第9話 麺麭の受け入れ
お待たせ致しましたー
崔廉が、料理人らにあんぱんを配っても良いか聞いてきたので、もちろんだと恋花は頷く。いくら彼女がここで働くことを許可しても、他の料理人らが納得するだろうとは思えないからだ。
梁も配るのを手伝ってくれたのだが、それぞれあんぱんを不思議そうに見つめていた。無理もないが、先の世には当たり前の食べ物を、恋花が再現したとは誰も思わないだろう。まだ、その事実は伝えてはいないが。
「あんたら、ひと口でもいいから食ってみな! この子は、あたしの師父である玉蘭殿のお孫さんだよ!」
「え??」
「あの玉蘭様の?!」
「……孫?」
余程有名なのか、祖母の名を崔廉が口にしただけでざわめきが広がっていく。今まで、ずっと玉蘭だと思っていたのは……己の九十九である梁が化けていた姿だったけれど。それでも、恋花と共に麺麭を作るのは楽しかった。その彼女の身体は、家で封印していては何か起きた時に対処しにくいからと、今は大きさを変えて梁の内側に収めてある。
だから、恋花は次に居場所を作るとしたら、この場所しかないのだ。
「……黄恋花と申します。お世話になります」
静かにお辞儀しながら言うと、料理人らからは驚かれた。特に不作法なことはしていないのだが、何かを意外に思われたのかもしれない。
だが、顔を上げる頃には、彼らはひと口ずつあんぱんを食べていて、すぐに賞賛の声を上げてくれた。
「美味い!?」
「お、美味しい!?」
「蒸して……いや、焼いて? すっごく香ばしいし、中の餡と合う!?」
「え、これどうやって作るの!?」
ざわめきがどんどん大きくなり、しまいには詰め寄られそうになった男性の行動に驚いてしまうと、彼の上から崔廉が音を立てるくらい強く拳を振り下ろした。
「全く、落ち着きな!? この子に今から作ってもらう。持ち場での仕事があるやつは戻れ!」
「……は、はいぃ……」
女性でも力が強いのだろう。拳を当てられた男性は、よろよろと動きながら奥の方へと行った。それに続くように、何名かの料理人らは持ち場へと戻ったり、その場で手にしてたあんぱんの残りを食べ続けていたりした。
「さ。恋花。材料は遠慮なく使っていいさ。同じようなものは作れるかい?」
「……いいのですか?」
焼き場などは、自宅にこしらえていた窯がないのは当然なので少し工夫しなくてはいけないが。それでも、似た方法で作るのは初めてではないから、大丈夫だとは思う。崔廉に確認の問いかけをすれば、彼女は口元に笑みを浮かべてまた肩を叩いてくれた。あの男性へとは違い、ぽんぽんと軽い感じだ。
「ああ、もちろんさ。あたしも手伝わせて……いや、材料を集める以外は止そう。あんたには、そっちの九十九がいるさね。一緒に作りやすい相手がいいだろう?」
「……ありがとうございます」
『是』
たしかに、梁としての存在のまま生活を共に出来たのはまだ数日でも。これまでずっと一緒だったのだから、頼りやすいのは本当だ。なので、崔廉に材料の場所をそれぞれ聞いてから、麺麭作りに取り掛かることにした。
「俺はまたあとで来る」
それまで見守っていてくれた紅狼は、仕事があるのか点心局を去って行こうとしていた。だから恋花は慌てて彼の前に立ち、深く腰を折ったのだ。
「ありがとうございました」
居場所になるかもしれない伝手をくれたのは、紅狼だ。玉蘭の封印を解くのが本題でも、あの街にいるよりずっと良い。噂が伝わっていないのか、この場所では恋花が『無し』だったと蔑む様子がないのだから。
しばらく、折ったままの姿勢でいると紅狼から頭を軽く撫でられた。
「特に何もしていない。麺麭作りに励んでくれ」
「は、はい!」
その温かさに胸がほんわかした気分になったが、惚けている場合ではないので作業に戻ることにした。
『黄油はいいのか?』
「今回は手早く作る方にするわ」
先の世では当たり前にある黄色い塊。今回はそれや、種である老麵を使わずに重曹や胡麻油で代用する方法にしようと決めたのだ。餡については、点心を扱う場所なので常備していることから、それを使わせてもらうことにした。
次回はまた明日〜