第一部 4話 働く者、遊ぶべし?
結局、俺たちは近場の魔物である『ウルフ』を狩ることにした。
狼系魔物の中でも最弱だ。流石は『はじまりの街』ということか。
ウルフはすぐに見つかった。
広い草原を歩いていると、三匹のウルフが出てきたのだ。
そのまま、戦闘になる。
まずは前衛のカイが正面から踏み込んだ。
「?」
「くそっ!? 速いな……そして良く避ける」
ちげーよ、遅いんだよ。
そして当たってないんだよ。魔物が首を傾げてるんだわ。
さらにカイが長剣を振り回す。
元勇者の立場から言わせてもらえば、俺が初めて剣を握った時より弱い。
「よし……」
「どうした!? 急げ!」
俺が魔法で援護しようとする。短い詠唱を終えて、掌を正面へと向けた。
剣を振り回すカイと、その目の前で首を傾げるウルフがこちらを見た。
「ファイアボール!」
転職してからようやく覚えた俺の火魔法。
第一階梯の最下級魔法だが、念願の魔法だ。
しかし……ぽふ、と悲しい音がした。
一瞬だけ掌から炎が出たものの、すぐに掻き消える。
ダメージはもちろん、ウルフに届いてすらいない。
強いて言えば、俺の掌がちょっと熱かった。
「?」
「どうやったら最下級の魔法を失敗するんだよ!?」
カイが俺へと怒鳴りつけて、ウルフがまた首を傾げた。
……おい犬ころ、それやめろ。
――その時だった。
「やああっ!」
アリアが元気な声と一緒に踏み込んだ。
回り込んでいたらしい。横から不意を突く形だ。
右手の短剣を逆手に振り下ろす。
ただし両目はぐっと瞑っていた。
「懐かしいな。王都の剣術指南の先生も目を泳がせてたよな」
「ああ、あの頃は伯爵令嬢だったもんな。迂闊なことは言えないさ」
遠い目をしながら、俺が言うとカイも素直に同意した。
アリアが聖女をやめる直前、剣術を教えてもらったのだ。
アリアはお世辞にも剣の筋が良いとは言えない。
荒事に向いていないと言っても良い。
結果、先生が出した答えは「良い掛け声ですね」だった。
先生……あいつ、斥候なんです。
ウルフがアリアの攻撃をすっと避ける。
恐る恐るアリアが目を開けた。手応えのなさに首を傾げる。
「?」
「あれ?」
ウルフも同じように首を傾げて見せる。
アリアが状況を良く分からずに小さく笑った。
「ねぇ? まだ? もう諦めたら? お腹すいたし」
シルがふよふよと浮いていた。暇そうにしている。まだ、まだだ。
もう一度、同じ魔法を放とうとする。
今度は火球が生まれたものの、ウルフまで届かずに途中で墜落した。
斜線上にいたウルフが「わふっ?」と首を傾げる。
さらに左の口角を持ち上げた。完全に遊んでやがる。
さらにカイが全力で踏み込んだ。
渾身の一撃が放たれた。さらに追撃の二連。だが、あまりに遅い。
『渾身の一撃』が速いとは限らないし、重いとも限らないのだ。
ウルフは「わ」「ふ」「ふ」と軽快に避けていく。
アリアがまた元気な掛け声で踏み込んだ。今度は勢い余って転んでしまう。
ウルフが「ふふっ」と笑った。いや、絶対に笑ってるだろ。
「くそ、眩暈が……」
魔力切れで俺がたたらを踏む。
魔力効率が悪いとこうなってしまうらしい。
「はぁ……はぁ……ここまでか……」
カイが片膝を突いた。ちなみに怪我はしていない。
ただのスタミナ切れである。
「痛い……ポーション! 何でこのパーティには回復士がいないの?」
アリアが涙目で言った。擦りむいた膝をさすっている。
別に良いが、回復士がいないのはアリアが聖女をやめたからである。
「……もう良い?」
シルが訊き直す。俺たちは渋々と頷いた。
シルは精霊であり、職業などというものはない。
つまり……シルだけは魔王討伐時の能力をそのまま維持している。
彼女が右手をす、と動かした。
それで風の精霊魔法が発動し、風の刃が全てのウルフの頸動脈を切り裂く。
悔しいことに、現状ではシルが俺たちの最高戦力だった。
さらに悔しいことに、そのシルが俺たちの報酬を全て使い果たすのである。
こうして俺たちはハイデまで来たのだ。
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