束の間の日常とギルド長からの尋問
あれから数日程経った。
リューリはフラガラッハの柄を、取り替え、新たに短剣を購入していた。
少々値の張る職人に頼んだらしく、軽い金欠らしいが、この短剣の対となる短剣はそうそうなく、少しでもいい物をとの事であった。
でも、相当気に入っていて、本人曰く、ほかの短剣に持ち替えられない と言わせる程に馴染むらしい。
葵も葵で、グリダウォルの杖をかなり気に入っている。
魂を吸い取らなくても、ほっとけば勝手に上限いっぱいまで魂火が溜まっていくからだそうだ。
魂火を全部、吸い取るとどうなるんだ? と黒が尋ねた所、弱っている相手なら死ぬけど健常者なら、倦怠感のある風邪のような症状になるそうだ。
相手を死に至らしめるには葵がそういう風に仕向けないと、そうそう死なないらしい。
そして、黒が手に入れた大アルカナ、運命は、まだ、この街に小アルカナがある事を示している。
とりあえず、探すか……の、その前に と塔の大アルカナの間取りを考えてワクワクしている。
塔の大アルカナはかなり便利で、タンスや洗濯機、冷蔵庫にシステムキッチンと、オプションも豊富にあり、ケロを払えば畑や牛や鶏、豚やヤギ、羊などの家畜も飼育できる。
ドアは裏口に設定してあり、玄関と勝手口を別につけていて、外には広々とした草原が広がっている。
その大きさは、ちょっとした街サイズであった。
今は満足いく間取りにして、ギルドの依頼の為、三人で奮闘している。
今回の依頼は、大発生したジャイアント・トードの討伐依頼と、ついでに、グレートバイソンの依頼を受けている。
依頼は最大三つまで受けることが出来、決められた日数以内に完了すればいいのだ。
「葵!!お願い!!」
ジャイアント・トードに切りかかるリューリが、援護を申し出ると葵も呼応する。
「任せなさい」
魂火を横に広がるように展開し、ダメージとスタンを与える範囲CCの行燈術ーー魂火の開門を発動する。
複数のジャイアント・トードは巻き込まれスタン状態となった。
それに合わせて、リューリも複数のジャイアント・トードに対し、双剣技を披露する。
気を身体にまとい、スーパーアーマーを施し、疾風の如き速度で12回の捨て身の連撃を行う双剣技ーー 風華乱舞で、確実に急所を狙っていく。
黒は黒で、二人の反対側にいる数匹のグレートバイソンを一人で相手にしている。
そんな黒に、時折遠距離からのアシストを葵が送っているという具合である。
そんな感じで依頼をこなしていく。
報酬を増やすため、ジャイアント・トード30体の所を2倍の60体、グレートバイソンは15体の所を50体を目標にしている。
日が沈み始める朱色の空のした、それでもなお、戦いを続けている。
普通の冒険者ならもうそろそろ切り上げて、ギルドに報告し、風呂に入って一杯やろうとなる所だ。
今までの黒たちもそうであったが、塔のアルカナを手に入れてからは違った。
このアルカナを使用するとドアが現れて、内側から鍵を閉めるとドアが消える仕様になっている。
だから、どこに居てもアルカナの家の中に入れば、安全に夜を過ごせるのだ。
それに、この世界にない電子レンジやエアコンや風呂場、トイレが多機能で何より衛生面が下手な高級宿より整っており、寧ろ、最近は宿屋に三人とも泊まっていない。
酒と食材や出来合いの惣菜等を冷蔵庫に入れ黒の手料理を肴に酒を嗜む。
黒が調理している間に、リューリと葵が風呂に入る。
風呂場は銭湯ほど広くは無いが、八畳間ほどあり、湯船も大男三人ぐらいなら余裕で入れる広さ。
シャワーもそれを想定してか、三つ完備されている。
特にリューリと葵の評判が良かったのは、ボディソープにシャンプーとリンス、肌のケアをする化粧水など、女子には必需品の物品であった。
この辺のも、ケロを払えば買えて、家電関係はデフォルトだが、ケロを払えばもっといい物にできたりする。
それでも、普通に生活する分には全然余裕である。
