異世界の事故物件? その三
黒はホール左のドアへと向かい歩いていく。
中に入ると薄暗く、なんの部屋なのか分からない。
「多分、ここら辺に……」
予想通り、光の魔石を点灯させるスイッチを見つける。
そこは、質素な食堂であった。
「使用人専用の食堂か?」
長机と椅子だけが整然と並べられ、調度品や装飾もない。
ここでどんな営みがあったのか? と黒は少し想像してみる。
メイドや警備兵が騒がしく飯や酒を楽しんでいたのか、静かに黙々と食事をしていたのか? と色々な光景を思い浮かべてみる。
気が済むと辺りを改めて見渡し、特に何も目に止まらず、奥へと進んで行く。
一番奥の角には、少し大き目のドアがあり、ここから食事を台車に乗せて運んでいたであろうと想像する。
その時であった。
何かに見られているような気がし、改めて食堂を見渡した。
何の変哲もない、質素な食堂。
隠れられる場所と言えば、精々、長机の下である。
だが、視線はそんな低いところからでは無いと直感的に感じた。
上を見あげると、隠れてこちらを伺える場所はなく、等間隔に並べられた光の魔石しかない。
この傍観者は寧ろ、堂々と少し距離を取って、こちらの事を観察するように見下ろしているような感じがする と黒は思った。
コレが幽霊なのか? と思うも、なにかしてくる様子がない。
とりあえず、今は先へと向かうか…… と思うと、ドアを開ける。
そこは厨房であり、給仕の台車や錆びていない包丁やフライパンなどが綺麗に並べられている。
食材があれば今すぐにでも調理ができそうな清潔感がある。
「ここが厨房だとすると、食料庫は近そうだな……」
そんなことを呟きながら、今度は振り返ることはせずに気配を察知する。
やはり、高いところか距離を取ってこちらを見ている気配。
黒は、どうしたものか? と思考を巡らせると、先程入ってきたドアへと向かい、食堂に戻った。
そして、ドアを閉めてノブを開けられないように押さえつけると、ノブを回す手応えを感じた。
その力は黒が想像していたよりも強い。
「誰だ!!」
怒鳴りつけると、ノブを回すのを諦めたように、力がなくなる。
コレが幽霊もとい、精霊だか妖精か? と思うと、勢いよくドアを開けて、刀を抜いた。
「ちょっ、待って待って!!」
焦る様な声を上げる何か。
その声の方を見ると、30センチ程の身長の細身の人型に蝶々のような透明度のある羽を持つ人形のような可愛らしい容姿の生き物が、焦った様子で手を前に出した。
「なんで付きまとう?」
抜刀したまま問うと、
「女神様に頼まれて、この屋敷の食料庫を守ってるの!!」
女神!? と黒は驚きつつも夢の件を思い出す。
「食料庫の床下の物か?」
問うと妖精は驚いてみせる。
「あなたが、女神の言ってた人なの? 救世主様なの?」
救世主様って…… と柄にもないと思いながら答える。
「一応、女神にはこの世界を救えとは言われている」
すると、わぁ~ と顔色が憧れに似た表情へと変化する。
「私ね。
妖精族のミーニャって言うの。
最初はゲートの家で気長に暮らしてたんだけどね、昔、女神様にアルカナを食堂に隠すから、守護して欲しいって頼まれてたの」
そして、黒へと近づき悪意がないことを示す表情を作った。
「それで、救世主を送るから、救世主が来たら渡してくれって言われたの」
そういうと、厨房奥のドアの前まで飛んでいく。
「このドアの向こう側が、食料庫だよ」
指さしながら示すと、黒は納刀して近づいていく。
「この部屋の中だよ」
ん? と思う。
「さっきは食料庫と言っていたのに、なんで部屋って台詞に変わるんだ?」
ギクッ とあからさまな態度に、
「バカにしてるのか?」
柄に手をかけると、
「こっこ、言葉の、綾だよ」
誤魔化す態度を示した。
黒は柄に手をかけたまま、言い放つ。
