序章 プロローグ〜始まりの街ドナイ〜
夢を操る事は、黒乃 黒からしたら当たり前のことであった。
俗に言う明晰夢で、今日も無双の夢を過ごす。
生活苦の不満、親兄弟姉妹への不満、ありとあらゆる不運への不満。
全てに八つ当たりをするように、夢の世界の魔物や魔王をボコボコに壊して行った。
目を覚ますと現実。
もう嫌だ……早く死にたい……いや……死にたくない……生きたくない……
そんな事を思うと、今日もウィルスの後遺症により、頭痛、吐き気、めまい、倦怠感、集中力散漫、不眠症。
薬も効きはするが、すぐに効かなくなる体質もあり、生活苦に陥る。
もう何もかも嫌だ……死にたい……
そんな言葉が、ことある事に頭を過り、不眠症なのだが、急にナムコレプシーの如き眠気に襲われてしまう。
それに逆らうことなく、眠ってしまう。
あっちの世界の一分が、これから行く世界の六十年とする。
それが明晰夢で得た能力であり、明晰夢の世界で、六十年経っても起きた世界では1分しか経っていない。
だが、永遠では無い。
明晰夢とはいえ、いずれ世界は崩壊し消えていく。
そのたび、目を覚まして、この世界に絶望する。
何故、この世界はとっとと崩壊し消えてしまわないのだろう。
35歳になって、33歳からずっと続く不運に貯金も底を尽き、生活保護の申請も通らず、鬱になっても障害者年金も貰えず、何をやっても、また、ウィルスに感染し、後遺症になり、仕事を辞めざるを得ない状況に立たされる。
「この世界から、俺は嫌われてる。しねっていわれてる」
黒はそうとしか思えなかった。
だから、黒は眠りにつく。
不眠症の所為で眠るべき時間に寝れないストレスとは裏腹に、ナムコレプシーのような強烈な眠気に気を失う。
いつも通り、若返り、不老長寿の設定をする。
前回の夢で得た魔法、剣技は使えるかと試し、そして、その夢の世界を旅する。
現実世界の時のような夢の時はすぐに終わらせてしまう。
とりあえず、世界中の偉い人達、金持ち、気に食わないもの達から殺していき、世界は法という秩序が徐々に崩壊していく。
その様を見ては、世界が壊れるよう、その世界で最大の破壊力を誇る兵器と持ち前の魔法であちこちを破壊し尽くす。
世界はあっという間に、某世紀末覇者のようにしてから、目を覚ますようにしている。
それほど、黒は現実世界を憎んでいるが、明晰夢の能力は使えない。
明晰夢なら望む世界にすればいいと思うが、それはできるのだが、時折、コントロール出来なくなる時があるのだ。
だから、尚更苛立つのだ。
だが、今回はいつもと違った。
真白く、真っ暗な部屋。
光はないのに、見える部屋。
まるで事情聴取でもするかのような四角い机と丸椅子が二つ置いてある。
なんとも殺風景でありながらも、不思議な空間に、黒は戸惑った。
「なんだここは?」
見た目は腹が出ていないという事は、若返りは出来ている。
魔法も使えるし、腰にはいつもの黒刀・黒夢、白銀刀・綺羅夢もあるし、黒のトンビコートに黒のつば広ハットも被っている。
ふと気がつくと、丸椅子に一人、座っている。
一言で言うと、美人である。
男とも女とも取れる整った顔立ちにゆったりとした白衣を纏い、胸の膨らみが分からない。
肌はキメ細やかで輝くような白さをもち、近づきがたい印象もあるが、不思議と歩き出してしまう。
「急にすいませんね」
男とも女とも取れる、とにかく美しい音色の声が黒の鼓膜を揺らした。
「いや……その……」
声が出なかった。
緊張からか、躊躇いからか、よく分からない感情を抱いた。
「お掛けください」
体は不思議と椅子に座る。
対面すると、なんとも言えない感覚を覚える。
緊張感とリラックスが入り交じる感覚。
感覚、感覚、と続いてしまうが、黒にはそれ以上の感想が思いつかなかった。
「さて、早速なのですが、私は女神で、とある世界を救って頂きたいのです」
女神? 世界を救う? と黒が思うと、わかっているかのように頷いた。
「もちろん、ただとは言いませんよ」
その言葉を聞くと、黒は即答する。
「なら、明晰夢で得た能力を、現実世界でも使えるようにしてくれ」
鬼気迫る物言いに、女神は若干引いてしまう。
「それはできません」
「なぜだ?」
「その世界での魔王になるつもりですか?