1階には、風呂場、リビング、キッチン、客間、物置部屋、トイレがあり、2階には、六畳間を5部屋もあり、トイレも用意している。
仲間が増えればまた間取りを替えようと黒は思っている。
そして、浴衣姿の風呂上がりの二人が出てくると、調度、鍋に火をかけて二人に声をかける。
「おう。
出たか」
「故郷の料理の匂いに似てるね」
葵が言うと、リューリも初めての香りに唾液が口に溜まるのを感じる。
「美味しそうな匂い」
黒は今日の献立を、口にする。
「今日は、白米と味噌汁、肉じゃがとポテトサラダを作った」
テーブルにはポテトサラダが置かれており、リューリの大好物になっている。
だが、今日の肉じゃがで大好物が増えるのである。
そうこう話しているうちに、味噌汁と肉じゃがが温まる。
二人に黒は告げる。
「ご飯と味噌汁持ってってくれ」
「あいよ」
葵が返事をし、黒が盛り付けた茶碗とお椀を二人で持っていく。
黒は深めの中皿に肉じゃがをまとめて入れてテーブルに運んでいく。
テーブルも日本式で、座布団や座椅子に座って食事をする。
最初のうちは、リューリはこれに慣れなかったが、今ではちゃんと正座して食べるようになっている。
黒と葵は箸を使い、リューリは箸を練習しつつ、スプーンとフォークで食べている。
「そういえば、黒はなんで箸を知ってたんだい?」
それに黒は用意していた言い訳を口にする。
「じいちゃんが、色んな国の文化が好きだったんだよ。
それで、箸も使ってたんだよ」
すると、少し疑心を帯びた目つきで葵が
「ふーん」
と、横目に見る。
リューリはと言うと、肉じゃがに夢中であった。
いつもなら、みんなでワイワイ話しながら酒を嗜み食事をしてたが、今日は違った。
そんなリューリを見て、嬉しく思う黒。
「そんなに好みだったか?」
リューリに尋ねると、首を縦に振る。
「こんな美味しい味初めてだから」
また口にじゃがいもを箸で刺して口に入れる。
そんな日々を過ごす三人は、あっという間に三日経ち、目標達成すると街に戻った。
街を歩くと、また、視線を集めていることに気がつく。
「なんで俺ら、こんなに注目されてるんだ?」
「両手に花だからじゃないか?」
いつぞやの回答を葵が返す。
「花って、私は葵ほど美人じゃないよ」
リューリが言うと、葵はジト目で答える。
「何言ってるんだい。
その太陽を思わせる美しい金髪に整った凛とした顔立ちなんだから、リューリも十分男を惑わす魅力を持ってるさ」
ねぇ、黒 と視線を送ると頷いた。
「そうだな。
リューリは十分魅力的だぞ?
その浴衣もすごく似合ってたし、ちょっとしたドレスを着たら、どっかの高貴なお嬢様に見えると思うぞ」
葵には髪の色よりも濃い青に蝶々の柄のを、リューリには赤く金枠の椿の花がちりばめられた浴衣を、黒が用意したのだ。
着方は葵がわかっており、リューリに教えて一人で着れるようにもなっている。
そんな褒められて、頬を朱色に染める。
「そんなことないよ……。
葵みたいにお肌のツヤは無いし……」
否定しているが満更でもなさそうで、葵へと話題を変えようとする。
そんな平和な日々をこれからも過ごしていく。
ついにこの日が来てしまった とレイギンからの呼び出しにどう白を切るかと悩んでいると、あっという間に目的地に着いてしまう。
ギルド前にて立ち止まっていると、それを見つけた、買い物カゴを持つレミアがわざわざ声を掛けて来る。
「こんなところで立ち止まって何してるんですか?」
黒は観念したように、本音を話した。
「今日はギルド長に報告の日だろ」
すると、レミアは首をかしげる。
「ステータス表を提出するだけじゃないですか」
相変わらずの間延びするような口調で、そんなことで? と言うふうな態度のレミアに、黒はため息を吐く。
そんな黒に、疑問符を頭につける。
「だって、レベルが上がらないのだから、ステータスもかわりないんでしょ?
