第一部 13話 元勇者は再現する
「もう休め。見張りは俺が代わる」
カイはそう言うと、立ち上がって長剣を鞘に納めたままで振り始めた。
休めとは言うが、自分は素振りでもする気らしい。
「……相変わらず、基礎体力がないな」
「うるさい、分かってるんだよ」
しかし、すぐに息が上がってしまう。
流石は筋金入りの運動不足だ。
それでも鍛えているのは知っていた。
昔よりは体力が付いている。
思わず溜息を吐く。
借りっぱなしは嫌だった。
「……知ってるだろうが、口で説明するのは苦手だ。剣を貸せ」
「お、おう」
鞘から剣身を抜く。
鞘の方は腰帯に差した。
正眼に構える。
剣を持つのは久しぶりだな。
「出来るだけゆっくり再現するから、後は自分で何とかしろよ」
「……再現?」
騎士団長と手合わせした時で良いかな。
呼吸を整え、目を閉じた。
一つずつ、思い出してゆく。
俺より二回りは大きな体躯。あの時は両手に模擬剣を握っていた。
五歩半先に立っている。
油断なく俺を見ていて意味もなく嬉しかった。
双剣はだらりと下げていた。剣先は外側を向いている。
なのに相手は自然体で隙が見当たらない。
だから騎士団長が先に踏み込んだ。
右の剣を上段から俺に叩きつける。
軽く身を引きながら、俺は剣先で相手の剣身を叩く。
弾かれた右腕を意にも介さず、相手は左の剣を斬り上げた。
左下へと、俺は僅かに屈んだ。
一緒に首も左へと傾ける。
動きに合わせて、剣を真っ直ぐに振り下ろした。
右耳の隣を風切り音が抜けていく。
かんっ、という甲高い音。
相手は右の剣で俺の一撃を防いでいた。
「……ち」
思わず舌打ちが漏れた。
体重を乗せた一振りは上出来だと思ったのに。
相手の左腕が切り返す。
返す刃は剣筋を巻き戻すように、俺の右肩から斜めに下ろされる。
仕切り直そうと思った。
俺は相手の右手から逃げるため、左足を半歩引いて左の剣を避ける。
同時に相手が右の剣を突く。
寸前に俺は大きく後ろに跳んだ。
俺が間合いから逃げ切ると、相手はこちらを睨んできた。
一呼吸の間、騎士団長と俺は視線をぶつける。
「ふ――」
鋭く息を吸って、踏み込んだ。
相手も同時に飛び込んでくる。
相手は左右の剣を順に払う。
まずは左の剣を軽く受け、弾く。
残った右の剣に勝機を見つけて、一際大きく踏み込んだ。
相手は体格差を活かした斬り下ろし。
だが、片手一本。左の剣は間に合わない。
今この瞬間なら俺の一撃の方が強い。
もう一度、かんっ、という甲高い音。相手の剣を弾き上げる。
次の瞬間には俺の剣が騎士団長の首筋に添えられていた。
「こんな感じで……参考にはなるか?」
目を開くと、目の前には騎士団長ではなくて細い樹があった。
後ろのカイへと向き直る。
「……分かった。
いつかは出来るようになってやる」
負けず嫌いのカイは顔を背けながら、そんなことを言った。
やれやれと、首を振る。
「ありゃ、どこだここ?」
いつの間にか随分と移動していたらしい。
随分と遠くにテントが見えた。
? なんだ、これ?
「おい、こっち見てみろ!」
「あ? 何だよ? ……これは」
カイも気が付いたらしい。
この辺りは随分と森の様子が違っていた。
スラッシュ・ベアの特徴的な爪に薙ぎ倒された樹。
ライトニング・ウルフが放った雷撃の焦げ跡。
どちらも魔王領の深くに生息するような魔物だ。
ひょっとして、これが原因で魔物が逃げ出したのか……?
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