第27話 先見の中から
お待たせ致しましたー
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恋花は慣れ親しんだ夢の中にいた。
先の世、どれくらい先までかはわからないが恋花の知らない『道具』や人間がたくさんいるだけでなく……九十九がいないのだ。寄り添う存在が、どこを見渡しても影すらない。
梁も居なくて、恋花はその人間の誰かに宿っているのか、他の人間と一緒に麺麭作りをしていた。以前も作ったことがあるものもあれば、全く違うものもある。恋花は目覚めたら、覚えている範囲を頭の中で整理して……そこから、再現に取り組む。いつものことなのだ。
だから、今日は何の麺麭なのか、先見をするたびに毎回楽しみにしていた。先見自体も毎夜視ることはないからだ。玉蘭と梁などのこともあり、先見を視るのも随分と久しぶりだったから、少し安心出来た。
手で生地を作るのではなく、道具を使って大量にこね上げまとめていく。それが現実で出来ればもっと多くの麺麭を作り上げられそうだが、実際は出来ないので恋花は覚えることしか出来ない。
こね上げ。
ふくらまし。
つぶし。
さらにふくらまし。
包子もそうだが、麺麭も生地が大事だ。丁寧に扱わねば、美味しい麺麭に仕上がらない。恋花は下っ端の人間に宿っているようだが、その人間ですら手際がいい。未来の恋花かどうかはわからない。けど、この場は大変でも楽しいのだ。
だが、いつまで続くかわからない夢の中でも……終わりを迎えてしまう。
気がついたら、恋花は体が横になっていた。正確には、数人の下女らが詰める寝所の一角で寝ていたのだ。他の下女らはゆっくり寝ていたので、恋花は彼女らを起こさぬようにゆっくりと寝台から降りた。
「……梁」
廊下に出て、己の九十九の名を呼んだ。
短い問いかけに近いかもしれないが、彼は恋花の声に応えてくれ……恋花の胸あたりに光を出し、そこからゆっくりと出てきた。
寄り添うもの。護る者として、九十九は基本的に、宿主の『ナカ』にいるものとされているが……まだ十日も経っていないので、恋花には未だ夢心地の部分がある。しかし、封印された玉蘭を抱えているのは間違いなく、この九十九だ。
『……おはよう、恋花』
「おはよう。身支度したら、点心局に行きましょう」
『今日も麺麭作りだな』
「ええ。また先見であの麺麭を視たわ」
『あの?』
「緑玲妃様がお好きだと思うもの……かも」
『……ふむ』
まだまだ明け方にも早いほど外は暗いが、崔廉から麺麭の仕込みはかなり時間がかかるので、使用許可は得ていた。梁もいるが、他の料理人らにも教えてほしいと頼まれている。その伝授のためにも、仕込みを手早く進めるようにしなくては。
服などはすでに崔廉から借りているから、早速着替えようとすると。
「……だぁれ、っすかぁ。こんな夜中にぃ」
寝所の方で誰かが目を覚ましたのか、眠たげな声を上げていた。独特の話し方に、恋花はすぐに彼女へ謝罪の言葉をかけた。
「……ごめんなさい。林杏、起こしてしまって」
下女の一人で、緑玲妃に仕えている少女だ。年はたしか恋花と同じ十六だったはず。挨拶は昨日済ませているが、口調以外は話しやすい印象のある人間だ。
林杏は寝台から降りてきたのか、眠たげな目をこすりながらこちらに来てくれた。
「恋花ぁ? 何してるんすか? 寝れないんすか?」
「ううん。私はもう起きなくちゃいけないの。仕事があるから」
「仕事? あ、点心局だから?」
「……そんな感じ」
「ふぅん。九十九も呼んで?」
「一緒に作るの」
九十九がいるからか、彼女も恋花を貶したりするようなことはない。これが『無し』だった頃だと違っていただろうが、今は気にしてはいけない。梁がいることを自信に持たなくては、この場所でもだがこの先も生活出来ないのだ。
玉蘭の封印については、いつ解けるかあの紅狼も訪ねて来ないので……皇帝に話したかどうかわかっていない。しかし、玉蘭は死んではいないから焦りもしてはいけないのだ。今出来ることをしようと、少しずつ意欲的に思うことで恋花は気を紛らわせている。
「ふーん……緑玲妃様が、すっごく気に入ったものっすよね?」
林杏は、緑玲妃にくりぃむ麺麭を献上した時にその場にいたから、少しは事情を知っていたのだ。
「ええ。今日は違うものにしようと思うの」
「……一緒に行っていいっす?」
「え?」
「あたしも、あの匂いだけでも嗅ぎたいっす!」
お願い、と手を合わせられたので……恋花は、反射で頷いてしまった。
次回はまた明日〜




