第44話 元気付ける麺麭
お待たせ致しましたー
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鈴那は、恋花から手渡されたものを見て不思議な気持ちになれた。同僚の女官が、九十九ごと無惨に殺された事実を知った時は……流石に平静を保てなかったのに。
恋花が『どうぞ』と手渡してくれた、温かくてふんわりした甘くて芳ばしい匂いに、悲しかった意識を少し和らげる効果があったのか……気持ちが落ち着いてきたのだ。
うっかりすると落としそうになるそれを、しっかり紙ごと受け取ると……鼻へさらに芳ばしい匂いが漂い、鈴那は気落ちしていた心が落ち着いていくような気がした。
そして、主人である緑玲妃よりもおそらく先に、甘い香りが強いその食べ物に齧り付いたのだ。
「……ふぁ」
柔らかいのは、以前食べたくりぃむ麺麭とは似ても似つかぬが、表面の食感が独特の部分に周りを覆う砂糖の衣と合わさると、形容し難い幸福感を感じた。
ひと口食べると、噛む感覚が楽しく、味も大変良いから……どんどん噛むのをやめられない。それは、鈴那だけではなかった。
「はむ!」
「むぐぐ」
「もぐ……」
「お、美味しい!」
他の侍女や女官、下女までも恋花が持ってきた麺麭を思い思いに食していた。主人の緑玲妃の方も、彼女らの元気の戻り様に微笑みながら、小さな口で少しすつ食べていたのだ。
だから、鈴那もそれでいいんだと改めて麺麭と向き合う。
(……本当に、美味しい)
ひと口頬張るごとに、ふんわりした生地とカリカリした部分が食べられるのが楽しい上に、味も大変良い。だが、奥の方に馴染みのある味わいにさらに驚く。
豆の皮が混じった餡子であったが、普段はそれを苦手とする鈴那でも麺麭の部分のおかげで非常に食べやすかった。餡子なら漉した餡子を好んでいたのに、この麺麭なら気にならない。とてもとても食べやすくて美味しいと思った。
『良かった……鈴那』
己の九十九である金柑が内側から声を掛けてくれた。女官が殺されたことへの悲しみが、ほんの少しでも落ち着いたことへの安心が伝わったのだろう。
もうひと口麺麭を食べれば、目尻から涙がこぼれてきた。悲しいのではなく、この麺麭の美味しさと優しさが心に染み渡っていくのだ。緑玲妃が恋花を優しいと称していたが、まさしくその通り。
とても暖かい温かな心配りが、食べ物とは言え伝わってきたのだ。金柑はそれ以上告げてはこなかったが、食べ進めていくごとに内側へとまた伝わっていくだろう。
かつての、伝説の宮廷料理人の孫らしい恋花だが。充分にその実力は発揮出来ていると、食事を作れない鈴那ですらわかったのだ。
「……本当に、美味しい。恋花、これは何なの?」
緑玲妃がひとつを食べ終えようとしていた時の、その問いかけは誰もが気にしていたことだ。この前の香辛料が強い麺麭と似ている様で全然違うからだ。
「はい。揚げた麺麭と言うことで、そのままの言葉ですが揚げ餡麺麭と言います」
「外の香ばしさが全然違うわね?」
「今回は包んだ生地をそのまま揚げました。なので、仕上げに砂の様にきめ細かい砂糖を使ったのです」
「そうなのね? 皆も少し元気になったみたいだわ。……本当にありがとう」
「いえ、お役に立ててなによりです」
謙遜する態度が、嘘偽りない姿勢だった。
まだ十六と聞いてはいるが、何故ここまで他人に尽くせるのだろう。直接聞いてはいないが、鈴那は金柑の能力で恋花自身が少し前までは『無し』の状態だと知っていた。その事情を吹聴する気はないが、芯が育ちつつある人材として気になったのだ。
次回はまた明日〜




