最初の街
中世ヨーロッパを思わせる石畳の街並み。
幾つかの違いは、しっかりと整備された上下水道とお風呂という衛生面であった。
治安は日本よりは悪いが、そこら中で犯罪が起こるようなことはない。
そんな異世界に、黒いつば広ハットに長い髪を後頭部の辺りで結び、黒のトンビコートに、黒の革パンに黒のブーツを履いて、腰には二本の刀を携えた黒は来ていた。
黒は街のど真ん中に突如現れた、と言う具合である。
初期値
力25、体力23、丈夫さ22、器用さ23、素早さ26、魔力26、魔力操作24、意志力22、魅力22、愛25。
刀剣レベル1、火、水、風、土、太陽、月レベル5、黒刀・黒夢、白銀刀・綺羅夢共にレベル5。
そして、勿論、本人はレベル1である。
頭の中に映るステータスを見て、これは初期値として高いのか? 低いのか? と黒は首を傾げてしまう。
路銀は30000ケロあり、ケロはこの世界のお金の単位である。
女神からのメモと言うアイテムを見ると、まずは冒険者ギルドに登録すると魔物をただ狩るよりもお金が稼げるとのことで、ギルド探しを始めた。
人見知りな所はあるがコミュ障という訳では無い。
視界に入った、西洋の鎧に大きな大剣とマントを羽織る、騎士とも冒険者とも取れる金髪を刈り込んだ、頬に十字傷のある男に黒は話しかけた。
「いきなりで悪いが聞きたいことがある」
男は黒の物言いに、特に気を悪くすることなく首を傾げる。
「おう。なんだ?」
「冒険者ギルドに行きたいんだが」
すると、男は目を丸くする。
「冒険者ギルド??????」
何事? と、黒が思っていると、男は盛大に、豪快に笑って見せた。
「お前さん、この街は初めてか?」
「ああ。
だから知らないことの方が多いな。
まさか、冒険者ギルド自体この街には無いのか?」
聞き返すと、楽しげに右方向を指さした。
「何言ってやがんだよ。
ここにあるじゃねぇか」
その方向を見ると、見慣れない模様で書かれた、二階建ての児童図書館程の大きさの建物があった。
それをよく見ると確かに、冒険者ギルドと書かれていることが分かる。
なるほど。見慣れない文字だから理解にラグがあるのか。 変な模様だと思ってた と黒は思うと、男に頭を下げる。
「俺の見落としだな。
教えてくれてありがとう」
そんな誠実な態度に、男はキョトンとしてから、バツが悪そうに後頭部の辺りを掻く。
「いやいや、俺も笑いすぎちまってすまねぇな」
「いや、俺も同じ立場なら、あそこまで大笑いはしないが、クスリと来るかもしれん」
肯定的に言うと、黒の事を気に入ったのか、男が握手を求めた。
「俺の名はアーサー・バレンタインだ。
この国のこの街を管轄する騎士の傍ら、訓練を兼ねて冒険者ギルドに所属している」
その手を握り黒も答える。
「丁寧にありがとうよ。
俺は……」
名乗りに少し詰まる。
この世界で、黒乃 黒は胡散臭く映らないか? と考えてしまったが、相手が騎士という事もあり、素直に名乗った。
「黒乃 黒だ。
これから冒険者ギルドに登録しようと思っている」
すると、アーサーは首を傾げた。
「珍しい名前だな?
東の島国の名前に近い気がする」
異世界ものの定番、日本風の場所があるのか と黒は思う。
「そこの出身なのか?
