異世界の事故物件? その一
翌朝、リューリはグロッキーであった。
黒と葵はと言うと、少し調子変だな? 位で済んでいる。
「黒は、本当に酒に強いんだな
しかも、葵まで……」
葵はさも当たり前のように、
「あたいは自分の限界を考えてチビチビ飲んでるからね。
まぁ、誰でも一度は通る道さ」
涼しい顔をしている。
「まぁ、俺も飲み慣れているからなぁ」
窓際に行き、灰皿とタバコを取り出した。
銘柄はSAMURAI・SPIRITという銘柄で、無添加のタバコである。
このタバコは、昨夜に見た夢で女神が現れた事が発端であった。
「異世界生活が始まりましたがいかがですか?」
相変わらずの男とも女とも取れる顔立ちは美人である。
初めての時のような緊張感はない。
「そうだなぁ。
タバコが恋しくなるんだが……」
「ヤニカスですね」
ニッコリと笑みを浮かべる。
「仕方ないだろ。
今までの人生色々ありすぎて、精神安定剤みたいなもんだ。
それでも、精神不安定になってたんだぞ」
そんな黒の反論に、女神は、ふむ、と顎を撫でた。
「特別にいいですよ
本数が減らず、好きな銘柄になり、煙管やパイプにもなる上、落としてもちゃんとポケットに、戻ってくるものにしときますね。
オイルライターもオイルや石、紐も無限にしときますよ。
勿論、落としても、戻ってくる具合の物にしますね」
「急にどうしたんだ?
ヤニカスって言うぐらいなのに」
「まぁ、それで世界を救ってくれるならいいかなって」
そこで、黒は思い出す。
「そう言えば、どうすると救うことになるんだよ?」
「それは旅をすればいずれ分かりますよ」
「なんだそりゃ……」
まぁ、タバコが手に入るなら と黒はそれ以上は追求しなかった。
女神は話題を変えた。
「今居る、始まりの街の外れにある屋敷を調査すると、便利な物が手に入るかもしれませんよ」
唐突に言われ、面食らう黒。
「便利なものって、なんだよ?」
「便利なものは便利なものです」
「具体的に言わないのはいつもの事か」
「食料庫の床を調べてみてくださいねぇ」
「わかった」
「では、幸あれ」
その会話を思い出しながらタバコに火をつける。
久々の煙は喉越しよく、吐き出した時の独特の香りを楽しむ。
そんな黒を見て、葵が尋ねた。
「なんだいそれは?」
某漫画のセリフを思い出し、口にする。
「苦味ばしった大人の味だ」
葵は頭に疑問符をつける。
そんな葵に、ちゃんと説明する。
「タバコって言ってわかるか?」
すると、ポンと掌を打つ。
「それが煙草なんだね。
あたいの国だと、筒状の先端に皿が着いたものの皿のところに乾いた葉っぱを入れて吸ってるねぇ」
「お前は吸うのか?」
「あたいは、たまにね。
こっちの葉っぱは合わないからこっちに来てからは吸ってないけど」
「タバコが売ってるとは知らなかった」
「こっちの煙草は、喫煙じゃなくて、儀式的な色が濃いんだよ。
だから、変な味のものばかりさ」
黒自身もたまにならそういう変化球も吸うが、毎日となると遠慮したい所である。
タバコの箱から一本取り出し、
「吸ってみるか?」
と、進めると、首を横に振った。
「紙で巻いてあるみたいだし、燃えた紙の味もしそうだから遠慮しとく」
「その方がいいな。
正直、身体的健康に悪い」
「そうなのかい?」
「タールがまぁ良くないらしいな。
あと、これは違うが、添加物入ってるのは、もっと体に悪い。
俺の場合は心の安定剤みたいなもんだ」
窓の外にフゥ~と柴煙を吐き出した。
まぁ、黒は知らないが女神が与えたタバコはただのタバコではなく、喫味はタバコだが、煙は無害である。※タバコは二十歳になってから
リューリがやっと動けるようになったのは、昼過ぎになってからであった。
三人は街中の料理屋に向かっている。
街を歩く三人は、行く先々で視線を浴びている事に気がついている。
「なんでこんなに見られてんだ?」
黒が呟くと、葵が、
「両手に花だからじゃないのかい?」
男前 と肘でつつかれる黒。
リューリはと言うと、動けるようになったが、本調子じゃないため、黙って着いてきているという具合である。
だが、本当の所は、あの三人がCランク級の魔物を倒したんだってよ あいつレベル1で!! あんな美人二人をはべらせやがって…… というコソコソ話をしているのだ。
そんな中、料理屋に着き、中に入る。
「おう!! クロちゃん」
料理屋メレゲタンの女将、小太りの気のいいおばちゃんが黒に声を掛ける。
「食べに来たぜ」
「嬉しいねぇ……それに……」
葵とリューリを一瞥し、
「罪におけないね!!