それとも、何かあるんですか?」
問い詰めるような物言いに、もう面倒臭いと思った黒は、やけっぱちになる。
「わかった。わかったよ。
報告するからステータスチェック装置の準備を頼む。
それと、俺のステータスはギルド長以外には見せるなよ」
念を押すような物言いに、首を傾げつつもつつがなく進むと思うレミアであった。
ギルド内に入り、レミアはすぐに、カウンター奥にある測定器を持ってくる。
測定機は、平たい板に文字が書かれており、その下に紙を置く仕組みで、手をかざすと、そこから黒の情報を読み取り紙に書かれていく仕組みである。
ギルド登録の時のように、レミアはスイッチを入れてどうぞと言わんばかりに、手をかざすよう言うと、黒は一拍置いてから手をかざした。
紙にどんどん印刷されていく黒のステータス。
それが終わると、目を見開いて驚愕するレミアが大声で叫びそうになる。
黒は察知して、カウンターに乗り出し、口を押さえつけて止めに入る。
「叫ぶな」
と、小声で言うと首を縦にコクコクと振る。
周りで見ていた者たちは、何事か? と注目する。
その視線に、あまり宜しくないと思う黒は、小声でさらに続ける。
「早くギルド長のところに行くぞ」
「う、うん」
二人は2階へと上がっていき、その様子を奇異な目で眺める目撃者達。
だが、彼らも暇では無い為、すぐに興味は今日の自分たちの予定や仕事に戻っていく。
パーティを組んでいれば、リューリも黒のステータス上昇や刀剣レベルや各属性魔法レベルの事も嫌でもわかってしまう。
最初の内は戸惑っていたものの、今は当たり前となっている。
「黒のステータスってレベルで言うといくつなんだろう?」
最初の街ーードナイの街にあるカフェで、静かで穏やかな時間を過ごすリューリと葵。
リューリの疑問に葵はご機嫌にケーキを食べてから答える。
「そうさね。
人の才能はピンキリだから、一概には言えないけど、30半ばから才能ない人で80レベルぐらいじゃないかね?」
「そうだよね……。
私が一番レベルが上だけど、ステータスは黒の方が上なんだよね」
今の二人のステータスは、
葵
26レベル
ステータス
力29、体力12、丈夫さ11、器用さ11、素早さ16、魔力30、魔力操作33、意志力33、魅力28、愛27。
リューリ
30レベル
ステータス
力35、体力34、丈夫さ36、器用さ34、素早さ36、魔力7、魔力操作12、意志力20、魅力26、愛26。
互いにステータスをみるとちゃんと自分の得意な部分は伸びているのだが、黒のステータスを思い出すと、確実に自分たちのレベルより上である。
「やっぱり、ステータスが上がる強みねぇ。
あたい達はレベルだから強い敵と戦わないと経験値も稼ぐのが大変だからそろそろここよりワンランク上の魔物やモンスターが出る地域に行くか、少し無理して海沿いの依頼を受けるようにするかしないとダメかもね」
葵が提案する。
「海沿いは、私たちじゃぁまだ早いよ。
海沿いは、Bランク以上の依頼がほとんどだし、私はまだDランク出し、葵は上がって私と同じDランクだけど、何故か黒はまだ、Hランクのままなんだよね……」
リューリは海沿いについてはネガティブであり、黒のランクアップに至っては、実力に見合ってないと不満げである。
「まぁ、レベル1だから、仕方ないんじゃないのかい?
