第一部 16話 元賢者の講義と騎士団の噂
「久しぶりに魔法を見て頂きたいです。レイ隊長から許可も貰いました。
今日は泊まって欲しいとのことです!」
部屋を出るなり、エミルが満面の笑みで言った。
この子はカイの信者と言って良い。みんな騙されてるんだろう。
泊めてもらえると言うなら厚意に甘えようと思う。
路銀も苦しいし、昨日は野宿だったからなぁ。
「……分かった分かった」
「ありがとうございます!」
カイが宥めるように言う。
エミルは機嫌良さそうに俺たちを先導していった。
ぶかぶかのローブを着ている姿はまるで子供だが、凄腕の魔法使いだ。
当然、カイが魔法使いをやめたことも知っている。
後に続いて進んでいくと、そのまま外に出る。
本当に砦のようだ。周囲を城壁が囲んでいた。
「ここは団員の訓練場になってます」
エミルはそう言ってカイの腕を引っ張った。
ずるずると引き摺られていく。ここで魔法を見ろということだろう。
訓練中の団員が何事かとこちらを見ている。
普段のエミルらしくない行動なのだろう。
二人と入れ替わるように近寄ってきた集団と目が合った。
俺は小さく会釈する。会釈を返してくれた。
「? エミルの客ですか?」
「……まぁ、そんなところです」
「ギルド長からの依頼もあって……」
俺たちの素性は隠してくれているらしい。
しかし、アリアの言葉で急に表情を険しくした。
「あ、まさかハイデのギルドか!?」
威嚇するように俺たちを睨み付ける。
「ギルド長」という単語だけで警戒レベルが跳ね上がっていた。
「違う違う! あたしたちは旅をしてるんだよ。
最近、ハイデに流れ着いたばかりでね……あんな風はなりたくないね」
シルがすらすらと並べ立てる。
本当に口が上手くなったな。
「ところで、ハイデってどんな街?」
俺の真似をしたのだろう、シルが面白がって訊く。
こう訊ねることで、俺はその土地を知ろうとする。
「一言でいえば『街ぐるみ』だな」
「盗賊の上位……いや、下位互換か」
「街の形をした寄生虫」
「……ハイデが後ろにあると思うと士気が落ちるから消えてほしい」
効果は覿面だった。
団員が口々に悪口を並べ立てる。
「…………」
こっそりとニコが頭を抱えていた。
まさか団員も領主の身内がいるとは思わないだろうな。
「……ところで、最近は何か妙なことがありましたか?」
「妙なこと?」
話題を変える意味も兼ねて聞き込みをする。
団員は首を傾げるが、エミルの客ということで嫌な顔はされなかった。
「森で変わった魔物が目撃されたみたいで……」
「うーん、変わったことかぁ。何かあるか?」
念のため、噂の形式を取る。
リーダー格らしい男性の団員が周囲を見回した。
「特にないかな……相変わらず、ハイデが好き放題やってる」
「あ、そう言えば、勇者様を見たって奴がいたぞ?」
「!?」
やばい、実は素性がバレていたのか?
あまり目立つとハイデにいられなくなる。
「何でもカジノで派手に遊んでいたとか……」
「へぇ、アレス様でも羽目を外すんだな」
身に覚えがないことを言われていた。
こういう時は……。
「…………」
「……シルぅ」
「まさか」
俺とアリアとニコがシルを見た。
シルが全力で首を左右に振っている。
身に覚えがないと言いたいらしい。
……流石に無関係だろう。
俺の目撃情報だが、俺はハイデのカジノに行ったことがない。
きっとただのデマだろう。
カジノと聞くと、疑ってしまう。
エミルが身の丈ほどもある大きな杖を振るった。
空中に魔法陣が描かれてゆく。
無詠唱魔法。
内部魔力を用いて陣を描き、外部魔力を流し込むことで発動する魔法だ。
そうしてエミルは頭上に向かって大きな火柱を放った。
「流石だな、エミル。昔に比べて魔力の扱いが滑らかになっている」
「ありがとうございます!」
カイがエミルに微笑む。
顔が良いからこれだけで様になるのが腹立たしい。
俺はカイとエミルの様子を見学していた。
少しでも魔法の参考になるかも知れない。
アリアとニコは訓練場の端で話し込んでいた。
ぱたぱたと飛んで、シルは騎士団と話して回っている。
「誰かさんとは大違いだ。
未だに第一階梯すらまともに扱えないからな」
カイがちらりと俺を見る。
明らかに余計な一言だった。
「お前だって俺と同じ頃があったはずだろ。
俺の気持ちも少しくらいは理解しろよ。これだから初心を忘れる奴は……」
吐き捨てるように言う。完全に負け惜しみである。
コイツは魔法に関しては何でも出来た上に言い方もキツイ。
「? 悪い、分からない。物心ついた頃には第二階梯は全部出来てたし。
……そういや第一階梯の詠唱も良く知らねーや」
思わずカッと手が出そうになる。
深呼吸をして抑え込んだ。
「殴るな。殴ったら負けだ。魔法で勝たないと意味が……!」
「魔法で勝つ? アレクが俺に? ……ははっ、ウケる」
俺の自制心をカイが笑う。
魔法使いとして未熟な俺をお許しください。
「ぜってーぶん殴る!」
「またお前と同じ部屋か」
「俺だって嫌だよ」
訓練場で時間を潰すと、寝室に案内される。
相変わらず、俺とカイは同室だった。
結局、食事まで世話になってしまった。
非常に助かるが、申し訳ない。
慣れたもので俺たちは互いのベッドで休み始めた。
俺は本を読んでいるが、カイは所持金の確認をしているようだった。
「しばらくは余裕もできた……けど、まだギリギリか。
装備やポーションの費用が大きいな」
カイが溜息を漏らす。
ギルドから今回の報酬も入るはずだが、それでも苦しいのか。
「なぁ、ニコはどうして家出したんだろうな?」
「あ?」
気になっていたことを訊いてみた。
回復士として生きる、と言っていたのも気になる。
「……領主の血筋は特殊なジョブに転職出来るんだ。
俺やお前に賢者や勇者のジョブが現れたようにな」
「そうなのか?」
「そもそも領主というのは建国に貢献した特殊なジョブを持った貴族だ。
ハイデの領主も何らかの能力を受け継いでいるんだろう」
「ニコはその特殊なジョブに転職したくないのか……」
「推測だけどな。……? 何を読んでるんだ?」
珍しい。
カイが俺のしていることに興味を持っている。
「魔術書だよ」
「見せてみろ」
カイが楽しそうに寄って来た。
俺は読んでいた本をぐいと差し出す。
「……へえ。意外とちゃんとした本だな」
「どうも」
カイが中をぱらぱらとめくる。
コイツが嫌味を言わないなら、かなり良い出来なのだろう。
「題名は……」
「おい」
止める間もなく、カイは本の表紙へと目を向ける。
途端に大きな声で笑い出した。
「ははは! 『バカでも分かる魔法理論』って!
自覚芽生えてるじゃねぇか!」
「うるせぇ!」
カイの手から本を取り返すと、俺は不貞腐れるように寝転がった。
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