この街に来てまだ二、三日だろ?
手が早いねぇ」
「違うわ!!
俺のパーティメンバー!!仲間!!
そんな爛れた関係じゃねぇよ」
「これからなるんだろ?」
「あのな……」
本人たちの前で……勘弁してくれ…… と思うも、葵は楽しげにニヤニヤし、リューリは相変わらずグロッキーで聞いていない。
「そっちの子は二日酔いかい?」
女将が尋ねると、黒が頷いた。
「そうなんだ。
だから、二日酔いに効きそうな物を作ってやってくれ。
俺は、前にアーサーと食べた、グレートバイソンのシチューに付け合せで黒パンとサラダ」
そう言いながら、四人テーブルに座る。
葵はメニュー表をサラッと見てから、
「ボアウィンナーのポトフと付け合せにフラパンとサラダで」
オーダーを口にする。
フラパンは外側がフランスパンのように固く、中はクロワッサンのような食感のパンである。
「あいよー」
威勢のいい声で厨房へと向かった。
テーブルに突っ伏しているリューリにテーブルに置かれたピッチャーの水をコップに入れて渡した。
「水飲んどけ」
黒から言われ、うぅ~ と唸りながらそれを受け取り、グビグビと飲み干す。
空のコップに、更に水を追加で入れてやる。
「そう言えば、アーサーの知り合いの店なのかい?」
葵が黒に尋ねると、黒は頷いた。
「この店は、アーサーの叔父が営んでるらしくてな。
この街に来た時にアーサーには世話になったから、その義理できたんだ。
まぁ、義理だけじゃなくて、味も確かだから、贔屓にしてやって欲しい」
「そう言えば、黒は最初、ギルドに入ってきた時、アーサーに引率されてたね」
「なんだ?見てたのか?」
「そりゃ注目するさ。
この街で唯一ただ一人のAランク冒険者が連れてきたんだもの。
いやでもみんな視線を送るよ」
「アーサーってAランク冒険者だったのか!?」
黒が驚いてみせると、
「そんな事も知らなかったのかい?
彼は騎士でもあり、それを嵩に掛けず優しいから、大半の冒険者や街の人から慕われてるのさ」
「俺は運が良かったんだな」
そう言いながら、コップに水を入れ、葵の前に置く。
「ありがと」
葵は礼を述べて一口飲んだ。
今日は何をするか? と話していると、料理が届いた。
リューリには、生姜が沢山入った野菜と餃子のような皮に肉や野菜を包んで煮たスープが提供された。
生姜独特の香りに食欲が湧いたのか、ガツガツと食べ始める。
元気になって何より、と言う具合で、黒と葵も自分の食事を食べ始める。
今は昼過ぎであり、客はあまりいない。
「これからギルドに行って依頼は、ちょっと遅いか」
黒がシチューを食べながら言うと、葵も同意する。
「そうだね。
食べ終わって行っても、良い依頼はもうないかもね」
そんな話をしていると、アーサーと同じ紋章の入った鎧を来た男が店に入ってきた。
「おばちゃん。いつもの」
「あいよー」
常連らしく、どこに座るか席を探すふうに辺りを見渡すと、黒に目を止める。
そして、確信に変わったのか、黒の元へとズカズカと歩いてくる。
それを察知した黒は食事をやめて顔を上げた。
「クロノ・クロさんですか?」
意外にも丁寧な物言いに黒はいつもの調子で返した。
「そうだが、何か用か?」
すると、身なりを観察するように眺めてから、頷いた。
「お願いしたいことがあるんだが」
お願いしたいこと? と思うと、
「話を聞いてからだな。
俺の隣が空いてるから相席でどうだ?」
促すと、女性二人に、失礼 と紳士的な一言を添えて、黒の隣へと座った。
「食べながら聞いてくれればいい」
「了解」
遠慮なく食事を進めながら耳を傾ける。
「実は先日、祖父が亡くなって、屋敷を相続したんだが……」
彼は、騎士団に所属するムレア・フレート。
この街の外れにある屋敷を祖父から相続したらしいのだが、何でも幽霊が出るらしく、遺産の整理が中々に進まないという。