「お前が先に入れ」
ミーニャは汗をダラダラと掻き、土下座した。
「ごめんなさい」
素直な態度に余計、警戒心を抱く。
「お前みたいな奴は、イタズラ好きで、しかも、死なないギリギリの仕掛けを施すのが定石だ。
いいから、お前から入れ」
嗾けるように言うと、ミーニャは渋々とドアノブに手をかける。
「わかったよ……」
そういうと、ドアを開けると同時に、横へズレると、大きな斧が勢いよく飛び出して来た。
それを目の当たりにした黒は、抜刀し怒鳴りつける。
「殺す気満々じゃねぇか!!」
「違う!! これおもちゃだから、痛いけど死にはしないよ!!」
よく見ると木製であり、丁寧に色が塗られている。
「なぜこんな仕掛けをしたんだ?」
眉間に皺を寄せて問うと、ミーニャが理由を説明する。
「先代のゲートの子孫に頼まれたんだよ。
ムレアは私の存在を信じてないって。
私は、フレート家の長にしか姿を見せないようにしてるから、ムレアは私の事は知ってるって。
でも、仮にお前が姿を見せれば、出ていくように言うから、ここにいたければムレアから信頼を勝ち取れって。
だから、怪しい連中を追い払って、次にムレアが来た時に、私は防犯になるって示してたの。
それにここだけは、女神様から頼まれた物があるから、死守したいから罠を仕掛けたの」
そんな言い訳をするミーニャに黒は、睨みつけて尋ねた。
その威圧感にミーニャはギョッとすると、肝心な事を黒は問う。
「んで、食料庫はどこなんだ?」
んなこたぁどうでもいい と言う態度で問うと観念した様に指さした。
「このドアの反対側のドアだよ……
そんな怖い顔しなくてもいいじゃん。
可愛らしい妖精のちょっとしたイタズラ……」
黒が柄に手をかけると、ミーニャは押し黙ってしまう。
どことなく憎めないな と思うその容姿を活かした仕草に、黒はため息をついた。
「まぁいい。
一応、さっきも言った通り、俺は女神に頼まれてこの世界に来ている。
この事は他言無用だからな」
威圧するように言うと、
「はっはひい」
呂律も碌に回らず声を裏返して返事をする。
反対側のドアを開けると、そこには階段があり、石畳の地下の食料庫と言う感じであった。
中身は勿論、空っぽであり殺風景で意外と広く、三列に並ぶ長い棚やちょっとした台や台車などが残っている程度である。
ミーニャも着いてきており、黒は尋ねた。
「女神は床下に隠したと言っていたけが、どこかわかるか?」
すると、ミーニャは素直に答えた。
「こっち」
正面から見て右手奥の列へと飛んでいく。
そして、10メートル近くある道の3分の2辺りの位置で床を指さした。
「ここに隠してたよ」
「ふむ」
と、凝視する黒にミーニャは慌てて答えた。
「“私”はここには何もしてないよ!!
本当だからね」
態度や表情的に黒は嘘ではないだろう床を調べる。
「たしかに、この床だけ隙間が広いな」
ナイフを取りだし、掘じると石が少し動く。
そして、クイッとナイフを倒すと石畳は持ち上がった。
隙間に手を入れて持ち上げると、そこにはコインサイズのバッチのような物が二つ置いてあった。
バッチには、1枚は塔のマークにその下にⅩⅥ、もう1枚には、輪っかにスフィンクス、ワニ、猿のようなものが描かれ、その下にはⅩと書かれている。
「コレが役に立つアイテムなのか?」
それを広い上げ、観察しようとした瞬間であった。
「!?」
魔法陣が現れ、警告音のような物がなる。
頭の中に表示があり、WARNINGと点滅し、その下には、今すぐ元の場所に戻しなさい 差もなくば、災いが召喚されます と警告が表示され、10秒のカウントダウンが表示される。
短!! ってか災いを召喚って、何が起こるんだ? と思いながらも柄に手をかけると、ミーニャにも見えているらしく、焦った様子で黒に告げる。
「早く戻しなさいよ!!