下手にランクを上げると、不満を持つ冒険者も出てくる可能性があるから、ギルド内での不和が出ても、ギルド的には困るからねぇ。
何か手柄を何度か上げないと、黒に関してはランクを上げにくいと思うよ」
リューリは、悩ましげに、
「手柄かぁ~。
でも、このドナイの街じゃぁ、そんな強いモンスターや魔物は中々現れないからなぁ。
前回みたいに序列12のゴガバみたいなのがこの辺でも出ればまた、話は変わるんだろうけどね」
魔物やモンスターの強さは、序列と呼ばれ、数字が低いとその分弱いと言われている。
ドナイの周辺には、序列1から3の魔物ばかりで、ランクHからE向けのモンスターばかりある。
海沿いは少し序列が高く、BからAランク向けの序列9から11の魔物が居る。
ランクの依頼内容も示すと、
ランクH、G……野草取り、農家の手伝い、年寄りの手伝い、H、Gランクに対してFランク以上の人が多ければ、討伐依頼可能。ただし、序列1~4までの討伐依頼まで。
ランクF……序列1~4までの討伐依頼可能。
ランクE……序列1~8までの討伐依頼可能。
ランクD……序列4~10までの討伐依頼可能。序列1~3はFランク以下の仲間がいる場合可能
ランクC……序列8~14までの討伐依頼可能。序列1~7はDランク以下の仲間がいる場合可能。商人の護衛依頼も受けられるようになる。
ランクB……序列10~16までの討伐依頼可能。序列1~9はCランク以下の仲間がいる場合可能。商人の護衛依頼も受けられる。
ランクA……序列16~18までの討伐依頼可能。自分より下のランクの仲間がいる場合、下の序列も受けられる。商人や貴族から護衛依頼も、受けられる。
ランクS……序列18~20までの討伐依頼可能。貴族や大商人の護衛依頼も出てくる。
ランクSS……序列20以上の討伐依頼可能。王族、貴族、大商人などから指名で依頼が来る事が多い。
ランクX……このランクの者はまだ居ない。一国を救う程以上の功績を上げると得ることができ、ギルドを通さなくても、個人的な依頼を受けても良い。
という具合である。
ギルドに所属すると、緊急以外は基本的に、ギルドを通さないと報酬のある依頼は受けられないのだ。
そうでないと、ギルドの運営が上手くいかなくなる事例が過去にあったためである。
ただし、騎士や兵士、身分の高い貴族や王族の依頼は可能としている。
それは、時折起こるモンスターや魔物のスタンピードに対応しなければならない時に、ちゃんと協力してもらう為である。
だから、ムレアの依頼は受けても問題なかったのだ。
二人はそれぞれのカップに口をつけて1口飲むと、また、女子談義を始める。
「恋話とかって葵はあるの?」
唐突に言われ、少し驚く。
「なんだい急に?」
「いや、葵程美人だとそういう話いっぱいありそうだなぁ~って思って」
「あたいには苦い思い出しかないよ。
男は下心丸出しだし、女は女で、あたいが告白されたら嫉妬で嫌がらせばかりさ。
だから、恋愛とかはあたいにとっては、害でしかないね」
「黒は?」
「……」
黒の名前を出されると沈黙する。
「ふーん。
葵は黒のこと気になってる? ってか好きなの?」
突っ込んで来たリューリに、ため息1つ吐いて、
「正直、分からないね。
悪くはないし、好きだけど、あたいのこの好きが恋愛なのか、友人としてなのか、まだ出会って数週間しか経ってないしね。
リューリはどうなんだい?」
意外にもすんなりと答えてみせる。
「私は友人としても、一人の異性としても好きだよ。
でもね、告白とかしたことで、今の環境が変わるのが嫌だからまだ、告白はしないかな」
「よく数週間の仲の相手にそういう好意を抱けるね」
「私自身、煙たがれる戦い方してて色んなパーティから見放されてたし、黒だけが手を差し伸べてくれたし、ご飯も美味しいし、旦那さんにするなら黒がいいかなって。それに」
リューリは割と真剣にいう。
「もし、葵が黒の事を好きになって告白しても構わないよ。
私は二番でも三番でもいいし、寧ろ、葵が告白したら私もするしね」
「そうさねぇ」
色々と思考を巡らせるも、今一ピンと来ない。
そんな葵にリューリは
「一夫一妻なんて一部地域での慣習でしょ?
