第33話 有ると無い
お待たせ致しましたー
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出来上がった麺麭を運んでいると、その香ばしい匂いに廊下で誰かとすれ違うたびに振り向かれてしまう。その瞳のほとんどが、好奇のもの。
詰め寄られないのは、崔廉が態度で牽制してくれているお陰ではあるが、あまり気持ちの良いものではなかった。恋花が、これまで『無し』と晒し者にされていたのとは違っても、街中で注目を浴びていたあの頃と似たような感覚。
今は九十九の梁が居てもまだまだ自信を持てないでいる。祖母が居たら違ったかもしれないが、祖母自身は今なにも返答出来ない状態であるに加えて……生きているかがよくわかっていない。
はやく、封印を解いて、恋花は報告したい。己は両親と違ってきちんと九十九がいたのだと。しかし、その祖母は梁の結界内で管理しているので縋れないのだ。だから今は、出来ることをしなくてはいけない。
主人となった、皇妃候補の緑玲妃に美味しい麺麭を届ける事だ。到着すれば、下女の林杏とは一旦ここで別れた。彼女が居なければこの麺麭を早く作れなかったが、仕事の内容は本来違うのだから。
「おはようさん、緑玲妃様。今日も恋花が美味い麺麭を作ってくれたよ!」
そして、崔廉は相変わらず砕けた物言いで皇妃候補にも接している。点心局の長とは言え何故ここまで出来るのかは、新人の恋花には問うことは今出来ない。
彼女の言葉通り、梁に持たせた今日の麺麭を緑玲妃の方に献上する事が重要だ。
「あら、今日もとっても良い香り! 昨日とは随分と違うようだけれど」
緑玲妃は本日も相変わらず美しい。少し疲れているようにも見えるが、今日の麺麭で是非とも元気になって欲しいと恋花は梁に頼んで麺麭を紙で軽く包んだ。
「……本日の麺麭は、香辛料を使って作らせていただきました」
「まあ、では辛いの?」
辛いのが苦手なのだろうか。先見で視た麺麭だからと思うがままに作ってしまったが、味見してくれた崔廉がけらけらと笑い出した。
「大丈夫さね。ほんの少し辛い程度さ、とても食べやすいよ」
考えてみれば、妃の好みを知らずに持たせるわけがない。なので、恋花も少し安心して説明の続きをすることにした。
「はい。少し辛いですが、具材の味わいと絡んで麺麭の生地と共に食すとちょうど良いと思います。麺麭の生地ですが、油で揚げた饅頭のようなものと思ってください。なので、紙で今包みました」
「そうなの? 気遣いありがとう。崔廉局長も絶賛なのだから、きっと美味しいのね?」
「主上も調理中の匂いに釣られてたよ」
「ふふ、そうなさって不思議じゃないわ」
梁が席の近くに器を置き、女官の鈴那がひとつを持って緑玲妃へと渡した。間近で薫る香ばしい匂いに、彼女はさらに笑みを深めたのだった。
次回はまた明日〜




