第一部 15話 騎士団の一室にて
「騙してたの!?」
「他人のこと言えないだろ!」
ニコが俺に詰め寄った。
咄嗟に言い返す。
「そうは言うけど、勇者だなんて……」
「お互いに事情があったんだろ」
両手を挙げて俺は無罪を主張する。
それで落ち着いたようだ。ニコは少し考え込む。
悪気があったわけではないと理解してくれたらしい。
改めて口を開く。
「じゃあ、賢者?」
ニコがカイを指さした。
カイはエミルに抱き着かれて困っているようだった。
「カイル様、お久しぶりですー!」
「あー、離れてほしいんだが」
カイがエミルを引き剥がそうと苦戦している。
エミルは優秀な魔法使いだが『賢者カイル』に憧れているのが難点だった。
……あいつ、魔法使いとしては天才的だったからなぁ。
今は女の子と腕力を競うような剣士だが。
「聖女?」
今度はニコがアリアを指さした。
アリアはレイの出した紅茶をのんびりと飲んでいる。
「……お元気そうで何よりです」
「ありがと」
ティーカップを持ち上げる所作一つを見ても気品がある。
流石は元伯爵令嬢。作法が身に付いている。
レイも特に気を配っているように見えた。
……今は斥候だが。
「勇者ぁ?」
ニコは最後に俺を指さした。
「元、な。今は新米魔法使いだよ」
目の前の無礼な指を左手の甲で払う。
「……嘘でしょ」
「余計なお世話だ」
ニコが信じられないという顔をしていた。
まぁ、俺たちが戦っている姿を見たわけだしな。
そこにシルがぱたぱたと寄ってきた。
ある意味ではコイツも変わった。肩書に変化がない分、理解しづらいが。
「ニコって領主のお嬢様だったんだね」
「……一応ね」
ニコはどこか不機嫌そうに言った。
あまり触れて欲しくないのかも知れない。
レイが言っていた行方不明と関係がありそうだ。
後で話を聞く必要があるだろう。
「へぇ……お金持ちなんだ」
シルがにやりと呟く。一回ちゃんと怒られるべきだと思う。
「皆さんもお茶をどうぞ」
レイが穏やかな声で言う。
昨日、怒っていた時とは別人だった。
いや、本来は穏やかな常識人だ。ギルド長が悪い。
正直言って、あんなに取り乱している姿は初めて見た。
俺たちは来客用の椅子に着く。
レイも執務机ではなく、俺の正面に座った。
「それで、今日はどのような用件なのですか?
ハイデのギルド長からの書状がありましたが……」
レイが少しだけ不愉快そうに言った。俺たちは苦笑する。
あまり付き合いがあるとは思われたくなかった。
「実は森で魔物の痕跡を見たんだ。上位の魔物だから報告しようと思って。
確認できたのは『スラッシュ・ベア』『ライトニング・ウルフ』『エルダー・ゴブリンキング』だ」
レイとエミルが息を呑んだ。無理もない。
魔王軍が従える魔物の中でも最上位だ。
ハイデの戦力では太刀打ち出来ないだろう。
特に『ゴブリンキング』系の魔物は軍勢を作る時に使われる。
「分かりました。調査の方は騎士団で引き継ぎます」
「場所はハイデから西に直進した森の中……この辺りだ」
俺は地図を取り出し、一点を示した。
ハイデのすぐ近く。見れば見るほど不自然な場所だった。
「後は王都に増援を求めた方が良いだろう」
カイが言った。確かに魔物が動き出してからでは遅い。
「はい。すぐに団長へ連絡します。
ただ、増援が到着するまでは時間が掛かると思いますが……」
「で、ニコが行方不明ってのは?」
「二コラ様は……」
俺が訊くと、レイは言い淀んだ。
ニコへと視線を向ける。
「……家を飛び出したの」
「ニコ、家出少女だったの?」
アリアが驚いた声を出す。
身も蓋もない言い方だが、その通りなのだろう。
道理で泊まる場所にも困るわけだ。
ろくに手持ちもなく家を飛び出したのなら納得できる。
だとすれば、ギルドに加入していたのは形だけということか。
貴族の子供が肩書を付けるために入っておくのは良くある。
……あるいは本人が望んだのかも知れない。
「帰るつもりはないのか?」
「ないよ。私は回復士として生きていきたいの」
俺の質問にニコはキッパリと答える。
逆にレイが頭を抱えた。領主から連れ帰るように言い含められているのだろう。
「私はその話をレイたちとするために来たの。
お父様に上手く伝えてくれない?」
「いや、それは……」
レイがまた困った表情を浮かべる。
それなりに親しい間柄だったようだ。
だからレイを頼った、と。
でも領主からも頼られて困っている、と。
「……では、条件を付けましょう」
レイが何かを思いついたように、ぽん、と手を叩く。
「一つ目は『ハイデリカの指輪』を確認させて下さい。
領主様はまず二コラ様の安全確保。次いで指輪の確認を命じられました」
「分かったわよ」
「何だ? 『ハイデリカの指輪』?」
ニコは荷物をごそごそと漁ると、小さな指輪を取り出した。
銀色のリングに小さな赤い宝石が付いていた。
「ハイデの初代領主の力が込められた指輪です。
……はい、確かに。領主様には報告しておきます」
「良かった! これで自由に……」
ニコが両手を挙げて喜ぶ。
「もう一つ、条件があります」
それをレイが遮った。
「二つ目はアレス様たちと一緒に行動すること。
勇者様に護衛を依頼するような形になりますが……」
「もしも断ったら?」
ニコが恐る恐ると訊く。
「力ずくでも領主様のところへ連れていきます。
ですが、条件を呑んで頂けるのであれば説得も出来るでしょう」
なるほど。レイも考えたな。
勇者が一緒にいるとなれば、領主も引き下がるか。
「んー……アレクたちは良いの?」
ニコは俺たちを見る。
俺たちは顔を見合わせる。
「別に、構わないけど」
何なら助かるくらいだ。回復士が足りていない。
「…………」
護衛になるのかよって顔をされた。
「分かったわよ。その代わり、ちゃんとお父様を説得してね」
こうして、ニコは正式に俺たちのパーティに加入することになった。
「アレス様」
「? どうした?」
用件を済ませたので部屋を出ようとすると、レイに呼び止められた。
見れば、嬉しそうに笑っている。
「騎士団の知り合いに聞いたのですが……。
リーザもこの街に向かっているようです。あなた方の後を追っていますね」
「げ」
「……まだ探してるのか」
「会えるかな」
「懐かしいねぇ」
俺とカイが顔を顰める。
対照的にアリアとシルは嬉しそうに笑った。
「勇者パーティのリーザって言えば……あの?」
「ああ、そのリーザだ」
ニコが驚いた様子で訊いてくる。
この中でリーザと面識がないのはニコだけだな。
リーザは魔王討伐の報酬で奴隷から解放された斥候だ。
その後、魔王軍の残党を討伐しながら私財で奴隷を解放しているらしい。
「どうしてアレクとカイは嫌そうなの?」
「リーザは俺たちを元の職業に戻そうとしてるんだよ」
「あはは、まだ諦めてなかったんだ。立派に後処理してるのにねぇ」
「アイツは俺たちを過大評価しすぎ。自分を過小評価しすぎだよ」
ニコの言葉にカイが答える。
アリアと俺も続く。リーザは自信がなさすぎだとは思う。
「元の職業に戻るって……そんなこと出来るの?」
「その方法を探してるんだよ」
ニコの言葉にやれやれと溜息を吐く。
肝心の俺たちには戻る気がないっていうのに。
ここに向かっているらしい。
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