第68話 呪詛が消えた
お待たせ致しましたー
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恋花の言っている言葉の意味がわからなかった。
だが、彼女が紅狼の顔を見て驚き続けているのは本当のようだ。鏡を見たいが、今手元にはないしこの気味悪い部屋にはないだろう。藹然はまだ悶えていたが、今はどうでもいい。
代わりに、雷綺を呼んで確かめてもらうことにした。己の九十九を呼べば、彼女も恋花のように目を丸くさせた。滅多にない表情の変化に、紅狼は感心しかけたのだが。
「呪眼が……? それに、痛みも……?」
戦いの最中にも身体を蝕んでいた痛みなどが、全く感じられない。湯浴みで汚れを洗い流した時のように、ゆっくりと消えていったかのようにまるで感じ取れないのだ。
多少の不調どころか、真っさらになったのと同じくらい感じられない。手を開いたり閉じたりしても同じだ。
その現実を実感すると、紅狼は飛び上がらんばかりに喜びの声を上げた。まるで子どものように。
そしてその勢いで恋花に抱きついた。
「こ、紅狼様!?」
驚かせただろうが、紅狼はこの喜びをどう感謝していいかわからないでいた。愛おしいと思っていた少女のお陰で、呪いだけでなく呪眼の消失までも可能としたのだ。死を目前としていた身体からの解放に、子どものような喜び方をしてしまうのは仕方がないと言うべきか。
だが、次の言葉を告げる前に後ろから誰かに頭を軽く殴られた。
『喜びは後にしろ。まだ全てが終わったわけではない』
雷綺に殴られた。それは別段珍しくないが、まだ藹然がこちらへ何かを仕掛けに来ているのか、と頭を切り替えることにした。振り返れば、自身の九十九に支えられながら、目が抉られている醜男が立っていたのだ。
「……こ、ろぉおおお!!」
殺気に満ち溢れている。その気迫は感じられたが、紅狼は藹然が何故自分にそこまで固執しているのかが理解できないでいた。
此度の事態を引き起こせば、斗亜から死刑を降されることは確実なのに、紅狼を殺す動機以上の事を引き起こした。
他に理由があるなら、そこを探りたいところだが。あの様子では紅狼が問いかけても恨み言しか、口からは出ないだろう。
「来藹然。皇帝陛下の剣である我自身が処罰を下す」
斗亜のところにこのまま引き渡すまで、大人しくさせるしかない。呪眼がなくなったことで真偽の異能は無くなっているだろうが、ここで鎮静させなければ害は広まる以上の事態になる。
もう一度、と左目に霊力を込めてみたが、何も起きない。そう思ったのだが、目の前に赤い墨の文字が浮かび上がった。
【来藹然、祈雨妃の依頼により事態を引き起こすが、祈雨妃の依頼を利用して……李紅狼を殺そうと画策。
皇帝陛下の懐に付け入る我欲を抱えている。呪を高頻度使用し過ぎたため、身体は呪詛の塊そのものに】
目も元通りに、呪も感じ取れないのに呪眼と同じ異能が使えていた。
雷綺に振り返れば、また驚いていたがすぐに頷いて藹然とその九十九に向かって跳躍していった。九十九は雷綺の速さに藹然を抱えたまま対処が間に合わず、そのまま短剣の攻撃を真正面から受けて藹然ごと崩れ落ちた。
途端、藹然は倒れたが九十九は弾け散った。
「相!? 何が!?」
目に見えない藹然では九十九の様子がわからないのだろう。己が引き起こした事態が己に返ってきたと言うことは、次に起きる事態も予測がつく。
紅狼は攻撃する姿勢を解き、その場で待っていると……藹然はすぐに膨れ上がって無様に破裂したのだった。呆気ない終わり方だが、呪眼らしい異能がまだ紅狼にあれば斗亜への報告は問題ない。
それよりも、恋花を安心させてやろうと振り返れば。
『恋花、恋花!?』
梁に抱えられていた恋花は青い顔色のまま、彼の腕の中にいた。
慌てて駆け寄り、容態を確認するのに呪眼を使うと、墨は【先読みの中にいる】としか記さなかった。
「……恋花、何が」
だらんと床に落ちていた方の手を掴み、紅狼は強く握って目を覚ますように祈った。
次回はまた明日〜