絶対にやばいって」
だが、黒は、
「何が出たって倒してやんよ」
抜刀と同時に、カウントは0を表示した。
それと同時に、光り輝く魔法陣から何かが現れる。
シルエットと共に現れたのは、トリケラトプスのような頭に角を生やし、二足歩行の人の体だが、全身は鱗で覆われている巨漢。
「そのアルカナは、我を倒してから持ち去るがいい」
そういうと、背に背負うバスターソードのような大剣を抜くと、周りの棚をなぎ払い、棚は破壊され両端へと瓦礫となってまとまる。
その剣筋を見ると黒は、出来る と思い、歯応えありそうだ と更に思うとニヤリとした。
「これはアルカナって言うのか?」
黒が質問すると、無視して突進の斬撃で強襲する。
それを腕試しと言わんばかりに、瞬時に二本の太刀を引き抜き、〆の字で受け止める。
鋼と鋼がぶつかる音。
重い一撃だ と好敵手に疼いていた刀術で答える。
黒は受け止めている大剣を右に流し、その場で夏場の台風の如く突風旋回して、ノックアップを狙う二刀流技ーー風夏旋回斬を発動する。
頑丈な鱗に刃は火花を散らし、それでも狙い通りノックアップし天井ギリギリまで巻き上がる巨体は、体勢を立て直し着地する。
鱗は頑丈であり、数枚剥ぎ落とすのがやっとであった。
「頑丈だな」
黒が言うと、剥がれた所に視線を送り、
「我の鱗を剥がすとは、汝……」
黒の実力が思いの外あったらしく、目つきの真剣味がました。
「もう一太刀、我に与えよ!!」
大剣とは思えない攻撃速度の斬撃を放つと、黒もそれに答える様に刀を振るう。
刀と大剣の鋼音が、広場となった元食料庫に響く。
ミーニャは目の前で繰り広げられるスピードアクションの攻防を、目を追いつかせながら眺めている。
振り回される大剣と打刀では、大剣の重い一撃の方が優勢であり、黒は胸元を斬られるが特殊な服のおかげで、切り傷は無いが、ダメージは入る。
「く!?」
痛みに歯を食いしばって後ろに跳躍し、水魔法ヒールウォーターを発動させる。
しかし、相手は黒が無詠唱で魔法を使える事を知る由もない。
「詠唱を間に合わせる訳なかろう!!」
負傷している相手だからか、少々隙のある大振りな構えでとどめを刺そうと、地を蹴り急接近する。
しかし、黒は直ぐに立ち上がると、
「なんだと!?」
と、危険を察知して無理やり体勢を変えてブレーキをし、後ろに跳躍する。
「逃すかよ!!」
黒は二本の刀を振り下ろし、地を這う蛇の如く波斬の風が地面をえぐり、礫を飛び散らして強襲する。
二刀流技ーー風土地走りである。
その波斬は、正に黒が受けた胸の斬撃と同じ位置に礫と共に二線を描く。
だが、その線は鱗を多少剥がした跡だけである。
それと同時に、ふむ と大剣を下ろして黒に問う。
「お前、本気じゃないな?」
良くぞ見抜いた と思う黒。
「本気じゃないというか、能力値はまだ初期値に毛が生えた程度でね。
お前こそ、加減してるだろ?」
「当たり前だ……と言いたい所だが、長引けば本気を出さざるおえないだろうな」
すると、トリケラトプスのような頭を持つ男は上を向いて叫んだ。
「この者にアルカナを託すぞ!!。
女神よ!! 異論はあるまいな!!」
女神と言うセリフに黒はおどろいて見せる。
「女神だって!?」
黒も叫ぶと、黒には聞こえない声で男に女神が答えた。
「貴方が認めたのなら、私に異論はありません」
「そうか!!
