初めての依頼〜葵〜
晴れて冒険者になった黒は、最低ランクのHランクから始まった。
その日は、アーサーに安い親戚が営んでいる宿屋を紹介され、他にも、アーサーの顔が効く鍛冶屋や雑貨屋、防具屋に図書館等を案内され、その日は終わる。
翌日となり、早速、ギルドに訪れたが、
「魔物と戦いたいなら、Hランクだとパーティを組まないとダメですよ~」
と、レミアに言われ、募集を出してもらうも、レベル1という事もあり、応募する者は居ない。
アーサーは騎士の仕事があると言っていたし、世知辛いねぇ~ と黒が思って食堂で朝昼ご飯を食べている。
「薬草取りや牧場の手伝いついでに勝手に狩っちまうかなぁ」
なんてボヤいていると、目の前に目つきの悪い山賊みたいな男とその取り巻きが、黒のテーブルへとやってきた。
「よう!!レベル1」
冷やかしか? と思うと、
「お前みたいな雑魚は、山菜採りの依頼でもやってろよ」
リーダー各らしい男が言うと、取り巻きもゲラゲラ笑いだし、帰ってママのお手伝いがお似合いじゃねぇか~ とか、 レベル1とかギルドの格が下がるから辞めちまえ とか、好き放題に言う。
周りの冒険者や、ギルド職員、ウェイトレスがドン引きしながら、でも、口出ししないでいる。
それなりに実力のあるもののようだな と黒は思うが、なんとも幼稚で品性のないと、言う感想を覚える。
こういう輩は相手にしないが一番だと黒がシカトしていると、表情一つ変えず黙々と料理を食べている黒に腹が立ったのか、相手にされず舐められてると思ってか、黒が頼んだ二杯目の、まだ手をつけていないジョッキに手を伸ばし、黒のつば広ハットに頭からそれを流しかける。
女神仕様のおかげか、濡れはしないが、弾いて流れて床がエールまみれになる。
それでも気にせず、黙々と食事に手を伸ばし相手にされない。
「へっ。腰抜けかよ」
碌なセリフが思いつかなかったのか、取り巻きを連れて去って行った。
それと入れ替わりで、布巾とモップを、持ってやってきたあのウェイトレスの、シャーナが心配して駆けつけてくれた。
「大丈夫……じゃないですよね」
いつもの無邪気さが消え失せていて、それに妙に腹が立つも、先程の輩は依頼へと出かけてか、ギルド内にはいない。
「ははは。
あの程度しかできない連中さ。
それよりすまない。
不快にさせて」
黒が気遣うと、首を横に振り、濡れた箇所を布巾で拭こうとするも全く服が濡れてないことに驚いた。
「なんで、濡れてないのですか?」
「この服と帽子は特殊なものでね。
汚れや匂いがつかず、水を弾き、火に燃えず、切られてもダメージはあるけど破れないってものなんだ」
「そんな神具みたいな物を着てたんですか?」
目を丸くするシャーナに、ニコッとして、席を立ってモップを奪い取る。
「これは俺の揉め事だ。
ここの掃除は俺がしとく。
モップは食器と、一緒に片しておいてくれないか?」
そういうと、シャーナは、
「いえ、それも私たちウェイトレスの仕事ですので、私がやります」
と、黒からモップを、奪い返す。
このか細い腕に、なぜそんな腕力があるのだろうか? と甚だ疑問をまたもや覚えてしまう。
「ならお願いする」
黒は反対側の席に向かおうとした時であった。
もうそこには一人、席に座っている。
薄水色の長い髪を下の方で縛り、アクアマリンをはめ込んだような美しい瞳。
ミステリアスでありながら、整った顔立ちに、蝶の髪飾りをつけている。
テーブルには手の平より少し大きいサイズの行燈の着いた杖のようなものが立てかけてあり、色白の肌はキメ細やかで、青いマネキュアでもしているのか爪が青い。
花魁風な、胸元が大胆に開いた水色の服に、燃え上がるような紅色のミニスカートを履いており、すらっと色っぽい太ももからつま先にかけて針のような足がなんとも色目かしく映る。
足の爪にも青のマネキュアを塗り、黒のこっぽり下駄を履いている。
いつからこんな美人がいたんだ? と黒が思っていると、シャーナは知っているのか、名前を口にしながら驚いて見せた。
「葵さん!! いつの間に!!」
