第一部 11話 泥棒がお金になる
「この辺りにシルは来たんだな?」
「……この辺りの依頼を受けて街を飛び出したのは間違いないみたいだけど」
俺が改めて訊くとアリアは困ったように俯く。
近くの森まで俺たちはやって来ていた。
幸い、今朝に依頼をこなした場所に近かった。ある程度は土地勘がある。
それに魔物の暴走があったからだろう、魔物の数が極端に少ない。
「これなら探すくらいは出来るな……野宿は確定だろうが」
「今日の宿代を払う前で良かったな」
カイの言葉に軽口を返す。
すでに日が沈み始めていた。
「別に宿で待っても良かったんじゃない?」
「それはダメ。絶対に問題が起こる」
ニコの疑問にアリアが答えた。
信頼と実績のある回答である……いや、信頼はないと言うべきか。
「そうなんだ……」
「ニコも来てくれて良かったのか?」
「流石に寝覚めが悪いわよ。詰所を目指すにしても遅いし」
「それは助かる」
あの街で育ったにしては随分と善良だな。
既に今のシルより信頼できる。
「でも、手分けして探すにしてもある程度は目星を付けないと……」
「それは……確かに」
ニコの言葉にカイが頷く。
手がかりもなしでは無駄足になりかねない。
「……誰だ?」
その時、近くの茂みから葉擦れの音がした。
「わっ! ごめんなさい、ごめんなさい!」
俺の声に驚いた様子で謝る声が聞こえてきた。
すぐにガサゴソと音を立てながら出てきたのは男の子だった。
十歳くらいか? 虫網と虫籠を抱えている。
「どうして子供がいる?」
カイが厳しい口調で訊いた。
「む、虫を採りに来たんだよ。今は魔物がいないし。
高く売れる虫がいるって噂があって……俺のお母さん、病気だから」
男の子は最終的に涙目になってしまった。
……どうやら警戒を解いてよさそうだ。
「怖がらせてごめんね。
二人ともピリピリしてるみたい」
アリアがすっと前に出る。流石に子供の扱いには慣れている。
笑って見せると、男の子も警戒を解いたようだった。
「……いいよ」
「でもあまり遅くなる前に帰るんだよ?」
「うん、わかった。あと一か所だけ回ったら帰るよ」
「もう、仕方ないねぇ」
アリアが男の子の頭を撫でる。
素直な良い子じゃないか。
「……待て。高価な虫って言ったか?」
「うん、魔力? があるんだって」
「ひょっとして魔力蝶か?」
「えーと、綺麗な蝶って聞いたよ」
男の子から話を聞いて、カイは少しだけ考え込んだ。
……魔力蝶?
「ああ、その名の通り魔力を帯びた蝶だ。
幻覚の魔法を使用するので魔力を封じる虫網と虫籠を使って捕まえるんだ」
「へぇ……」
男の子が持つ虫網と虫籠をちらりと見た。
流石に賢者。知識に関しては凄まじいものがある。
「もっとも、この辺りに生息するという話はない。
……亜種でも出たか?」
さらにカイは考え込む。
時間が掛かりそうなので、俺から声を掛けた。
「で、それが何か問題なのか?」
「ああ、そうだ。シルが受けた依頼もそれじゃないか?」
「…………」
いかにも有りそうな話だ。というか、間違いない。一攫千金だ。
魔物がいないし、高価な蝶を採りに来たんだろう。
「なぁ、その蝶ってどこにいるんだ?」
「……この辺りに目撃情報があって、その白い花に集まるんだって」
俺が訊くと、男の子は近くに群生している花を指さした。
この花を見るために草むらにいたのだろう。
「よし、この白い花が生えている場所を探してみよう」
魔力蝶を探しているシルがいるかもしれない。
男の子と別れて、手分けしてシルを探す。
というのも、魔物が一匹も見当たらなかったから安全だと判断したからだ。
「……都合は良いけど」
でも嫌な感じがする。
そもそも、あの暴走は何が原因だったのか。
龍帝山脈は大陸を三分している、長大な崖にも見える山脈だ。
大陸の西側は帝国が、南側は皇国が統治していた。王国は東。
ちなみに魔王領は北側。北上して龍帝山脈が途切れた先にある。
目の前に見える龍帝山脈を越えた先は帝国と皇国があるのだ。
王国にとっては南西の辺境であっても、ここは大陸から見れば中心だった。
とは言え、この山脈を越えることは難しい。
各国が交流するにはこの龍帝山脈を迂回しなければならなかった。
例外はドワーフで、彼らの国は地下にある。
龍帝山脈を越える術もあると言われていた。
裏を返せばドワーフ以外には龍帝山脈を越える術はない。
つまりは行き止まりなのだ。
その行き止まりで生活していた魔物が一斉に飛び出してきたということになる。何か理由がなければ、そんなことはしないのではないか?
――その時、声が聞こえてきた。
「やった! 捕まえたっ!」
薄暗い森に響き渡る。
さっきの男の子の声だ。
良かった。見つかったのか。
……一応、声の方向へと歩き出す。
ひょっとしたら、あの声をシルが聞いてしまうかも知れない。
だとすれば、間違いなく男の子の方向へと向かうだろう。
「銅貨で釣れたっ!」
男の子の声が続く。
――銅貨で釣れた?
俺は全力で走り出す。
『金で釣れる蝶』に心当たりがあった。
奇しくも、その広場に俺たちが辿り着いたのは同時だった。
男の子は虫籠の中を嬉しそうに覗き込んでいる。
「あ、お兄ちゃん! 見て! 捕まえたよっ!」
男の子が俺たちへと歩み寄って、虫籠をばーんと見せてくれた。
「いやぁ! シルぅ……!」
アリアがいやいやと首を左右に振る。
……ウチの精霊が虫かごに入っていた。
風の精霊魔法が打ち消されて困惑している。
しっかりと銅貨を握っていた。
現行犯である。
最後はまるで牢屋のように格子を掴んで俺をじっと見た。
……こっち見んな。
「あ……あのな? そいつは虫じゃないんだ。俺たちの仲間なんだ」
「そうなの?」
恐る恐る、俺は男の子へと切り出した。
この子は何も悪くない。病気のお母さんを助けようとしただけだ。
「だから持ち帰っても売ることは出来ない」
「そんなぁ……」
俺の言葉に男の子は項垂れた。
罪悪感は膨れ上がるが、仲間を見捨てるわけにもいかない。
「ああ、だから俺たちに引き取らせてくれ」
「買ってくれるの!?」
「…………」
言葉選びに致命的なミスってあるんだなぁ。
泣きそうな目をしたシルがじっとこちらを見ていた。
……だからこっち見んなって。
「払ってくれなかったぁ!?」
「自業自得なんだよっ!」
俺たちが頼み込むと、男の子はシルを開放してくれた。
さらにアリアから言われた通り、大人しく帰っていった。良い子である。
しかし、それからシルがわんわんと泣いている。
俺たちが身代金……いや、保釈金を払わなかったのが嫌らしい。
「銅貨も盗られたぁ!」
「盗れなかった、の間違いだろ」
反省の色がないというか、ガチ泣きである。
カイも容赦ないが、虫籠に捕まる精霊にも非はあるだろう。
「やっぱり問題起こしたじゃない……!」
「何よ! お金稼いであげようと思ったのよ!」
アリアも半泣きである。
昔ながらの仲間が銅貨一枚で売り捌かれるところだったのだ。
「これもミイラ取りがミイラになるって言うのかしらね……」
ニコが半笑いを浮かべた。
今日はここで野宿する他ないのだ。
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