魔王を産む気はありません。
ただ、豪運を与えます」
「豪運?」
「はい。
宝くじは買えば必ず当たり、株をすれば必ず儲かり、書き物をすれば必ず大ヒットし、多くの女性をその手にする事も可能になります。
どんなときも、なんだかんだ生き残り、何不自由なく、苦しむことなく天寿を全うできる……そんな豪運を授けます」
なるほど……
「俺の今の状況を知っての事なのか?」
女神は頷いて、
「そうですね。
それに、貴方は少々特殊です」
「俺が特殊?」
女神は神妙な面持ちで頷いた。
「普通の人では脳がパンクする程の魔法に関する知識やありえない身体能力を明晰夢とはいえ使いこなしています。
それに魔法に関しては、ノーコスト、ノークールダウン、連続、複数同時、無詠唱だなんて、普通の人間なら脳がパンクして廃人コースです」
その台詞に黒は自分を嘲笑った。
「色々あり過ぎて、狂ってるだけだ。
廃人一歩手前だぜ……俺」
「それでもです。
ただ、その力は強大すぎますので、あなたの能力は、初期値に戻す形になります」
「いやいや、それだと雑魚相手でも負ける自信があるが?」
「勿論、最低限ですよ。
それと、その世界のルールとは違う成長方法を取ります」
「ルール?」
「はい。
これから行ってもらう世界のルールでは、あなたの世界で言うレベル制で、レベルアップでその人の長所のステータスが、よく成長し、短所が上がりにくくなっています。
その代わり、色々な武器を使うことができます」
「一般的なRPGの仕組みだな。
で、俺の場合は?」
「レベルアップはしないので、永遠に1レベルです。
その代わり、刀剣と魔法各属性にレベルを設定し、行動しだいでステータスが上がるようにします」
「そのメリットとデメリットは?」
「メリットは。努力次第で、全ステータスカンストが可能です。
魔法も剣技も、閃きという形で覚えられるので、レベルアップで覚えるよりも早く強い技や魔法、特殊能力を得ることができます」
そこまで言うと、一拍置いてデメリットを話し始める。
「デメリットは、刀剣系統以外の武器は投擲という形でしか使えないことです。
盾は片手で扱える刀剣に、限りバックラー系のガーターしか装備できません。
剣技もそうですが魔法も、派生で覚えていくので、レベル制のようにいくつまで上がれば、というのがないので、戦闘回数が普通の人より多くなる可能性があります」
某浪漫・英雄系ゲームのルールか と黒は思う。
「わかった。
じぁ、それで頼む」
自分の希望通りになってか、女神は満足気に頷いた。
「それは良かったです。
なにか質問はありますか?」
黒は内心ニヤリとする。
「まず、魔法は初期魔法からでいいから、ノーコスト、ノークールダウン、無詠唱、連続、複数同時を最初から使えるようにしてくれ。
それと、武器だが、いつも使っている、黒刀・黒夢、白銀刀・綺羅夢を初期装備にして欲しい。
そして、この二つの刀も、レベルアップしていく感じにして欲しい。
あと、その世界の鉱物なんかで鍛え直して、切れ味や特殊な効果の付与ができるようになるようにもならないか?」
少し考えるふうに顎を撫でる。
「まぁ、いいでしょう」
渋々と言う感じではあったが、承諾する。
黒はさらに尋ねる。
「言語の方はどうなるんだ?
字が読めなかったり何言っているか分からなかったりしたら困るぜ」
「そこはご安心してください。
その辺は女神の力でどうにかなります」
「あと、不老長寿の方はどうなるんだ?」
「そちらも一応、与えておきましょう」
35歳のだらしない肉体では決まりが悪いと思っていたため、黒は少しホッとした。
「他にはありませんか?」
黒は顎を撫でるも、特に思いつかない。
「ないな」
すると、女神は立ち上がり魔法陣を生み出す。
「では、宜しくお願いいたします」
体がふわりとする感覚を覚えた時、黒はふと、気がつく。
「どうすると、世界を救うことになるんだ!?」
女神は落ち着いた声音で答える。
「旅をすれば分かります。
幸あれ」
その台詞と共に、黒は光の線となり転移する。