発音が似ているし、東の島国の人か? と思う。
自分の名前と似たような発音の名前に、アーサーが言っていた東の島国のことを黒は思い出す。
確かに、顔つきはこの街では見ないものであった。
葵と呼ばれた女は黒に尋ねる。
「あんたも、日昇国出身?」
葵は尋ねながら、黒が頼んだヘルコンドルの唐揚げを一つつまんだ。
「俺は孤児でね。
何人かに話したら東の島国っぽいって言われてるから、多分、そうなのかもな」
ふーん と関心なさそうな返事が返ってくる。
そして、唐揚げを一口齧り、自己紹介をする。
「あたいの名前は葵って言うのさ」
黒も自己紹介しようとすると、
「レベル1の黒乃 黒だろ? 噂になってるよ。あんた」
「さっきの連中みたいに冷やかしか?」
黒が言うと、残りの唐揚げをひょいと食べて飲み込む。
「あんな連中と一緒にされてもねぇ。
あたいはまだEランクであいつらはこの街じゃ15人程しか居ないDランク。
この街は低ランク帯の連中の多い最初の街なんて冒険者から言われてる街だからね。
高々Dランクでもでかい顔する奴はいるさ」
という事は、なんのようなんだ? と黒が思うと、表情から読みとったのか、葵はフフッ とミステリアスに息吐くように笑ってみせる。
「あんたの立ち振る舞いが、気に入ってね。
あたいがあんたのパーティ募集に応募しようと思ってるのさ」
その時である。
二人の会話を横目に聴きながら、床をモップで磨いていたシャーナが黒に言う。
「掃除が終わったので座って話してください」
黒に仲間ができたことが嬉しいのか、先程の暗さは微塵もなく、いつもの無邪気な少女に戻る。
「ありがとう」
礼を述べて座ると、葵に向き直る。
シャーナが去って行き、話し始めた。
「さっきも言った通り、あたいはあんたとパーティを組みたいのさ」
どう? と問うような表情を向ける。
黒としては、気風の聞いた姉御肌な口調が気に入り大歓迎であった。
「葵がいいなら、俺としては喜んで組んでもらいたい」
「なら、成立だね」
そこで、お互い何ができるのかの話を始めた。
葵は日昇国に伝わるという、行燈術を使う者で、魂を吸い取り行燈の燃料とし、その青き魂の宿った特殊な炎を飛ばして遠距離から戦うスタイルの冒険者だと語った。
魂はなんでもいいが、強い魂であればあるほど、灯る炎の強さや威力が上がり燃料も増えるという。
さらに、燃料の加減で威力を上下させることが出来、その操作能力には自信があるという。
黒も黒で、二刀流使いである事や魔法は基礎魔法を一通り使える事を告げた。
「太陽に月の魔法ねぇ。
風情があっていいじゃないか」
葵は黒が持つ特殊な魔法にポジティブな印象を覚えてか褒めた。
「でも、あんたはレベルが上がらないんだろ?
この先大丈夫なのかい?」
もったいないと言いたげな声音だった。
初めて会った女に話すか否か迷うも、同じ顔立ちに同じ発音の名前という事もあり、口が軽くなったのか、指でクイクイ、と耳をこちらに向けるように合図する。
それに葵が答え、耳を向けて顔を近づける。
女性独特の甘い香りに、少し思うところはあったが黒は耳元で小声で話した。
「お前を信じ、この先も一緒にやって行きたいと思えたから真実を話すが、実はレベルが上がらない代わりに、その戦いの中で何をしたかによって、ステータスが、上がるんだよ」
その台詞に目を見開いて葵は驚いてみせる。
声が大きくなりそうになるのを抑えて、黒に顔を寄せたまま、小声で話した。
「あんた、それは本当かい?」
「本当だ。
異質過ぎて、誰にも話してない。
まぁ、ギルド長にはすぐにバレるかもしれないがな」
「そんな事が可能なら、レベルよりもステータスがよく伸びるってことじゃないか。
それに技や魔法はどう覚えてくんだい?」
「技や魔法は閃き、って言う現象で、覚えられる。
つまり、ステータスや、刀剣レベル、各属性のレベルと相手の強さによって、その強さにあったものを閃いて覚えていくって形だ。
その閃いたものから派生して覚えられるものもあるし、運が良ければ格下相手でも強い技や魔法も、閃く事がある」
