第一部 5話 受付嬢は見た目によらない
「お姉さん?」
ギルドの受付に戻ると、俺は声を上げた。
どうにか日が暮れるより早く依頼を完了させることができたのだった。
やはりと言うか、受付に受付嬢さんの姿はなかった。
隣の酒場はまだ盛況だったので、ひょっとしたらそこにいるのかも知れない。
「はぁい?」
だが、予想に反して奥から声がした。
今度は欠伸を隠すこともせず、ゆっくりと顔を出す。実家かよ。
「あの、依頼完了したんですけど……」
「あ、もう終わったんですか」
受付嬢さんが意外そうな顔をする。その時、入口の扉が開かれた。その場にいる全員が目を向ける。入って来たのはアリアより少しだけ背が高い女の子だった。
綺麗な黒髪を肩の辺りで短く整えている。気は強そうに見えるが、服装は回復士のものだった。昔、アリアが着ていたものに良く似ている。
女の子は俺たちの不躾な視線に気づくと、不満そうに睨み返してきた。
俺は目を逸らして冒険者ライセンスのカードを受付に手渡した。
「ご、ごめんなさい……」
すぐ後ろでアリアが女の子に頭を下げる。相変わらず律儀なものだ。
女の子は俺の隣の受付の前に立った。
受付嬢さんはライセンスカードを受け取ると、魔道具で読み取った。カイが言うにはあれらは高度な契約魔法を行使しているらしい。
受付嬢さんは「はい、確認しました」と答える。
要するに、本当に討伐したのか分かるらしい。
「ちょっと! 誰かいないの!?」
「ほら! 手伝ってくださーい!」
女の子が声を荒げる。受付嬢さんが奥へと声を掛けた。
? 他にも人がいたのか?
「おい、クー! 一人で回せる内は回せって言っただろうが」
「二組も来たんだから仕方ないじゃないですか」
そして、野太い声が聞こえてくる。
現れたのは浅黒スキンヘッドのムキムキ大男だった。
――なぜか受付嬢の制服を着ている。
――ぱっつんぱっつんだった。
「チ、どのようなご用件ですか?」
「ひっ……」
大男が女の子を見下ろした。
悲鳴が聞こえた。俺たちの顔も引き攣っている。
「……だから何の用だ」
「あ、あの……」
大男がドスの効いた声を出す。女の子は縮み上がってしまっていた。
こう見えても恐喝の現場ではない。接客である。
「ちぇ……」
「?」
女の子は意を決したように口を開く。
大男は不機嫌そうに首を傾げる。
そして、女の子はダンと机を叩いた。
さらに俺たちの前にいる受付嬢さんをびしっと指さす。
「チェンジ!」
俺たちと大男がぽかんとした顔で呆けてしまう。
女の子はぷるぷると震えながら、大男を見上げている。
「……いや」
「ちぇんじぃ……!」
大男の反論を遮って、女の子は机をダンダンと叩く。
さらに地団太まで踏みながら繰り返した。
「おい」
大男が受付嬢さんを見た。
「失礼……あまりウチのギルド長を虐めないで頂けると……」
受付嬢さんが笑いを堪えながら言った。
「まったく、あれくらいで情けねぇなぁ……」
「いや、仕方ないだろ」
ギルド長のぼやきに、つい返事をしてしまった。
今は受付嬢さんが女の子の相手をしているところだ。
俺たちもしっかり動揺してるからな。
何せ魔王城でも経験したことがないくらいだ。ぱっつんぱっつんだ。
「……どうしてそんな恰好を?」
「今はギルド長も受付嬢なんです」
受付嬢さんが一瞬だけ口を挟んだ。
大男がギルド長だと知ってから、女の子は無視を決め込んでいた。
「ちょっと待て。まさかとは思うが……。
このギルドではギルド長のおっさんが受付嬢もやるのか?」
我ながら自分の台詞に何言ってるんだと思う。
頭沸いてるのかと言われてもしょうがない。
「あはは! 何言ってるんですか?」
「おいおい、頭沸いてるんじゃないのか?」
受付嬢さんとギルド長が楽しそうに笑った。
……お前らは言うな。
「さっき、賭けで負けたみたいです。
先輩に身包み剥がされた挙句、代わりに受付嬢をやる羽目になってます」
働いて返してるのかぁ。
ひょっとして、負けたから不機嫌だった?
「負けた以上は従うが……なぁ、制服まで着る必要あったか?」
「脱いでも良いですけど、他に服はないですよ?」
「……いや」
「半裸か制服の二択です。通報されても責任は取れませんよ」
ギルド長が言い負かされていた。
最後に「仕事を続けろ」とだけ言った。
「……賭け」
シルが呟いた。
「おい、隔離しろ」
「分かった」
俺の命令にカイが素直に従った。
シルを連れて、速やかに部屋の端へと退避する。
「そんな! 依頼を受けさせてください!」
「……受けることは構いませんが、推奨しませんよ」
女の子が叫ぶ。聞いてみれば、どうやら俺たちと似た状況らしい。
宿代が足りず、今日中に依頼を達成したいが、今からは危険だと言われていた。
ちらりと後ろのアリア、遠くのカイにも目配せする。
二人とも小さく頷いていた。
「……あのさ」
「はい?」
女の子が警戒した声を出した。
出来る限り、悪意がないことを示しながら続ける。
「もし良かったら俺たちと一緒の宿にしないか?
あ、もちろん男女別だぞ。実は二部屋を借りる余裕がなくてな……」
これは本当のことだ。
付き合いも長いから同室でも問題はないが、流石にアリアが可哀想だ。
女の子は警戒した様子で俺たちを見ている。
そりゃそうだ。普通に考えたら怪しいに決まっている。
「ね! そうしよう? 大丈夫! 皆、良い人だから」
「だけど……。いや、分かった」
アリアがぐい、と距離を詰める。
そして女の子が頷くと「やったぁ!」と飛び跳ねた。
相変わらずの人たらしだなぁ。
アリアが無事なら大丈夫だと思ったのだろう。
もっとも、アリアに襲い掛かるなんて怖くて出来るはずがない。
女神から溺愛されているコイツに手を出せば、天罰が下るに違いない。
「じゃあ、おすすめの宿を教えてやるよ」
「…………」
ギルド長がにかっと笑う。
女の子は目を合わせない。
宿の場所を教わった後、受付嬢さんの方へと近づいて、俺は小声で聞いてみることにした。もちろんギルド長についてだ。
「あれでギルド長が務まるのか?」
「ああ見えて頼りになるんですよ」
受付嬢さんの言葉に目を丸くした。
意外と評価されているらしい。
「なんて言うか……賢い? いや、狡猾? えーと、そう! 狡いんです」
「…………」
言いながら、受付嬢さんはうんうんと頷いている。
そして「あれは大したものですよ」なんて言う。
これはアレだ。技術職が相手を認めるようなものだ。
鍛冶師が剣を褒めるように……詐欺師が手口を褒めるように。
悪党がクズっぷりを褒めたのだ。
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