少なくても、この辺の文化は一夫多妻の人もいるしね」
一応、補足すると、この世界は、多夫多妻、一夫多妻、多夫一妻、一夫一妻と多様な文化が存在するが、主流は一夫多妻であり、その多数の妻と子を平等に愛せるか? ちゃんと養えるか? と言う条件さえ揃えば全然ありなのである。
だが、ちゃんと養えるか? の部分がクリア出来ない者の方が多く、女は養われるものと言うのが主流の考え方な為、一夫多妻になる家庭の大半は、女の方もちゃんと働いて、自立心の強い人が多い。
その他には、未亡人になった知り合いを引き取ると言う形で第二第三の妻として受け入れている家庭もある。
その台詞に、葵は
「まぁ、確かにそうさね。
あたいの地域は一夫一妻が普通だけど、ここはあたいの生まれ育った国じゃないしね」
柔軟に肯定的に答えると、リューリは相槌を打つ。
「そうそう。
私としては、葵とも家族になりたいって思ってるよ」
予期せぬ台詞に少し驚く。
「そうなのかい?」
「うん。
私の無茶な戦い方にいつも合わせてくれるし、今まで組んだパーティの中で、黒と葵が一番しっくりくるんだ。
そんな2人とずっと一緒にいたいって今は思ってるよ」
そんなセリフに、なんだか嬉しくも照れくさく思う。
「嬉しいこと言ってくれるねぇ」
女子談義はまだまだ続いていく。
新しい飲み物とデザートも頼んで。
ギルド長ーーレイギンは目を細める。
「ステータスが上がっている……」
先程の紙には、黒のステータスが書かれている。
黒
レベル1
力34、体力33、丈夫さ30、器用さ31、素早さ38、魔力34、魔力操作32、意志力30、魅力25、愛35
刀剣レベル12
火12レベル、水15レベル、土10レベル、風16レベル、太陽10レベル、月16レベル
黒刀・黒夢18レベル(精錬無し)
白銀刀・綺羅夢18レベル(精錬無し)
技 省略
魔法 省略
予想通りの台詞に、黒はどうしたものか? と思う。
「君は一体、何者なんだ?」
「前にも話したが、わからん」
「それにしたって、このステータスはどういうことなんだ?」
「俺はレベルが上がらない代わりに、実践で何をしたか? によってステータスが上がるらしい。
それしか分からない」
黒の台詞に、レミアもまだ、信じられない という具合に驚いている。
「こんなことって、信じられません……」
呟くレミアにレイギンは同意するように頷き、
「このステータスだったら、今すぐにでもDランクになれるが……」
そこで黙り込んでしまう。
それは、レベルが1であることから、ただでDランクにする訳には行かない。
ステータスを見せたとしても、納得するものは居ないだろうし、レイギン自身も納得いかない思いである。
レベルでステータスを上げない存在は、この世にただ一人、黒だけだからである。
「ここまでイレギュラーだと、何か功績を上げてくれたら、ランクを一気に上げられるのだが……でも、このステータスの変化は信じられない」
そんな時である。
両開きのドアが開かれた。
「話は聞かせてもらったぜ」
そこに現れたのは、アーサーであった。
「なぜ、ここに?」
と、こんな時にまた面倒な奴がと、露骨に嫌そうな顔つきになるレイギン。
そんなレイギンに気楽な感じで、
「そう言うなって。
それよりよ」
黒の方を向き、
「お前のステータスの件は立ち聞きさせてもらった。
良かったじゃねぇか。
ちゃんとステータスが上がってよ」
アーサーは本当に良い奴なんだな と黒は思った。
「黙っててすまなかった。
俺自身も、レベルじゃなくてステータスが直接上がるとは思わなくてな。
あまり周りに言わない方がいいと思ってたから、アーサーにも言ってなかった」
「別に構わねぇよ。
お前の事はお前が決めればいいんだ」
「本当に良い奴だな」
「そうか?
まぁ、俺のことは置いといてよ。
功績を上げれば、黒がランクアップできるんだろ?」
レイギンに問うと、
「何をするつもりだ?」
警戒する。
そんなレイギンに、アーサーの顔つきが真剣なものに変わった。
「騎士団のパトロールの奴が言うには、東の草原地帯でスタンピードの兆候が見られるらしい」
「スタンピード!?」
「スタンピードですって!?」
レイギンに続き、ひぃと声を上げそうな顔つきでレミアが驚愕する。
スタンピードとは、魔物やモンスターが群れをなして、大移動をする現象であり、原因は様々で、自分たちより強い魔物やモンスターが現れて生存競争に負けての大移動だったり、多少知能がある魔物やモンスターが他の魔物やモンスターを率いて人族に挑んだり、と、他にも色々な原因があるが、要するに、大量の魔物やモンスターが出現することである。
レイギンは深刻な顔つきでアーサーに問う。
「どの魔物ですか?」
「オーガだ」
「オーガだと?
