第一部 12話 魔力とは
「酒は?」
「あるわけないでしょ? ……そんな目をしてもないんだから」
急いで火を起こすが、それでもシルはうるさい。
アリアが辛抱強く相手をしていた。
「美味い……っ!」
意外というわけではないが、ニコは予想以上に料理が得意だった。
買い足しておいた保存食に森で採った素材を合わせて美味しく作ってくれた。
「流石にアリアとは違うな」
「……あいつは幸運値がある癖に、どうしてあんな味になるんだ?」
カイにひっそりと話しかけた。
アリアは料理が壊滅的に下手だった。被害者の会である。
「馬鹿ね。幸運値が高いから生きてるんでしょ」
「……否定できないな」
シルがこちらへと寄って来た。
食事が美味しかったから機嫌も直ったのだろう。
今回ばかりは迎え入れる。
被害者には違いない。
「アリアは幸運特化、食べる専だからな」
「ははは、イメージ通りだ」
「幸福そうだわ」
「……聞こえてるからね」
アリアの言葉に俺たちは目を逸らして笑い合った。
ニコだけは「そんなに……?」と冷や汗を垂らしていたが。
「ああいう、魔物の異常行動は良くあるのか?」
食後の時間、カイに訊いてみた。
こいつは魔物の行動についても詳しかった。
「ある。結局は野生動物だ。理解できない行動もあるさ。
会話できるだけの知能があれば魔族に分類されるわけだからな」
そうか、珍しいことではないのか。
何だか嫌な感じがするのだが……。
「だが……違和感はある。行動に理由があるはずだとは思う。
何者かの意図が関わってるかは別だけどな」
カイも同じ感覚があるのだろう。
自分で言った言葉に自分で首を傾げていた。
「……魔物を倒したの?」
シルが訊いた。そうだ、シルはいなかったのだ。
「そうだよ! 大変だったんだぞ」
「お前が遊んでいる間、皆は働いていたんだ」
「シル、たくさんの魔物が押し寄せてきたんだよ」
俺、カイ、アリアの三人が次々と言い立てる。
シルは考え込むように、一度顎に手を置いて――
「そっか……」
「?」
――反対の手をすっと差し出した。
「分け前ちょうだい。今朝、山分けって言ったよね」
「やるわけねーだろ」
その手をぺしりとはたく。
ニコが信じられないものを見る目をしていた。
いや、本当は精霊ってこういうものじゃないもんな。
「くそ、上手くいかないな……」
皆が寝静まった後、見張りをしながら俺は魔法の練習をしていた。
「まだ起きてるのか?」
「……悪いか?」
後ろのテントからカイが出てきた。
またいつもの嫌味かと身構える。
「悪くはないが……」
「なんだよ」
「無駄な睡眠不足に見えるな」
「あぁ?」
俺は顔を思いっきりしかめて見せる。
わざわざ言いに来ることじゃないだろ。
「……お前は魔力の操作が甘い」
「…………」
思わず目を丸くした。魔法について、カイが俺に何か話すのは初めてだった。
そもそも『カイル・ローゼンタール』と言えば魔法嫌いの賢者で有名だ。
今も心底うんざりとした表情で続ける。
俺は必死に理解しようと頭を働かせた。
「魔法は発動方法によって四種類に分けられる。
共通しているのは内部魔力を用いて外部魔力に働きかけること。これはそのまま魔法の定義でもある」
もう一度、ぼんっと音を立てて魔法の発動に失敗した後、俺はカイの言葉に集中することにした。ほとんど独学である俺にとっては分からない単語も多い。
「一つ目は詠唱。内部魔力を宿した言霊を用いて外部魔力を操作する。
最も一般的ではあるが、口頭で行う必要があるな」
知っている。
詠唱魔法こそが基本であり、その手順を効率化することが魔術だと聞いた。
「二つ目は魔力線。内部魔力で線を描き、そこに外部魔力を流し込む。
いわゆる無詠唱というものだ。魔法使いの杖は魔力線を描くためにある」
これも知っている。
四大元素の内、一つでも第三階梯まで無詠唱を扱えれば、それだけで熟練した魔法使いとされる。
「三つ目は魔道具。疑似的な魔力線を用いて無詠唱を再現する技術だ。
内部魔力がない人間でも扱えるが、汎用性に欠ける」
これは……魔道具の存在は知っていたが、魔道具も魔法に該当するのか。
疑似的な魔力線ってのは魔石のことだろう。
「四つ目は固有魔法。生まれつきの特性と言うべきかな。
体内に魔力線が形成されている場合の例外だ。自分に外部魔力を流し込んで発動する。体内に魔道具があるようなものと言えば伝わるか?」
最後の一つは聞いたことがなかった。
だが、俺とは無関係だろう。基本の詠唱魔法ですら上手く扱えないのだ。
「…………」
「魔力って何なんだ?」
意を決して訊いてみる。
すぐにカイは答えを返してきた。
「……その話をするには魔法における元素の話をする必要があるな」
どうやら俺の質問を待っていたらしい。
「魔法の概念には元素というものがある。
要するに世界を構成している要素のことだ」
「それは知ってる。四大元素のことだろ」
「正確には『地水火風空』の五つだ。四大元素に『空』を合わせて第一次元素と呼ぶ。そこから派生した元素を第二次元素」
世界の全ては元素で構成されている、とカイは言った。
さらに全ての元素は第一次元素で構成されている、とも。
「派生って……どういうものを指すんだ?」
恐る恐る訊いてみたが、意外にもカイは憎まれ口を叩かなかった。
「例えば『鉄』『氷』『炎』『雷』などだ。
組み合わせや状態の変化によって派生する」
なるほど。『地』と『火』の組み合わせで『鉄』。
『水』の状態変化で『氷』か。後は『火』と『火』で『炎』……いや『火』と『風』か? あるいは『火』の状態変化? 『雷』は……。
「ま、この辺りの呼び方は諸説あると言って良い。
重要なのは、全て第一次元素の組み合わせだということだ」
うんうんと悩み始めた俺を見てカイは苦笑した。
当然か、ただの呼び方の話だ。
「? 待て『空』がないぞ」
「そう。『空』というのは霊体を指す。同時にこれが魔力の源でもある。
エーテルの結晶である魂が絶えず吐き出しているものを内部魔力と呼ぶ」
少しずつ付いていけなくなってきた。
エーテルってのはあれだよな? 幽霊とかを構成している物質……。
「体内に留められる間は内部魔力として保管され、溢れた分は外部魔力へと流れ出る。空気中の外部魔力の濃度が上がると結晶――魂の核となる」
「魔力と霊体は同じもの……」
「そうだ。大気が風で循環するように、肉体が食物連鎖によって循環するように……魔力も霊体に形を変えて循環している」
そうか。
昔、聞いた話と繋がってゆくのを感じる。
「じゃ、じゃあ、幽霊ってのは……」
「はっ、珍しく察しが良いな。幽霊と言うのは、この循環から外れた魔力だ。
大抵は残留思念を持っているから厄介だがな」
「……そうか」
「魔力が何かという質問に答えるなら、魂と呼ぶのが正しいだろう。
それは魔力の源であり、生物の生命力であり、大気中に満ちている『空』だ」
「俺はその操作ができていない?」
「そうだ、まずは意識しろ……お前は魔法と言うものを特別視しすぎている。
俺に言わせれば、体を動かすことと変わりはない。動かし方が違うだけだ」
「魔力の動かし方……」
確かに、そこまで意識していなかった気がする。
「そうだ、お前の『風』と変わらん。
この世界を構成している要素の一つを操ることに違いはない」
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