にわかに信じ難いと、困惑の表情で葵は黒に尋ねた。
「あんたは一体、何者なんだい?」
黒はさすがに、女神から世界を救うように言われた異世界人とは言えないと思う。
「さぁな。なんせ、孤児だからわからん」
とだけ答えると、葵は納得したような顔つきをする。
「だから、あんたのステータスがレベル1にしては異常に高かった訳ね」
「まぁ、そういう事だ。
ってか、ステータスがわかるのか?」
すると、葵はバカにする様子もなく黒に教える。
「パーティが成立すると、相手のステータスやレベルまでは、頭の中で確認できるのさ。
黒もやってごらん」
黒は言われた通り、頭の中で葵のステータスを思い浮かべて見ると確かにステータスと、レベルが見える。
レベルは20。
ステータスは、
力20、体力10、丈夫さ10、器用さ9、素早さ12(+30)、魔力22、魔力操作25、意志力24、魅力25、愛20。
「魔法系統に偏っているみたいだな」
黒が感想を述べると、葵は頷いた。
「行燈術は力と魔力と魔力操作と意志力で、威力が決まるからさ。
その分、あたいは脆いからしっかり守っておくれよ」
こんな美人に頼まれて断れない程度には煩悩は持ち合わせている。
「要するに前衛は任せたってことだな。
了解した」
それと、素早さの横の+30について問う。
「この素早さのステータスの横の+30ってなんなんだ?」
葵はそれにも丁寧に答えた。
「これは、装備しているものを使用した時に加算される数値さ。
あたいの場合、この杖に乗ることの方が多いから、素では12だけど杖に乗れば早くなるって事」
なるほど と黒はこぼして納得する。
そして、黒は初めてのパーティを組んだのであった。
初めての街の外は、新鮮であった。
街を囲む高い壁に、アーチ状の穴が空いており、そこには鉄でできた堅牢な門が開いている。
商人や冒険者になろうとする者が検査され、逆に討伐依頼の冒険者や新たな街での商いをしに行くもの達もいる。
「そういえば、身分証ってこのギルドカードでもいいのか?」
街の外に出てから言う黒に、葵は呆れる様子もなく答えた。
「それで大丈夫さ。
他の国や街に行く時もそれを見せれば基本的には無料で出入国できるよ。
中には仲の悪い国出身だとケロを取られたりするけどね」
パスポートみたいなものかな? と思う。
「便利だなぁ」
黒が口にすると、胡散臭そうに横目で問う。
「そんなことも知らずに、黒はどうやって街に入ったのさ?」
ギクッ、とするが、誤魔化すように先程の葵の話から推測して答えた。
「ケロを払って入った」
「ふーん」
と、疑念満点に返事が来るがそれ以上は、ツッコミはなかった。
今回の依頼は、バーサーカーボアが大繁殖したらしく、報酬も悪くないと二人でその依頼を受けた。
バーサーカーと、名前は強そうに聞こえるが飽くまで、猪突猛進で攻撃パターンが一定の為、捌き方さえ分かれば楽勝な相手だという。
それに、バーサーカーボアの肉は買取もされるので、報酬に上乗せされる。
15匹で依頼達成ではあるが、それより多く倒すと、1匹につき更に報酬と買取となる。
黒は徒歩であるが、葵は行燈の着いた杖に横向きで座りふわふわ浮きながら移動している。
「その杖、楽そうだな」
黒が感想を述べると、少し得意げに葵が、答えた。
「あたいの運転技術は、同期の中では1番だったからね」
そういうと、空高く、そして早く、クルっと、一回転して戻ってくる。
その時に、レースの紫色のフリルが着いた下着が見えたことは、黒の胸に収めている。
「なかなかに、いいセンスだ」
「何かも分からないのによく言えるねぇ。
でも、ありがとう」
軽口を叩きあっていると、森へとたどり着いた。
バーサーカーボアは、基本的に森や草原に出没する。
森を選んだのは、バーサーカーボアが突っ込んできた時に上手く木にぶつければ、その分ダメージが入るからという葵の作戦であった。
ただし、視界が悪く、行動スペースも限られてしまう。
でも、草原だと、突進の勢いでそのまま逃げられる事があるため、そのデメリットをとっても森がいいのである。