東の草原で時折見かける程度の、この辺ではかなり少ない魔物じゃないか。
ゴブリンと見間違えているんじゃないか?」
「バカ言うなよ。
オーガとゴブリンじゃサイズが違うだろ。
オーガサイズならゴブリンキングやクイーンだから、もっとタチが悪いぞ?
ゴブリンのスタンピードは、一国の兵士を動員しないといけないぐらいの人海戦術を取らねぇと止められねぇぐらい多いし、そんなに多いゴブリンがいるなら、とっくの昔に対処してる」
オーガはゴブリンよりも個は強いが、ゴブリンは数年に一度大量発生することがあり、クイーンが現れた時である。。
ただ、クイーンが現れると、ゴブリンがかなり凶暴化するため、すぐにスタンピードの兆候と分かり、クイーンとキングの討伐が始まり、スタンピードが起こる前に対処出来る。
だが、オーガの場合は、少し違う。
「オーガは、序列12のバトラーか? それとも15のロードか?」
スタンピードと言うぐらいだから、それがわかってないとスタンピードとは言わない。
「ロードらしい」
アーサーが言うと眉間に皺を寄せた。
「黒くんに何をさせる気だ?」
アーサーは、ニィと口角を上げて見せる。
「黒の実力を知りたいから、ロードの討伐を依頼したい」
「バカ言わないでください。
それなら、Cランクかお前に依頼する」
憤るような声音で言うと、アーサーは黒へ視線を送り、
「興味はないか?
このイレギュラーな存在がどんな強さなのかが」
「それは……」
少し籠った所に畳み掛ける。
「これがダメなら、黒のランクを無償で上げてやらねぇと、こいつ、生活するのがきつくなるんじゃないのか?
今は美人二人が依頼を受けてくれてるから、それなりの報酬を得てる見たいだが、何かあった時、路頭に迷っちまうだろ?」
「うむ……」
口を固く結ぶように閉ざしてしまう。
「勿論、オーガは俺たち騎士団が引き受けるからよ。
それにいざとなれば俺もいる。
あとな、レベルが上がらない代わりにステータスが上がるヤツをギルドが手放したら痛手になるだろ」
「それは……承知してる……」
二人は理解している。
このステータスが永遠と上がっていくと言う事は、全ステータスが遅かれカンストする。
そんなイレギュラーの者を野放しにする事の損失は絶大である。
だが、レイギンは、何かあって大怪我をして戦えなくなっては元も子もないと思っているが、何よりも黒自身の心配をしているのだ。
でも、アーサーの言う通り、このままのランクと言うのも不自然である。
レイギンは黒の方を向き問う。
「黒くんに委ねる。
これはギルドの依頼ではなく、騎士団の依頼という形にするけどね」
そうしないと、Hランクをそんなとこに送り込んだ事に不満を持ち、冒険者との不和を防ぐためである。
黒は二人に尋ねた。
「前に倒したゴガバとどっちが強いんだ?」
すると、アーサーが答える。
「ゴガバだな。
だが、スタンピードの場合、取り巻きがいるはずだから、オーガロード単体ではなく、オーガロードとオーガ数体またはその他魔物も付いてくると思った方がいい」
少し考える風に、顎を撫でてから黒は答えた。
「俺としては、ステータス上げや各種レベル上げのために、参加したいな」
敢えて閃きの事は黙っていた。
ここに技や魔法までイレギュラーなんて知られたら、絶叫されるのではないか? と思ってのことである。
それにレイギンは頷き、
「わかった」
一言言うと、それ以上の言及はしなかった。
黒は運命のアルカナを頭の中で使うと、やはり、ドナイ東の草原奥地を指している。
全部で四つの小アルカナである。