服装も見たことないが」
そこは、明晰夢で色々と経験してきた黒である。
予め決めていた設定を口にする。
「俺は孤児でね。
なんでも、この名前の書かれた紙と二本の刀と一緒に捨てられていたらしい。
そんで、拾ってくれたじぃさんが死んで、元々冒険者に、なりたかったからこの街に来たって訳さ」
その話を信じて疑わず、黒の肩をガシッと掴んで感心する。
「苦労してきたんだな。
冒険者、頑張れよ」
激励しだすアーサーに黒は質問を投げかけた。
「俺の住んでた場所は山の中だったから常識や普通がわからないから聞きたいんだが、ギルドへの登録料とかはどのくらいかかるんだ?」
アーサーは腕を組んで頷いた。
「いくら持ってる?」
「30000ケロ」
「30000ケロ!?」
「足りないか?」
「いや、30000ケロありゃ、三ヶ月は普通に宿代込みで飲み食い出来る金額だ。
お前のじぃさんの金か?」
「あぁ。
死ぬ前にお前のために貯めといたって渡されたんだ」
「いいじぃさんに拾われたな」
感心に似た様子で頷く。
そして、アーサーは、ふむ、と息を漏らした。
「俺に着いてきな。
登録の案内やギルドの利用方法、あと、おすすめの宿屋に、食い物屋まで案内してやるよ」
「いや、時間や用事は大丈夫なのか?」
「問題ない。
今日は非番だし、ギルドの依頼も大したのがなかったから、一杯引っ掛けに行くところだったんだよ」
そういうと、着いてきな と言わんばかりに歩き出した。
黒は、スムーズに事が運びそうだ と、この幸運に足取り軽くついて行く。
「レミア。
その装置"も"壊れてるんじゃねぇか?」
アーサーが受付嬢のレミアに問う。
レミアは藤色の長い髪、豊満な胸元にキュッとしまった腰周りのスタイルがよく、可愛らしい童顔の女性である。
そんなレミアも困った表情で、間延びするようなおっとりとした口調をする。
「それはありませんよ~。
これ、新品ですよ。
今週、予備として仕入れたやつですよ」
「それにしてもよ……」
背の高いアーサーが黒を見下ろす。
「そんな視線送られてもなぁ」
黒も苦笑いを浮かべて、肩を竦めてしまう。
「いや、普通ありえないぜ。
18歳なら、普通に生活してなくても、最低でもレベル10は超えてるもんだ」
それに続くようにレミアも、相変わらずの口調で続く。
「それに、このステータスは、才能ない人で50レベル、天才で20レベルのステータスですよ。
それに四属性の魔法が使えて、普通、光と闇の特殊二属ならありますが、太陽と月って、未知の属性魔法までありますし……」
何者だ? と言う視線を二人から受ける黒は、話を逸らすように尋ねた。
「俺もわからんが、ギルドへの登録はできるのか?」
その台詞に、アーサーも、どうなんだ? と視線をレミアに送る。
「出来なくはないですが……イレギュラーが過ぎます。
ギルド長ーーレイギンさんに話を通してからにしてもらいたいので、少し待っていてください」
そういうと、黒のステータス表の紙を持って、カウンターから出ると、2階へと上がって行ってしまう。
残された二人は、アーサーの提案でギルド内にある食堂兼酒場へと移動する。
丁度、空いている席があり、二人は向かい合って座った。
すぐに、ウェイトレスの少女が、やってくると、アーサーが黒に尋ねる。
「飲めるか?」
酒には自信のある黒は頷く。
「エールを二つに、ボアのステーキとヘルコンドルの唐揚げ、野草のマゴ油サラダ一皿」
注文を終えると、お前はどうする? と黒に視線を送る。
「メニュー表を見たいとこだが、今はアーサーと同じので」
答えると、
「だそうだ。頼むな」
人のいいオッサンの如くウェイトレスに優しく言うと、ウェイトレスは、メモを読み上げてから、厨房へと向かった。
そして、アーサーは少し真剣な目付きになる。
「黒のレベルが、もし、上がらないとなると、覚悟しといた方がいいかもな」
「それはどういうことだ?」
「レベルってのは、上がるとステータスも上がる。
勿論、上がり方は人それぞれでな。
俺みたいに力や丈夫さ、体力のステータスの伸びがいい奴は、大剣使いか、盾持ちのタンクをやるもんなんだ。
それプラス、ステータスがいくら適正でも覚えられる技がその武器種と合致しているとも限らねぇんだ」
「そうなのか」
「あぁ。
だから、運の悪ぃ奴はステータス的には弓を使うべきでも、覚えられる技が細身剣だけだったりする。
まぁ、弓と細身剣なら必要なステータスはほとんど似たようなもんだからまだいいが、コレが大剣だったら目も当てられねぇんだわ。
そういう奴は魔法に走るが、魔法のステータスも絶望的だと、冒険者は無理ってことだ」
「なるほど」
黒が感心していると、アーサー呆れたような顔つきをする。
「なるほどってな……。
つまりだな、お前はまぁ、数値的には珍しくどれも似たようなもんだから武器や魔法については問題ないんだ。
だがな」
深刻さをますような声音へと変化していく。