我はもう、転生していいのだな!!」
転生と聞き、困惑する黒。
「お前、女神と話しているのか?」
尋ねるも黒を無視して会話が進む。
「構いませんが、ちゃんと、彼にアルカナの説明をしてください」
「勿論だ!!」
すると、大剣を背中の鞘に収めた。
黒も興醒めと言わんばかりに刀を収める。
それを見ると、男は名乗った。
「俺は元SS級冒険者だ」
「マジか!!」
道理で強い訳だと黒は感じていた。
本気ではないことも見抜いていたし、アルカナを返せば殺す気もないのもわかっていた。
でも、まさか、相手が元SS級の冒険者とは思いもしなかった。
「俺の名は、ベバカ・ルテ。
恐竜人族だ」
べバカが言うと、黒も名乗った。
「俺は黒乃 黒だ」
名乗り終えると、
「何から話すか……」
と、頭の角を撫でてから、先を口にする。
「汝、黒はアルカナについてどこまで知ってる?」
「今、初めて聞いたワードだ。
アルカナってなんなんだ?」
「アルカナは、女神ミキラケロ様がこの世界を成立させるために自身の力の一部を世界各地に隠したものだ」
「女神の力の一部?」
「そうだ。
今、お前が持っているのが、大アルカナのⅩの運命とⅩⅥの塔だ。
大アルカナは全部で0~ⅩⅩⅠまであり、全22種にはそれぞれ、色々な特殊能力を持っている。
それとは別に、小アルカナと言う4属性があり、それぞれⅠから始まりⅩまでの数字と、ナイト、クイーン、プリンス、プリンセスの計56のアルカナが有る」
「それがこの世界を救う事になんの関係があるんだ?」
「世の中には、その力を利用して世界を滅ぼしかねない因子と言う者もいる。
そいつらから一度、アルカナを取り戻し、危険因子の排除及び汝が回収することで未然に防ぐ事が目的となる。
そして、全78のアルカナを集め女神ミキラケロ様に返す事が、黒、汝の役目だ」
そういう事なら最初から話せば良かっただろうに…… と、黒がおもっていると、べバカは察したのか、
「我が審査員みたいなものなのだ。
アルカナを手にするに相応しいかを判断するためにな」
そして、ミーニャへと向く。
「どのくらいの時が流れた?」
ミーニャは少し悲しげな表情で答えた。
「あれから200年経ったよ」
「そんなにか。
ゲートは当然」
「そうだね」
「そうだな」
「でも、この屋敷は代々守ってきてたよ。
ただ、今回の長はこの屋敷を手放すみたい」
「なら、丁度良かったのか、女神ミキラケロ様の予定通りなのか」
知り合いというより、仲間のような話し方の二人を黒は黙って聞くことにしている。
そんな黒に、べバカは再び、顔を向ける。
「我は汝、黒ならアルカナを預けるにふさわしいと思う。」
「なぜそう思うんだ?
今さっき会ったばかりだろ」
「剣を交えれば、相手の人となりもわかるものだ。
お前は、人の痛み、苦労、悲しみ、苦痛といった、そういう感情に寄り添える人間だ。
汝の全ては分からぬが、そんな人間なら、アルカナを悪用することはないだろう」
「……」
そんな大層な人じゃないと言いたい所であったが、不思議な重みのある声音に、水を差すのも野暮だと黒は思った。
「ちなみにな。
運命は近くにあるアルカナの場所を示してくれる。
塔の方は、使えばドアが出てきて、中に入れば汝が望む間取りの家に繋がる。
まぁ、我が説明せずとも、アルカナを手に持ち問えば、アルカナは答えてくれるがな」
そう言い終えると、ミーニャへとまた顔を向けた。
「来世でまた会おう。
ミーニャやゲート達との旅は楽しかった。
だから、我は皆とまた、旅を……否、旅でなくとも共に時を過ごしたい」
その台詞に、寂しげな表情をするミーニャ。
「私もだよ。
でも、私や魔女はもう少し生きるから、かなり先になると思うよ」
「気長に待つ」
そういうと、すぅ~と姿が消えていく。
「さらば、友よ」
その声を残し、先程までの戦闘などなかったかのように、静寂となった。
黒はなんと言っていいのかわからずにいると、ぽつりぽつりと話し始めた。
「私もね、べバカと同じSSランクの元冒険者だったんだ」
察してはいたがやはりそうか と黒は思い相槌を打って黙って聞く。
「中々に演技はうまかったでしょ?」
「ああ。騙されたよ」
「べバカの魂が現れることは知ってたんだ。
私の目の前で、女神様と契約してたからね……」
そして、色々な思い出を巡らしたのか少し詰まって黙り込む。
それが数分続くと、
「私、行くね」
唐突な台詞に黒は、
「この屋敷はどうするんだ?
思い出とか」
「時間って言うのは残酷なの。
こちらの都合なんてお構い無しで、勝手に流れて、勝手に変えていく。
それに抗うことはできず、そして、新しいものが生まれる。
そうなるために、いつかは壊れるか壊す。
それが自然な事なんだ。
だから、私はここを出ていく」
「どこに行くんだ?」
「魔女の知り合いがいるの。
べバカの件を伝えるついでに彼女の所に行ってみる」
そういうと、ミーニャは姿を消した。
気配は完全になくなり、黒が一人いるのみである。
黒としては、パーティに誘いたかったが、そういう雰囲気でもなかったのだ。
寧ろ、こんな思いはもうしたくない 見送る立場はもう嫌だ とあの時の、寂しげな表情が脳裏に焼き付いた感覚である。