第一部 17話 曖昧に頷く
翌日。
詰所を出ようとすると、レイがわざわざ見送りに来てくれた。
エミルに至ってはカイに抱き着いて離れない。
「……世話になったな」
「いえ、是非また来てください」
俺が頭を下げると、レイは優しく微笑んでくれた。
今も忙しいはずなのに。
「ニコル様もお元気で。アレス様達に任せるなら心配はないでしょうが」
「いや、今の俺たちはな……」
レイの言葉にどう返そうかと迷う。
言葉にするより早く、レイは俺に顔を寄せてきた。
「ハイデを出る時には教えてくださいね。
領主様もそこまでは許して頂けないでしょう」
しっかりと釘を刺された。
まぁ、今のところハイデを離れるつもりはないけどさ。
……どうせ魔物に勝てないし。
「分かってるとは思いますが、気を付けて下さいね。
皆さんは魔族から酷く恨まれているでしょうから」
レイは俺たちに再び笑いかける。
その通りだ。魔族の残党は俺たちを目の敵にしている。
「ま、何とかなるだろ」
「そうですか」
俺が軽い調子で言う。
レイはどこか嬉しそうに返した。
「あ……か、カイ様ぁ!」
最後にエミルを引き剥がして俺たちを見送る。
首根っこを掴まれながら涙目で両手をジタバタとエミルが手を伸ばしていた。
「……というわけで騎士団が引き継いでくれるとのことだった」
「ありがとうございますー。後は騎士団に押し付けますね」
ハイデのギルドへと報告に戻ってくる。
受付嬢さんは相変わらずだった。
欠伸をしながら「はい」と報酬を手渡してきた。
友達に金を借りてるんじゃねーんだよ。
でも、それより気になるのは……。
「あの、これは……?」
隣の窓口を指さした。
そこではギルド長が泥酔して管を巻いていた。
「ああ、飲みすぎですね」
見れば分かるわ。
勤務中だって言ってるんだよ。飲んでいることに疑問を持て。
「ちょっと! 起きなさいよ!
あんたの依頼で騎士団の詰所まで行ったのよ!?」
シルがギルド長の周りを飛び回る。
ギルド長は受付に突っ伏していたが、シルの声に顔を上げた。
「なんだ、うるせぇ羽虫だな」
「羽虫!?」
ギルド長がしっしっと手を払う。
シルはギルド長の鼻先で両手を腰に当てる。
「失礼ねっ! 慰謝料を請求するわ!」
シルの最低な口癖が炸裂する。
「はいはい。どーぞぉ」
酔っ払いが慣れた様子で酒瓶を差し出した。
シルは受け取り、まじまじと酒を見る。
しばらくの間、値踏みするように眺めていたが――
「……よし」
――良い酒だったのだろう、鷹揚に頷いた。
「納得するな」
「油断も隙も無い」
「シルぅ、酒とギャンブルばっかりだよぉ……」
俺がぺしりと叩く。
カイは落ちた酒瓶を確保する。
アリアは両手でシルを捕獲し、厄介な口を塞いでいた。
シルがアリアの手の中で聞くに堪えない罵詈雑言を撒き散らしている。
ニコが「流石……」と目を丸くしていた。
この辺りは熟練パーティの手際である。空しい。
……レイ達に見られなくて本当に良かった。
「あ、そうだ。ハイデに何か異常はないか?
危険な魔物がいたからレイ隊長が気にしていた」
ギルド長を視界から外し、受付嬢さんに確認する。
情報収集くらいはするべきだろう。
「……いや、特にありませんねぇ。魔物の暴走が一番の異常かと」
「それなら良いけど……」
俺が引き下がろうとすると、受付嬢さんは「あ」と両手を叩いた。
何か思い出したらしい。
「勇者様一行がお忍びでハイデに来ているとの噂です」
「そ、そうか」
俺たちの目が泳ぐ。
きっと騎士団で聞いた噂だ。俺たちのことじゃない。大丈夫。
「でも、どうせデマですよ」
「そうなのかー」
「だって、連日カジノで遊んでいるって話なんですよー」
「ははは……」
受付嬢さんと俺が声を上げて笑う。
俺の笑いは少しだけ乾いていた。
横目でシルを見る。
シルはアリアの両手に包まれたまま、顔だけを出していた。
露骨に俺から目を逸らしている。
「まったく、勇者様に失礼ですよ!
勇者パーティがギャンブルにハマるわけないです!」
「で、ですよね……」
受付嬢さんが力説してくれる。
強く頷けないのが悲しいところだった。
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