借金の足しにされるわよ?」
「…………」
「一理ある」
女の子の言葉で、俺は口を閉じた。カイが真剣に呟く。
紹介料を取っていることは間違いない気がした。
「ねぇ? 受付嬢に取引を持ち掛けて分け前をもらうのは?」
「シルぅ……それは加害者側の考えだよぉ……」
シルの様子にアリアが悲しそうな声を出す。
それにしても、アリアが庇わないとはよっぽどだな。
「まぁ、とりあえずは宿まで行ってみよう」
紹介料を取っていても、宿自体が良ければ問題ない。
俺が言うと、渋々と言った様子で女の子は頷いてくれた。
「嘘……」
女の子が呆然と呟いた。こじんまりとした宿は随分と年季が入っているようだったが、親しみはあって好感が持てた。
内装は気取ったところがなくて、一階は食堂になっているようだ。
心配していた料金も安くて、俺たちは拍子抜けする。予想外に好感触だ。
「へぇ……まともな宿だ」
「失礼ですねっ! まともな宿に決まってるじゃないですかっ!」
思わず呟いてしまった。途端に下から女の子の声がした。
さらに俺の目の前に、空になった食器を載せた盆が付きつけられる。
黄色の混じった赤毛を三つ編みにしている。店員ということだろう。
しかしまだ幼い。十に届くかどうか。ひょっとしたら宿の娘かも知れない。
それでもすぐに俺は頭を下げる。
どう考えても俺の物言いが悪かった。
「すまん……ギルド長から紹介されたので……先入観が悪い方に引っ張られて」
「…………」
我ながら酷い台詞だった。
ギルド長とはほとんど話してもいないのに。
「……そうでしたか。
こちらこそ申し訳ありません。ギルドから来たとは知らなかったので……」
だが店員さんは事情を知ると矛を収めてくれた。
納得するのか……。
「安心してください。
もう悪質宿との癒着はないですよ」
あったのかよ。
粛清された後だったらしい。
「お酒! 一番高いやつ! ボトルで! 名前はシルでキープして!」
「料理! 一番安いやつ! 全員分! あと酒は全てキャンセルで!」
二部屋分の手続きを終えると、俺たちは夕食を取ることにした。
注文からシルとカイは攻防を繰り広げている。
「かんぱーい!」
食事が揃うと、俺たちは声を上げた。
シルはグラス一杯の酒だけ許された。
カイは「仕方ないな……」なんて言っていたが、容赦なく一番キツイ酒を渡していた。酔い潰す気である。
思っていた以上に料理は旨かった。
特に鮮度が良い。『王国の食糧庫』なんて呼ばれるだけはある。
「自己紹介もまだだったよな。俺はアレク。駆け出しの魔法使いだ。
こっちの精霊がシルで、駆け出し剣士のカイ、駆け出し斥候のアリアだ」
食事を始めながら、俺は手早く自己紹介を済ませる。
今日だけの付き合いになるだろうが、これも縁だろう。
「私はニコ。ハイデ出身の駆け出し冒険者よ。職業は回復士。
……ちょっと訳アリでね。泊まれる場所を探していたの」
なるほど。地元の冒険者だったのか。
ギルド長を知らなかったのは駆け出しだからかな。
「アレク達はハイデの人間じゃないよね。
明らかに雰囲気が違うし……どこから来たの?」
「王都からだよ」
「王都!?」
俺が答えると、ニコは見るからに目を輝かせた。
どうやら王都に興味があるようだ。
「王都ってどんなところ? 遠いんでしょ?」
「まぁ遠いっちゃ遠いなぁ」
「みんな王都の生まれなの?」
「いや、王都出身はアリアだけだな」
俺は東部の生まれだし、カイは北部を治める貴族の子供だ。
精霊に出身地はないだろう。アリアだけは王都の伯爵家の生まれだ。
「どんなところ?」
「えーとね、私もしばらく旅をしてたから……」
ニコの言葉にアリアは困った顔を浮かべる。
幼少期から聖女として各地を回っていたはずだ。
「そうなんだー、旅かぁ」
ニコが羨ましそうにアリアを見る。王都に行ってみたいのかもしれない。
「あのさあのさ! ハイデのことも教えてよっ!」
「いいけど……何が知りたいの?」
シルがぐい、と身を乗り出した。
珍しく建設的な言葉である。
「カジノある?」
前言撤回。
俺とカイとアリアが飯を吹き出しそうになる。
「カジノ? 北の一枚目区画にあったはずだけど……」
その一瞬の隙で聞き出してしまっていた。
「……よし」
「よし、じゃねーよ!?」
「行くなよ! 絶対に行くなよ!」
「行かないで……ね? 約束して?」
シルが頷いたのを見て、俺たちが喚いた。
ニコだけが不思議そうに首を傾げている。
「わ、分かってる、分かってるって……約束でしょ。約束、約束、お約束」
「なぁ!? どういう意味で言ってる? 前フリじゃねぇぞ!?」
シルの言葉にカイが叫ぶ。だが無駄だろう。
……終わった。せめて被害を減らす努力をしよう。
「何かマズかった?」
「いや、ニコは悪くない。悪いのは全部この汚れた精霊だ」
不安そうにしているニコを安心させて『汚れた精霊』を指さした。
シルは憤慨した様子で飛び上がると両手を腰に当てて胸を張った。
「何よ! 失礼ねっ! 慰謝料を請求するわ!」
俺は頭を抱えた。
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