第51話 犠牲にしたくない
お待たせ致しましたー
*・*・*
大丈夫だと、紅狼が案内してくれた場所は調度品もほとんど何もないがらんとした空き部屋だった。
恋花と梁を導き、戸を閉めてから紅狼は二人の話を聞くのに、真剣な表情となった。
「それで。昨日の出来事と関係がある話と言うのは?」
信じてくれるか。普通の相手であれば、言い淀みもするが彼は違う。祖母の事も梁を見抜いた特異の能力の持ち主。恋花の異能も気味が悪いと思わずに、麺麭も気持ちのいい食べっぷりを見せてくれた。それに、この後宮にも導いてくれた恩人でもある。だからこそ、信じたい。
なので、きちんと夢の内容を言うことにした。
「……昨日居合わせた、下女のひとりがです。ここ最近、厠へ行く時に見る霊のようなものがあるらしく。……私は先程、夢を通じてその霊に遭遇しました」
「君の夢? 君の能力は先の世を見通すものでは?」
「……理由は分かりませんが、実際見ました。その下女の子も姿を二つ見たと」
「…………にわかに信じ難いが、君が嘘をつくとは思えん。それで、君はその霊の正体が何かわかったのか?」
「……緑玲妃様への、恨み言を呟いていました」
簡単な説明でも、紅狼は恋花を貶したりしたりしない。真摯に向き合ってくれる姿勢に、また胸の内が高鳴ってしまうが……今は関係がない。落ち着くために小さく呼吸を繰り返しながら、紅狼の次の言葉を待つ。
「……そうか。君の証言は、ひとつの仮定として受け止めておこう。だが、霊が出るとは穏やかではない。もし本当に緑玲への恨みから出ている生き霊とくれば、後宮全体の被害が予想出来る」
「そこまで……ですか?」
「九十九を介してか、九十九を取り込んで、力を送り込もうとしたか。その矛先が、昨日の女官のようになれば……緑玲が狙われるだけで済まない。術士の思惑は依頼者によるが、緑玲を皇妃候補から引きずり下ろしたい以上の恨みがあるはずだ」
「……そんな」
この後宮がそのように怨嗟の渦巻く場所になるだなんて、絶対に起きてほしくないと恋花ですら思うのに。あのように穏やかで美しい妃の、幸せを憎む存在が他の妃だとしても……それほど、皇妃の座を欲しいと言う理由はよくわからない。
国母の名誉……たったそれだけのために、欲しいだなんて意味がわからない。ただの庶民の恋花には、その願望など到底わからないのだ。
「皇帝にも打ち明ければ、解決の糸口が見つかるかもしれんが……逆に依頼者の怒りを煽るだけだろう。呪眼持ちの俺が対処しよう」
「……紅狼様が?」
「俺が死んだところで、次の側仕えの武官はいなくないからな」
「そんな!? 嫌です!!」
「……恋花?」
つい勢いで、紅狼の腕に抱きついてしまった。勢いのまま、強く力を込めた。他者に触れることなど、祖母や梁以外初めてで……その衣服越しの温かさがとても心地よく感じたが、今は堪能している場合ではない。強く首を何度も横に振った。
「……そのような事、おっしゃらないでください! 私は……これ以上、見知った方を目の前で失いたくないです!!」
父と母を失ったのは、いつ頃だったがよく覚えていないが。祖母があのように封印されている今では、失った時と同じ気持ちを抱いてしまう。
だから、その次に居場所をくれて、かつ想いを寄せている相手が死ぬだなんて結果は嫌だ。絶対嫌だと、恋花は何度も首を振った。
すると、頬に手を添えられ顔を上向けにさせられた。
「……すまない。不躾な事を口にした」
苦笑いしていたが、間近にある好きな相手の笑顔に。悲しい気持ちが、一気に吹き飛んで顔に熱が集まってしまう。すぐに、自分がとんでもなく大胆な行動を起こしていることに、今更ながら気づいて慌てて離れようとしたが……空いている手で、紅狼に落ち着けと肩を叩かれた。
「こ、こう……」
「二度と言わない。君を傷つけるようなことを」
そして今度は、腕に抱き込んできたので意識が沸騰しそうなほどだったが……薫ってくる匂いの良さに、だんだんと意識が蕩けそうになった。
だから、恋花は完全に蕩ける前に『ありがとうございます』と口にしたのだった。
次回はまた明日〜