ムレア自身は幽霊は信じておらず、怖くはないらしいが、依頼した業者が幽霊が出ると、しかも、三業者全て口を揃えて言うらしい。
「そこで、その幽霊の正体を探って欲しいんだ。
報酬は、屋敷にある物はそれなりに価値のあるものが多いから、好きな物を三人分、一人一つ持っていって構わない。
遺産の整理をしたいから、頼む」
と、頭を下げられ、ムレアの誠実な態度に、黒も無碍にはできないと思った。
「わかった。
ただし、解決出来るかわからないぞ?」
「それでも構わない。
俺としては幽霊が居ないという事が証明出来ればいいんだ」
そう言われると、鍵の束を渡された。
「これが屋敷の鍵だ。
終わったらこの料理屋のおばちゃんに渡しといてくれればいい」
そのタイミングで、女将が料理を運んできた。
「あたしをデートの待ち合わせ場所みたいに使うんじゃないよ」
「いいじゃないか。
俺とおばちゃんの仲だろ?」
「まぁ、いいけどさ。
クロちゃんさ。
こいつ、良い奴だから協力してやっておくれ」
「わかった。
やれるだけやってみるよ」
三人は食事を終えて、ムレアを置いて店を出る。
早速という感じて、三人は屋敷へと向かって歩いていった。
「よく、あんな依頼を受けたね」
リューリが問うと、黒は女神の件を話すのはまずいか? と思い、それを省いて適当に話した。
「まぁ、相当困ってそうだったからな。
とはいえ、幽霊ねぇ」
葵に視線を向ける。
「魂を操る者として、どう思う?」
「あたいは魂の炎を操っているのであって、魂を操ってるわけじゃないからねぇ。
あたい自身、幽霊はいると思ってるけど」
「怖くは無いのか?」
「いずれ死ねばそうなるんだから、今から慣れといた方がいいんじゃないのかい?」
そう言うと、葵はリューリに問う。
「リューリは幽霊とかどうなんだい?」
「私は全然信じてないし、いたとしたら、精霊とか妖精の類のイタズラだと思ってる」
なるほど 精霊に妖精は盲点だった と黒は思った。
「妖精に精霊ねぇ」
黒は顎を撫でて女神の話を思い出す。
「まさかな……」
ボヤくと、
「何が?」
と、リューリが尋ねてくる。
「いや、大した事じゃない」
屋敷はかなりの大豪邸で、まさに、ゲームの世界の建造物。
使用人含め二十人か、それ以上が同居が可能そうである。
アーチ状の門は手入れが行き届いており、まだ荒廃したという具合ではない。
だが、門から見る限り、人の気配はなさそうである。
本当に亡くなってすぐ、という感じである。
門の鍵を鍵の束から探して、中に入ると、玄関へ続く石畳を歩いていく。
所々雑草が生え始めているが、やはり、まだ綺麗である。
二分ほど歩くと屋敷の玄関に辿り着いた。
門から見るより目の前で見る屋敷は圧巻である。
「こんなに広い家には住みたくないな」
黒がこぼすと、リューリは違った。
「そう?
私はどんな感じか興味あるけど」
葵はと言うと、少し違和感を覚えてか、目を細めている。
それに二人は気がついていない。
鍵の束から玄関の鍵を探し当て中に入ると、直ぐに広々としたホールであった。
萎れはじめの花瓶の花や大きな時計。
主であろう、髭を生やした男の絵画や高そうな壺が飾られている。
「イメージ通りの作りだな」
黒が呟いた。
特に気配はなく、三人はどうするか話をする。
「別れて探すか、まとまって探すか、どっちがいい?」
それに葵が答えた。
「あたいは一人でブラブラしてみる。
業者が何人で目撃したのか分からないしね」
それにリューリも同意する。
「私も一人がいい。
こう言う屋敷には興味あるから自由に見てみたい。
それに、報酬として一つ何か持って行っていいんでしょ?
それも、探したいし」
二人の意見に、黒も反対せずに三人は別れた。
葵はホールの中央階段下の扉へと真っ先に向かって行った。
リューリはホールの中央階段を登り二階へ。
黒はホール左手のドアに何となく興味を持ち、そのドアを入っていく。