「レベル1でしかも次のレベルまで経験値0って事は、これ以上ステータスが上がらねぇってことだ。
まぁ、ステータス的には、レミアの言う通り、天才なら20レベル、才能なしなら50レベルだから、良くてDランク冒険者って所だ」
「Dランクか……」
「よくわかってねぇみたいだから一応教えておくが、ランクはHランクからはじまってA、S、SSと未だに誰も達成していないXランクが最大だ。
まぁ、Dランクなら衣食住には困らない程度の稼ぎにしかならないから、下手したら冒険者じゃない職に着いた方がいいことの方が多いな」
「心配してくれてるのか?」
「いいや。
それでも冒険者になる覚悟があるかって事だ」
言い切ったタイミングで、先程のウェイトレスが酒と料理を持ってくる。
このか細い腕でどうやって両手にこの量の料理が乗った盆を持っているのか? と黒は目を丸くする。
「アーサーさん、こっちの盆お願いします」
顔なじみのようで、アーサーの名を口にするとアーサーも少女に呆れたような顔つきで答えた。
「何回かに分ければいいだろうが」
「だって、早く飲み食いしたいでしょ?」
「こっちとら毎度、落とさないかとヒヤヒヤさせられるぜ」
言いながら、慣れた手つきで片方の盆を取ってやると、もう片方の盆に乗ったエールと食事を黒とアーサーの前に並べ、アーサーも慣れたもので、盆の上の物をテーブルに並べ、それを終えると盆をウェイトレスに渡した。
「ごゆっくり~」
ニコッと、可愛らしい笑顔を残して、ウェイトレスは次の客へと行ってしまう。
そんな無邪気な印象を受けるウェイトレスを見送ると、
「さぁ、食うか」
アーサーが提案する。
「そうだな」
黒も答え、エールのジョッキを互いにぶつけて乾杯をする。
半分ほど一気に黒が飲むと、
「いい飲みっぷりだな。
でも。気をつけろよ。
ここのエールは急に酔いが来るからな」
警告するアーサーに、黒はジョッキを置いて答える。
「肝に銘じとく。
それと」
黒は真剣な声音でアーサーに伝えた。
「さっきの話だが、それでも冒険者になるよ」
意志の固さを感じ取ってか、アーサーはみなまで言うまいと言わんばかり答える。
「そうかい。
まぁ、何かありゃ、これも縁だ。相談してくれ。
最悪、うちの騎士団の雑兵としてぐらいには、雇ってやんよ」
「その時は、頼む」
黒がアーサーにこの世界のこの街の常識のレクチャーを受けている。
「んで、値切るのは当たり前。
値切らねぇと、良心的な店で割高、ひでぇ店だと倍以上の金額も請求されるぜ」
関西人じゃないんだよなぁ~ と思う。
アーサーは他にも続けた。
「女より先にものを食べたり、道をゆくのが基本的な考え方だな。
女を守るという意味で、食べ物が腐ってないか? 道の先になにか障害はないかとかを見るんだ。
逆に女は、男を立てたり、弱ってる時は代わりに頑張ってやると言う具合だ」
そういう考えもあるのか と黒は思った。
「他には……」
湯に入る時は髪や体を洗ってから、食後は皿を纏めといてやる、お互い様精神を忘れない、など、黒の知っている常識が多かった。
「あと、最後に」
これだけは守れよ と言わんばかりの顔つきでアーサーが言う。
「ギルドの受付嬢は絶対に怒らせるなよ?」
「なぜ?」
間延びするような口調が尋ねると、
「そりゃ、怖ぇし、暴力的だし、仕事回してくれねぇし……」
と、後ろを振り返り言葉が止まる。
レミアがアーサーの後ろにたっていたのだ。
「よっ、よう。どうだったんだ?」
と、誤魔化すように尋ねるが、
「アーサーさん」
「はい」
「次のクエストは覚悟しておきましょうね」
ニコニコのレミアと汗ダラダラのアーサーの対比に、黒はクスリとした。
そんな黒にレミアが、レイギンからの回答を答えた。
「一応、ギルド登録は良いそうですが、条件として、レイギンさんと面談をしなければなりません」
その台詞に、ほぉ~ とアーサーがこぼした。
「珍しいな……って、相手が相手だからか」
黒へと一瞥する。
「わかった。
今丁度、食い終わったから、今からでもいいが?」
黒が答えると、レミアは頷いた。
「着いてきてください」
その背に黒が着いていくと、アーサーもその後を着いていく。
そんなアーサーに、レミアが、
「アーサーさんは呼ばれてないですよ?」
歩きながら言うと、
「ツレねぇこと言うなって。
レイギンの野郎の面を久々に見てやろうって思ってんだ」
少し考える様に視線を上げて、
「まぁ、いいかな?」
気にせず歩いていった。
石造りの階段に赤い絨毯のような敷物が敷かれ、滑り止めとしているようである。
黒は、まさにゲームの世界 と感想を思いながら、ついて行くと、1番大きい両開きの部屋の前に着いた。
その扉にレミアは数回ノックをする。
「入ってください」
まるで誰が来たのかわかっているかのように、爽やかで聞き取りやすい声音が許可する。
「失礼します」
レミアが両開きの片方を開き、黒とアーサーが続いて中に入る。
黒を一瞥して、アーサーへと声をかけようとするがアーサーが、遮る。
「よう!!