それに、黒には自信があった。
明晰夢で鍛えた動体視力を、発揮してみせると、内心意気込んでいる。
森の中は薄暗く、木々の葉の隙間から僅かに陽の光が差し込んでくる程度であった。
葵は慣れているのか、スイスイ進んでいく。
黒はそれに続いて着いていく。
「この森にはね、バーサーカーボアの他に、ブレードレイブンって言う刃物のように鋭い翼を持つカラスや小鬼のような容姿のゴブリン、この森での頂点、バクベアっていう熊なんかが出てくるよ。
あとは、殆ど無害のグミと呼ばれているプルプルしていて、腐肉や植物を餌とする魔物もいる。
グミは大量発生すると討伐依頼が出されるのさ。
放置すると森がなくなっちゃうから」
この森に出没するモンスターや魔物の情報を教える。
「そいつらは依頼対象じゃないが、それを倒したらどうなるんだ?」
「その場合は、依頼が出ていれば追加で報酬を貰えるね。
ただ、正式な依頼よりは安いけどね」
それはそうである。
でなければ依頼を出す意味がなく、モンスターや魔物をランダムに狩る依頼だけで良くなってしまう。
黒はふと気になり、尋ねた。
「バクベアが一番強いならその次は?」
すると、葵は顎を撫でて答える。
「そうさね……。
群れていればゴブリンもバクベアといい勝負をすると聞くね。
単体ならブレードレイブンかな。
バーサーカーボアはどちらかと言うと、食べられる側だね。
主に、ゴブリンやバクベアの餌さ。
でも、危険が無いわけじゃないけどね。
今回の依頼も、野草を取る依頼の時、バーサーカーボアの被害が多く、それで大量発生したことがわかったから……」
すると、なにかの気配を察知する。
黒も察知し、腰にぶら下がる刀を引き抜く。
「お手並み拝見だな」
黒が言うと、葵も優美に笑みを浮かべる。
「そうさね。
期待を裏切らないでおくれよ」
茂みの中から勢いよくバーサーカーボアが突進してくる。
「呆気なかったな。
本当に一直線にしか来なかった」
黒が感想を述べると、葵も今日の収穫が、良かったのか、機嫌よく答える。
「そうさね。
まぁ、それでも、ソロで依頼をこなすにはFランクからだから、あたいは何度も戦ってるから楽勝だけどね。
それより、黒の剣技と魔法のコンビネーションは素晴らしかったじゃないか」
「まぁな。
じぃさんに色々と叩き込まれたからな。
おかげで刀剣レベルも4になったから収穫がでかいな」
それに加え、黒夢と綺羅夢もレベルが7になる。
「色々と技や魔法も閃く事が出来たし、ステータスも、多少上がったしで、この調子で行きたいと考えてる」
今回は大量であり、15匹討伐の所28匹と倍近く狩れた。
倒し方も工夫し、高値で買取をしてもらう為、毛皮として使う部分にはなるべく傷がつかないような立ち回り方を葵と試行錯誤の連携をした。
黒を横目に羨ましそうに葵が言う。
「黒の能力のアイテム欄? って言うのは便利で羨ましいね。
あたいらはマジック・バックっていうのを使うんだけど、あたいの持っているランクだと、バーサーカーボアだけなら20匹ぐらいしか収まらないからさ」
この世界では、アイテムは市販で売られているマジック・バックという布または皮革性の袋のような物に入れるのが普通であり、袋の他に葵が肩にかけているポシェットタイプもある。
それぞれにはランクがあり、葵のは下から二番目のランク8のバックである。
市販で売られている物で、最高はランクは4で、バーサーカーボアで言うと70匹入る。
ランク1~3は神具級と呼ばれ、ランク2・3は神業級の職人によるもので、一流の冒険者でも中々に手が出ない値段になる。
どちらかと言うと、貴族のステータスアイテムみたいになっている節がある。
ランク1は数十年に一度、現れると言われる伝説級の職人にしか作れず、ほぼ流通はなく、王族ですら中々手に入れられない。
伝説級の職人にもなると、相手を選び、いくら積まれても中々首を縦には振ってくれないという。
そんな話を葵が黒にしていると、女の声が聞こえる。
「クッ、ここまでか!!」
切羽詰まった声音に、黒と葵は表情を変えた。
やる事は一つである。