第34話 賛辞を笑顔と
お待たせ致しましたー
緑玲妃が、吸い寄せられるように麺麭にかじりついた。
まだ揚げたあとのからっとした感触がまだ持続しているせいか、決して大きな音ではないが『サクサク』とした音が彼女の方から聞こえてくる。
咀嚼するために適度に含んだのもあり、さらに小気味の良い音が室内に響く。そして少しずつ、緑玲妃の表情が明るいものとなっていった。
「……すごく美味しいわ」
小さく、儚いため息を吐き、また一口と麺麭にかじりついていく。その食欲の良さに、恋花はまたひとつ安心出来た。不味いものでないのはわかっているが、好みなどにより気に入られるものが同じだとは限らない。だから、物凄く安心したのだ。辛いものが苦手だったのも先程知ったし、恋花は今まで玉蘭以外まともに他者との関わり合いをしてこなかった。他を気遣うことが身内以外なかったのだ。その祖母ですら、九十九の梁の化てた姿だが。
「……辛味などはいかがでしょう?」
次の説明をする前に、崔廉に背を軽く叩かれたので……恋花は姿勢を正して問いかけをした。
すると、緑玲妃は食べ進めるのを止めてから首を縦に振った。口元には揚げたパン屑がついていたが、それも相まっていい笑顔だ。
「そうね。ほんの少し辛さは感じたけれど、外の麺麭が香ばしい以上に食べやすいわ。このような麺麭もあるのね?」
「はい。中身は『かりぃ』と言います。肉は叩いたものを扱いましたが、ご希望の食材があればだいたいは作れますので」
「本当? これ以上に美味しいの?」
「鳥や豚以外でも……ただ、家畜でない獣肉では臭いがきついので味に癖があります。今日のは豚ですが」
「まあ、そうなの。わたくし、この麺麭は好きだわ! それと」
皿に食べかけていたかりぃ麺麭包みを置き、軽く手を振った。途端に、翠の光が部屋中を包み込むうように広がっていく。消えた頃には、緑玲妃の横には美しい九十九がいたのだ。人間のような形態ではなく、大きな『蝶』の。
『……我が主人に、美味なるものへの献上……感謝する』
九十九は何も、人間の形だけではないとされている。恋花は『無し』だったこともあり、あまり詳しくないのだが。それでも、その美しい蝶の九十九は美しい女性の声で恋花へと感謝の言葉を紡いだのだ。
「い……いえ」
『我が名は真琴。緑玲の九十九である。繋がる者として、昨日もだが先程の麺麭とやらも味わったが……非常に美味だった』
「ええ、そうね。この麺麭もとても美味しいもの。真琴も気に入って?」
『是』
寄り添うもの。魂に従事する者などと、九十九の謎は多い。かつての戦に利用されたと言う昔話は聞いたことがあっても、恋花にはそれでも実感が持てない。梁を己の九十九だと受け入れるのも、まだまだ自覚が出来ていないのだ。無理があると思われるだろうが、恋花の抱え込んできた事をすぐに払拭出来ないのは性とも言えよう。
しかし、今はそれを打ち明ける場ではない。横に梁もいるのだから、多少の繕いも誤魔化せるだろう。
「……お気に召したようで、何よりでございます」
「ふふ。謙遜しなくていいわ、恋花」
『その九十九の能力もあってこそだろうて。しかし、わずかだがそこの林杏の九十九のも感じる』
「あら?」
「う!」
林杏は呼ばれたことで過剰に反応していたが、緑玲妃の前なので下手に動けない。肩を震わせていたけれど、緑玲妃に『おいでなさい』と言われたために、ゆっくりと椅子の脇まで出てきた。
「咎めはしないわ。何か手伝ってあげたの?」
「は……はい! ど、同室となりましたので……朝目が覚めて」
「そうなの? あなたの九十九は少し時を進めることが出来ると聞いてはいたけど、それが役に立ったのね」
「……はい。林杏さんのおかげで、麺麭作りがすごく早く出来ました」
緑玲妃の前なので、林杏を敬称で呼ぶと彼女は顔をりんごのように凄く赤くして照れてしまった。それを見た、崔廉もだが緑玲妃まで声を上げて笑い出したが……誰も林杏を馬鹿にしているものじゃない。
その穏やかな時間に、恋花まで少し笑ってしまった。
次回はまた明日〜