久しぶりだな」
ゲンナリとした顔つきでレイギンは答える。
「貴方を呼んだ覚えはありませんが?」
冷たく言うとアーサーは気にも止めずに答えた。
「いやなぁ。
俺もこいつの事が気になってな。
お前の見解も聞きてぇから来たんだよ」
何を言っても無駄そうであると思い、レイギンは話を始める。
「君が黒乃 黒くんだね」
年齢は三十路前に見えるが、落ち着き具合から四十代にも、見える。
「そうだ。
黒乃 黒だ」
自己紹介すると、レイギンは頷いた。
「早速だが、君は何者だ?」
すると、アーサーに話した通り、孤児であり、自分自身の出自がどうなっているのか分からない風に、答える。
それに、ふむ、と考えるように、顎を撫でた。
「その、太陽と月の魔法のことは何かわかるかい?」
黒はまだ試していないが、ステータスで使える魔法として、太陽はサンシャイン、月はムーンボルトと書かれており、その説明を話す。
「サンシャインは小さな太陽を召喚し、その熱で相手を焼き付ける。
ムーンボルトは月光の矢を放って相手に刺さると、魔力量を吸収し自分のものにしつつダメージを与える魔法。
どちらも基本魔法しか覚えていない」
ふむ、とレイギンは考える風になる。
「光魔法の基本はシャイニングアローで闇魔法の基本魔法はヘルファイアで冥府の黒き業火で敵を焼き尽くすものがあるが、君の太陽と月とは逆みたいだね」
それに、アーサーもレミアも同意するような顔つきをする。
レミアがもう一つ尋ねた。
「私も質問をいいですか?」
レイギンが頷くと、
「この、刀剣レベルってなんでしょうか?」
それはアーサーも気になっていたようで興味深そうな表情を作った。
酒場で聞かなかったのは、余りにも特殊だったから、他の者に聞かれないようにするためだ。
黒はそれに憶測で答えてみせる。
「おそらく、俺の場合、レベルは上がらないけど、この刀剣レベルが上がるって事だと思う。
だから、刀剣を使えば強く成れるってことかなって思ってる」
レイギンは痛い所を突く。
「なら、レベルが1という事は、山で育ての親と過ごしていた時、一度も刀剣で、魔物や獣相手に戦った事はないと?」
「……」
遂にボロが出てしまったと思う黒。
だが、直ぐに機転を効かせて打開を図る。
「じぃさんに稽古はつけてもらっていたが、魔物や獣相手の時は、まず、魔法を使えって教わったんだよ。
本当は刀剣も使いたかったが、遠距離の魔法でまずは、相手の動きを観察しろって。
この刀剣レベルは、稽古ではなく実践でないと上がらないみたいだ」
ふむ と胡散臭さを覚えているような顔つきだが、レイギンは結論を出した。
「まぁ、悪い人には見えないと思うが、アーサーやレミアはどう思う?」
先にアーサーが答える。
「確かに、引っかかるところは、さっき飯を共にした時から感じていたが、悪いやつじゃないと思うぞ」
レミアも意見を述べる。
「私の意見で良ければ、黒さんいい人そうですし、能力値的には、Eランクぐらいまでなら行けそうなので、ギルドに迎え入れてもいいと思いますよ」
肯定的な二人の意見に黒はホッとする。
そんな二人の意見に、レイギンは頷く。
「ギルドへの登録は認めよう……ただし」
条件をつけ加えてきた。
「定期的に、君のステータス表を提出するように」
黒は少し迷うも、承諾する。
「わかった」
こうして晴れて、黒も冒険者となったのであった。