第一部 2話 ふりだしに戻る
勇者パーティをやめて一か月が過ぎた頃――
「おい、ハイデはまだか?」
果てしなく続く街道を見て、俺は心が折れそうになっていた。
俺たちはそれぞれが転職を果たした上で、パーティを再結成している。
その際、自分たちの素性がバレないように名前を変えることにした。
俺は元勇者『アレス』で今は新人魔法使い『アレク』だった。
「ねぇ、どうして馬車を使わなかったの?」
俺と契約を結んでいる風の精霊……シルが口を尖らせた。
今は小さな妖精のような姿をしているが、人の姿に化けることもできる。
人の姿になっている間は、背が高くてすらっとした美女だった。
風の扱いに長けた、高位の精霊である。
精霊は清らかであり、汚い嘘や欲望を嫌うとされている。
王城での謁見でも姿を隠して、褒美を受け取らなかった……そう、あの頃は。
「それはね? シル、あなたが酒とギャンブルに路銀を使い込んだからよっ!」
元聖女『セリア』であり、新人斥候『アリア』が叫んだ。
斥候らしくない綺麗な長い銀髪と大きな胸が揺れる。
アリアは小柄なのにとびきり可愛らしい顔立ちをしている。元は大貴族の一人娘で、所作一つ見ても気品を感じる……勝手に斥候になって今は絶縁されたが。
対するシルは藪蛇だったと気づいて顔を背けていた。そう、シルは王都で過ごす内にみるみる堕落していった……精霊が清らかだというのは偏見だと知った。
「頼む。もう少しで着くから黙っていてくれ……」
元賢者『カイル』であり、新人剣士『カイ』がか細い声を出す。
いけ好かない金髪のイケメンだが、今は余裕がなさそうだった。
具体的には、腰の長剣を重そうに引きずっている。こいつは身長があるくせに、体力はない……だと言うのに、形から入る癖があった。
最初は簡素な甲冑も着ていたほどだ。
しかし馬車を使えなくなると、流石に無理があった。
そこをシルに付け込まれ、言葉巧みに甲冑をバラ売りされていった。
一つ、また一つと装備を剥がされて、今では長剣と革装備になっている。
実はすでにシルが長剣も狙っているのだが、カイは頑なに死守していた。
もう少しで陥落したかもしれないが、この調子だと逃げ切りそうだ。
……本当に、こうして見るとシルの酷さが際立つ。
魔王討伐までは一番まともだったのになぁ。
ハイデ。通称『はじまりの街』と呼ばれる。
恐らくだが、魔王城からこの街まで逆走した冒険者は俺たちくらいだろう。
名前の由来は単純だ。要は初心者向けの街とその一帯を指す。
言い換えれば……冒険者、魔物ともに王国最弱の地域だった。
どうして俺たちがこのハイデを目指すのかと言うと、それも単純。
他の地域は、転職後の俺たちにとって『強すぎた』のだ。
俺たちでも『ハイデなら勝てる』と信じてやって来た。
おかしいな、二か月くらい前は魔王城で戦っていたはずなのだが……?
戦利品の数々も気付けばシルが使い切ってしまった。
ほとんど無一文でハイデを目指している。
――俺たちは見事に落ちぶれていた。
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